(後編)ニール・ヤングが自腹で撮った反核映画『ヒューマン・ハイウェイ』がついに日本初公開!

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『ヒューマン・ハイウェイ 〈ディレクターズ・カット版〉』
SHAKEY PICTURES (C) MMXIV
『ヒューマン・ハイウェイ 〈ディレクターズ・カット版〉』
SHAKEY PICTURES (C) MMXIV

(…前編より続く)

シリアスなプロテスト・ソングを歌い続ける孤高のロック・ミュージシャン、という印象の強いニール・ヤングだが、いっぽうでは多彩な趣味人としても知られている。鉄道模型(本作の主人公の名前は鉄道模型メーカーの老舗、ライオネルに由来)やカスタムカー(電気と圧縮天然ガスで駆動するハイブリッドカーを開発)、オーディオ(CD音質を上回るハイレゾ音源の再生が可能なPono Playerを考案し、発売)など、その守備範囲は広く、しかもどれもが趣味の域を超えてビジネスになっているという入れ込みようだ。

【映画を聴く】(前編)ニール・ヤングが自腹で撮った反核映画『ヒューマン・ハイウェイ』がついに日本初公開!

映画もそのひとつで、1972年に製作会社「シェイキー・ピクチャーズ」を設立して以降、いくつかの作品で監督や音楽を担当。この『ヒューマン・ハイウェイ』でも先述の通り、バーナード・シェイキーの変名で監督と脚本を手がけている。ちなみにシェイキー・ピクチャーズの第1作目は73年の『ジャーニー・スルー・ザ・パスト』という作品だが、映画そのものは当時ほとんど一般公開されることなく封印され、サウンドトラック盤が発売されただけ。近年になってようやくボックス・セットの一部として日の目を見ている。

その『ジャーニー〜』や本作『ヒューマン・ハイウェイ』を見る限り、映画監督としてのニール・ヤングの演出は、正直言ってかなり難解だ。たとえば本作では、ライオネルたちの日常生活を描くシーンがことごとくチープなセットで撮られ、反対にライオネルが夢想するコンサートのシーンはとてもリアルに撮られている(ニール・ヤングによる実際のコンサート・シーンが使用されている)。つまり、現実は夢で、夢こそが現実というわけだが、これは「のんきに無関心に、現実を見ないで生活していると大変なことになる」というメッセージが込められた本作の制作意図と矛盾しているように思える。

そういったややこしさを多分に含んでいる上に、プロットも行き当たりばったりなところが見受けられるので、本作のトンデモ映画的な評価は今回のディレクターズ・カット版公開でも大きくは変わらないかもしれないが、音楽シーンは今見ても文句なしに素晴らしい。特にニール・ヤングとDEVOによる「ヘイ・ヘイ、マイ・マイ」の演奏シーンは刺激的だ。1979年に発表したアルバム『ラスト・ネヴァー・スリープス』に収められた代表曲が、いつになく激しくブッ壊れたサウンドで鳴らされている。当時台頭しつつあったパンク・ムーヴメントへの返答と言われたこの曲の本質が、より露になった演奏だ。

本作は、1979年3月にアメリカ・ペンシルバニア州で起こったスリーマイル島原子力発電所事故の3年後、1982年に公開されている。撮影が始まったのは1978年と言われているので、この事故が映画を作る直接のきっかけになったと断言することはできないが、製作過程において大きな影響を与えたことはまず間違いない。そんな作品が30年以上の歳月を経て“3.11”後の日本で公開されることの意味は、とてつもなく大きい。(文:伊藤隆剛/ライター)

『ヒューマン・ハイウェイ 〈ディレクターズ・カット版〉』は9月12日〜9月25日公開。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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