『アラジン』北村一輝インタビュー

演技派が語る、何度もダメ出しされる喜びとは?

#北村一輝

演じることとは異なる吹き替え「演技に声を合わせるという作業」

俳優・北村一輝。日本人離れしたルックスや役柄を問わない多彩な芝居を武器に活躍を重ねてきた現在49歳のベテラン俳優が、ディズニーの名作アニメーションを実写化した映画『アラジン』で、悪役のジャファーの日本語吹き替えに挑戦した。

「何度も『ダメ。もう一回、もう一回』と言われるのは、すごくうれしい」と満足げにアフレコを振り返る北村に、自身の若き日やアラジンに対する共感、そして役者業や平成という時代に対する思いなどを語ってもらった。

─ジャファーは世界的に有名なヴィラン(悪党)で、突き抜けた悪役ですが、演じていてどんな部分を楽しむことができましたか?

アフレコ中の北村一輝

北村:う〜ん……演じては無いですかね。演じるというのは、お芝居を自分である程度やるということ。吹き替えという仕事は、役者が演じるような自由はないんです。キャラクターの動きに声を合わせるという作業で、彼が怒っているときに怒り、プラス、多少のいやらしさやしたたかさを出そうとしてみましたが、やっぱり限度がありますよね。
 ジャファーは、僕自身はアニメーションのイメージがあり、魅力的で人気のあるキャラクターだと思っていましたが、今回の映画では新たなジャファーに出会いましたね。最初にお話をいただいたときに、そのアニメーションの先入観があった分、映画を見たときに、すごく若くて声が高い、怒りもストレートに表現するような。したたかでも意地悪でもないなという、案外あっさりとしたタイプのヴィランという印象でした。

──以前、ディズニーの実写映画の吹き替えを務められた俳優さんが「アフレコでは息づかいに至るまで厳密な演出を受けた」と仰っていました。北村さんもそういった演出を受けましたか?

北村:息遣いも全てです。ここで息を吸って、溜息、台詞。ここで口がこれくらい開いているから、ここでこの台詞、この単語……。と考えたら、自分の言い方はできないですよね(笑)。忠実に合わせるということの中で、どれだけ魅了させられるかということになりますね。

北村一輝

──そういった制限を伴う難しい作業は、俳優としてどんな面でプラスになりましたか?

北村:難しい、イコール、楽しいですね。自分ができていないことを学ぶことで、新しいことを発見できると思います。現場でもそうですが、要求されたことが出来ず、怒られれば怒られるほど、自分が成長でき、学べますね。それはすごく楽しいことで、新鮮です。
 最近は、現場で怒られなくなってきているので(笑)。何度も『ダメ。もう一回、もう一回』と言って貰えると、すごく嬉しいですし、それに応えたくなりますね。

──ジャファーに立ち向かうアラジンは、身分の低さがコンプレックスになっていますが、北村さんには何かコンプレックスがありますか?

北村:コンプレックスの塊だと思います。最初、大阪から東京に出てきた頃は、何の当てもなく、この世界に入ってからも、回りの人間がとても恵まれているように見えて羨ましかったですね。エキストラからオーディションを受け続けている時代は『くそ〜』という思いはありました。
 だけど、そのうち周りと戦うのではなく、自分の理想を考えたときに、自分自身の未熟さや足りないことの多さに気付きました。そういう葛藤は未だにありますし、すべてコンプレックスというか、悪い方に考えていたら全部悪い方向に進んでしまうと思います。そこを理解し、良くしていくことが、生きていくことかな。

──アニメーションでも描かれていましたが、貧しいアラジンが子どもたちにパンを分け与えるシーンが印象的ですよね。北村さんも、俳優としてなかなか芽が出なかった時期は、俳優業だけで食べていくのは難しかったとのことですが、当時の経験は今の糧になっていますか?

北村:糧になっているというよりは、何も変わっていないですね。僕は俳優の前に人間だと思っています。自分の人生も大事です。俳優というのは一部分であり、俳優でどれだけ有名になっても、所詮一人の人間だということを、ちゃんと自覚しておかなきゃいけないと思っています。

──状況が変わってもそういった意識を持ち続けるのは、すごく大切なことだと思います。

北村一輝

北村:昔に比べれば仕事は頂けるようになりましたが、何かが変わるとか失うではなく、アラジンがパンを差し出したような行動は、今でもそうすべきだと思います。それは、パンがあろうがなかろうが。たとえばアラジンが身分の違いに関係なく、貧しくても王様になっても変わらない清らかな心を持ち続けられるように、自分の足元や自分の状況で、態度を変える人にはなりたくないですね。

──北村さんのプロフィール上では、最初の出演作品は平成3年のものかと思います。それ以前も含めると、平成を通じてお芝居をされてきたわけですね。もう令和の時代を迎えて少し経ちましたが、俳優・北村一輝にとって、平成はどんな時代でしたか?

北村:一番早かったというか、駆け抜けてきたというか。もう気づいたら平成10年、20年だったという感じです。月日が早く過ぎ去ったというよりも、自分が猛スピードで動こうとしていたので、周りを見れていなかったのかな……。だから、周りを感じながら生きるというよりも、前ばかり見て、ひたすら走っていたという思いはありますね。

『アラジン』
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──7月には50歳のお誕生日を迎えますね。これまでのキャリアを踏まえたうえで、これからの俳優人生はどんな風に歩んでいきたいですか?

北村:10年以上前から、スタートは50代からだと思っています。30代・40代は競い合ってしまいがちですが、だんだんと、一概に競う必要がない事も知る。50代から新しいことを始めたいというのは、俳優としてもそうですし、仕事以外の部分も同じ。一人の人間としても、色々なことを始めていければいいかなと思っています。
 やっぱりいろいろな世の中を見て、色々なことを体験して。十代の頃と一緒ですよね。多くの新しいものを体験したいと思いますし、失敗もしてみたいと思います。
 ましてや、20歳の時とは違い経験値がある分、もう少しうまくできたりするだろうと思うんです。守りに入らずに今後も勝負をしてみたいと思いますし、楽しくもしたいと思いますし、もっと人にも優しく出来ると思います。50代は有言実行で楽しもうと思ってますね。

(text&photo:岸豊)

北村一輝
北村一輝
きたむら・かずき

1969年7月17日生まれ。大阪府出身。『日本黒社会 LEY LINES』(99年)など三池崇史監督作品などをきっかけにブレイク。日本人離れしたルックスと演技力を武器に、多数の作品に出演。演じてきた役柄は、ゲイバーのママ、クールなキャリア刑事、ローマ皇帝、猫と旅する剣豪、ナルシストの銀幕スターなど多彩。最近の出演作は、『羊の木』(18年)、『今夜、ロマンス劇場で』『去年の冬、きみと別れ』『億男』(共に18年)など。今後は9月30日よりスタートのNHK連続テレビ小説『スカーレット』への出演も控えている。