【週末シネマ】クリント・イーストウッド監督が見せるエンターテインメントの真髄

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『ジャージー・ボーイズ』
(C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC ENTERTAINMENT
『ジャージー・ボーイズ』
(C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC ENTERTAINMENT

『ジャージー・ボーイズ』

フランキー・ヴァリが歌う「君の瞳に恋してる」で思い出す映画といえば、『ディア・ハンター』(78年)だ。60年代、ピッツバーグ郊外にある町のバーでクリストファー・ウォーケンが、ロバート・デ・ニーロやジョン・カザールたちとビリヤードをしながら熱唱していた。そのウォーケンも出演しているのが、ヴァリがリード・ボーカルをつとめたグループ「ザ・フォー・シーズンズ」を描く『ジャージー・ボーイズ』。ブロードウェイでトニー賞にも輝いたミュージカルをクリント・イーストウッドが映画化した。

ブロードウェイ公演のオリジナル・キャストでフランキー・ヴァリを演じたジョン・ロイド・ヤング、舞台版に出演していたエリック・バーゲン、マイケル・ロメンダも起用している。ザ・フォー・シーズンズの経歴を4人のメンバーがカメラに向かって語る形式もミュージカルを踏襲しているが、ニュージャージーの貧しい町で育った4人の若者が経験する栄光と挫折の物語はストレートなドラマで描かれる。合間に「シェリー」「恋のヤセがまん」「悲しき朝やけ」「1963年12月(あのすばらしき夜)」など、タイトルは知らずとも聴き覚えのあるヒット曲の数々がちりばめられ、その制作過程も描写する。

一緒にスタートを切ったのに、ずば抜けた才能を持つ者とそうではない者の差が徐々に露わになり、エゴがぶつかり合い、ある者は道を踏み外し……というストーリーは、ありがちではある。だが、国を問わず、仲間と音楽で一旗揚げようと思った経験のある人にはたまらないだろう。50年代アメリカのジャージー・ボーイズの物語であると同時に全てのミュージシャン、あるいは仲間と何かを成し遂げようとした若者の物語たりうる普遍性。それが大衆の心をつかむエンターテインメントの真髄なのだ。

著名なキャストはクリストファー・ウォーケン以外はいないが、先述の3人にヴィンセント・ピアッツァを加えたザ・フォー・シーズンズを演じる4人はもとより、彼らをスターに育てるプロデューサー役のマイク・ドイル、フランキーの妻役のレネ・マリーノ(彼女も舞台版に出演)の演技は的確で、純粋に物語に浸らせてくれる。ウォーケンはフランキーの歌声に惚れ込み、肩入れする地元ギャングのボス役。必要以上の大物感も小物感もなく、ちょうどいい大きさの芝居を見せる。

部屋の片隅のテレビ画面に若き日の自分の姿を映したり、愛娘を端役で出演させたり、イーストウッドが楽しんで演出しているのが伝わってくる。無名時代のフランキーたちのやんちゃエピソードの描写はスラップスティック・コメディのような軽快さだし、主人公たちとほぼ同世代だからこそ醸し出せるリアルタイム感もある。やがて、無邪気な時代を過ぎた4人の葛藤から心揺さぶるクライマックスへとなだれ込むあたりは、まさに彼の真骨頂だ。眉に唾をつけたくなるほどのいい話は、語り口を抑えるほどにリアリティが増す。イーストウッドはそれを熟知している。

「君の瞳に恋してる」は「You’re just too good to be true(君は出来過ぎなくらい素敵だ)」という歌詞で始まる。事実ではなく真実を描くとはどういうことか。それを形にして見せた『ジャージー・ボーイズ』という物語にそのまま捧げたい一節だ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ジャージー・ボーイズ』は9月27日から全国公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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