愛しているのに、届かない──ろう者の母と家族が向き合う現実、不安と孤独の先にある希望

#エバ・リベルタ#幸せの、忘れもの。

『幸せの、忘れもの。』
(C)2025. Distinto Films SLU, Nexus Creafilms SL, A Contracorriente Films SL, Diverso Films AIE
『幸せの、忘れもの。』
『幸せの、忘れもの。』
『幸せの、忘れもの。』

ベルリン国際映画祭2冠、エバ・リベルタ監督が語る家族と多様性の物語

聴こえない世界に生きるアンヘラ。“幸せな出来事”が、彼女の日常を静かに壊し始める…。 ベルリン国際映画祭2冠を始め世界の映画祭で称賛された感動の物語『幸せの、忘れもの。』より、エバ・リベルタ監督のオフィシャルインタビューが解禁された。

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第75回ベルリン国際映画祭で観客賞とアート・シネマ賞の2冠に輝いたほか、第28回スペイン・マラガ映画祭で観客賞を含む3部門、第40回ゴヤ賞でも最優秀新人監督賞を含む3部門を受賞した本作。新鋭監督による本作は、見る者の心を静かに揺さぶり、大きな反響を呼んだ。

聴こえない世界に生きるアンヘラと、優しく寄り添う夫エクトル。二人は手話というかけがえのない言葉で心を通わせる。アンヘラは陶芸工房で働き、土の匂いと仲間たちに見守られながら、静かで穏やかな日々を過ごしていた。

しかし、ある“幸せな出来事”をきっかけに、日常は少しずつ揺らぎ始める。やがて再び“疎外の世界”へと引き戻されていくアンヘラ。聴こえない世界とその外側で、時折見え隠れする“本当の幸せ”を、彼女はつかむことができるのだろうか…。

主演を務めるのは、ろう者の俳優であり、監督の実妹でもあるミリアム・ガルロ。監督が「きっと私たちは、一生をかけてこの映画を準備してきた」と語るように、本作には2人の長年の実体験が色濃く反映され、鋭くも確かなリアリティを生み出している。

ろう者と聴者のわずかなすれ違い、それぞれが抱える異なる疎外感――これまでの映画にはなかった繊細で緻密な演出が光る。象徴的な関係性を描きながらも、母として、子として、夫婦として、そして一人の人間として誰もが感じる切なさや孤独、そしてもがいた先に見える小さな幸せを丁寧に映し出す。

監督を務めたのは、エバ・リベルタ。マドリード・コンプルテンセ大学で社会学の学位も取得しているスペインの映画監督だ。劇作家としても活動し、独立系の劇団や同大学、メキシコのケレタロ自治大学、同国の国立研究所や社会開発省などに向けて、性暴力、人身売買、移民の性の権利といったテーマに関連する舞台作品を執筆・演出してきた経歴を持つ。

本作の元となった短編映画『Sorda』を監督した経緯と、そこから長編製作に至った背景については、「この長編の元になった短編『Sorda』は、妹が『子どもを持とうかな』と考えていたときに生まれました。そのとき、ろう者としての不安を私に話してくれて、私はそこで初めて気づいたんです。『聞こえる人が中心の社会で、母親になろうとするろうの女性って、こんなことを考えるんだ』って。女性としての不安に加えて、『ろうであること』から来る不安があることに、それまで思い至っていませんでした。そこで妹に、その不安を書き出してもらったんです。数日後に送られてきたリストが、すごく印象的で、そのリストから短編が生まれて、最終的にこの長編につながりました。現実に基づいてはいますが、物語としては完全にフィクションです」と語る。

母性というテーマに真正面から向き合うため、本作ではろう者の女性たちへの丹念なインタビューを実施。妊娠、出産、育児に至るまでの実体験を丁寧にすくい上げ、その声を作品に反映させている。その結果、ろう者が抱える苦悩や葛藤は、表層的な描写にとどまらない確かなリアリティとして立ち上がる。細部にまで行き届いたディテールは、聴者の視点からでも直感的に理解しやすく、自然と深い感情移入へと導く。

実の妹をキャスティングした点については、「一番の理由は、元になった短編での演技が本当に素晴らしかったからです。スクリーンでの存在感や、繊細な表現がすごく印象的で、私の思い描いていた役にぴったりでした。それに主人公のアンヘラという役は、ろう者が演じる必要があったんです。ミリアム自身がろう者ですし、もともと彼女の経験が着想になっている部分もあるので、これ以上ないキャスティングでした」と評価する。

異なる感覚世界を生きる人々が、どのようにして互いの世界を共有しようとするのか。その試みの尊さと難しさを描いた本作だが、理想的な関わり方については、「理想を言えば、聞こえる人が手話を学ぶのが一番いいと思います。すごく豊かで表現力のある言語ですし、実は赤ちゃんにも覚えやすいんです。ただ、全員がそれをできるわけではないので、主演のミリアムがよく言っているのは『とにかくコミュニケーションを取ろうとしてほしい』ということです。はっきり話す、顔を見て話す、順番に話す。それだけでも全然違うんです。大事なのは方法よりも『姿勢』です。尊重や優しさ、つながろうとする気持ち。同時に、制度的なサポートも必要です。通訳などを通じて、文化や教育にアクセスできるようにするのは社会の責任です。一方で、ろう者はすでにすごく努力しているんです。今必要なのは、聞こえる側もその努力に応えることだと思います」と語る。

本国以外では字幕付きでの上映が一般的だが、本国スペインでも、ろう者のためにすべて字幕付きで上映している。「手話は聞こえる人に必要だし、音声はろう者に必要なので、両方に対応するためです。そのおかげで、ろうの母親と一緒に初めて映画を見られた、という話もあって、とても嬉しかったですね」と喜びを口にした。

個人的に影響を受けた作品や好きな映画については、「観客として好きな映画と、監督として影響を受けた作品はほぼ同じです。若い頃に見た『ピアノ・レッスン』(93年)は大きかったですね。女性監督がいると初めて意識しました。その後はセリーヌ・シアマやアンドレア・アーノルド。イングマール・ベルイマンやイタリア・ネオレアリズモも好きです。日本映画だと、小津安二郎、是枝裕和、宮崎駿が好きです」と語り、日本の映画作家にも言及する。

今後制作したいテーマについては、「人間関係をこれからも描いていきたいです。特に家族や恋愛関係ですね。衝突や不安、そしてつながる瞬間。それが人をどう変えるのかに興味があります」と展望を明かした。

本作を通して伝えたいこととして、「多様性は障害ではなく、豊かさだということです。違いを恐れるのではなく、学ぶ機会として捉えてほしい。そして実際に、この映画がきっかけで医療現場の改善が起きた例もあります。最終的には、感動だけで終わらず、社会が動くことを願っています」と語った。

最後に日本の観客に向けて「日本で上映されることを本当に嬉しく思っています。ろうの方には『自分の物語だ』と感じてもらえたら嬉しいですし、聞こえる方には新しい視点を持ってもらえたら。私たちは思っているより、ずっと近い存在なんだと思います」とメッセージを寄せた。

『幸せの、忘れもの。』は2026年5月1日より全国公開。

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