いろいろな意味で後生に残る『ムーンライト』はなぜこんなに素晴らしいのか?

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アカデミー賞作品賞を受賞した『ムーンライト』。監督のバリー・ジェンキンスと助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリ
(C)2016 A24 Distribution, LLC
アカデミー賞作品賞を受賞した『ムーンライト』。監督のバリー・ジェンキンスと助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリ
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アカデミー賞授賞式での思わぬアクシデントで、記憶に残るドラマティックな作品賞受賞を果たした『ムーンライト』。だが、受賞作の取り違えという前代未聞のエピソードではなく、何よりもそのテーマと描き方の稀有な美しさにこそ注目したい。

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あるアフリカ系アメリカ人男性の半生の物語だ。主人公はマイアミの貧困地域で育ったシャロン。いじめっ子の標的になっていた10歳の頃、高校でもさらにいじめられ続けた16歳の頃、大人になった現在という3つの時代、3人のシャロンが登場する。

薬物中毒の母との2人暮らしで、外でいじめられて帰った自宅にも居場所のないシャロンは、ある日麻薬ディーラーのフアンと知り合う。窮状を見かねたフアンが彼に手を差し伸べたことで、いじめから逃げるだけで精一杯だったシャロンは自分自身と向き合うようになる。フアンと彼の恋人の存在は、子供にとって愛情ある保護がいかに大切かという根本的な点をまず明確にし、徐々に心を開いたシャロンはやがてフアンに「オカマ」という学校で浴びせかけられる言葉の意味を尋ねる。その質問への答えをはじめ、フアンは心に残る言葉をいくつも彼に与えていく。

荒廃した環境の中で孤独や実母との愛憎、唯一の友人である同級生ケヴィンとの関係にも傷つくシャロンを追い続ける物語は、説明を極力省き、静かで詩的だ。原作は、監督のバリー・ジェンキンスと共同で脚色を手がけたタレル・アルヴィン・マクレイニーの戯曲「In Moonlight Black Boys Look Blue」。その原題を具現化する映像が美しい。青い月夜、海辺の日差し、彼らの肌。すべて見事に調和した光景に息をのむ。映し出すのがありのままのリアルではないことで、目に映るものがさらに深い真実へと観客を導くかのようだ。

監督及び脚本家が自らの背景を重ね合わせた非常にパーソナルな内容だというが、カメラが主人公の感情そのものになるような瞬間がある。例えば母親がドラッグを買いたさからシャロンに金をせびるシーンでは、母親役のナオミ・ハリスが切羽詰まった形相でまくし立てる表情を、観客は息子と同じ視点で目の当たりにする。どんな手法よりも主人公の感情をダイレクトに共有できる。

俳優たちの的確な演技も素晴らしい。若きアフリカ系が3人(アレックス・ヒバート、アシュトン・サンダース、トレヴァンテ・ローズ)1役で演じたシャロンは、姿が変わっても同じ1つの魂を持ち続けている。父親代わりという枠に収まらないほどのカリスマ性を備えながら、現実はコカインの売人という聖俗併せ持つフアンを演じたマハーシャラ・アリはアカデミー賞助演男優賞を受賞した。現在『007』シリーズでイヴ・マネーペニーを演じているナオミ・ハリスは実働3日というわずかな撮影期間で、シャロンの母親の荒みの時間の経過を印象深く演じている。

アフリカ系で、ゲイであること。映画やドラマに登場する場合は、ほとんどキワモノ扱いだったステレオタイプから脱却し、ジェンキンスはこれまでにないタッチで心にしみいる純粋な愛を描いた。音楽の選び方、ムードでストーリーを見せる演出はウォン・カーウァイ作品に通じるセンスも感じる。

ハリウッドの主流が飛びつかないテーマを、スターではない監督とキャストがわずかな予算と撮影日数で作り上げた本作は、LGBTを扱った作品として、キャスト全員がアフリカ系の作品として、初めてアカデミー賞作品賞に輝いた。その意味でも、アメリカ映画の新時代を象徴する一作だ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ムーンライト』は3月31日より全国公開。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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