1974年7月8日生まれ、広島県出身。2002年にオリジナル脚本『蛇イチゴ』で監督デビュー。2006年には長編第二作『ゆれる』を発表し、第59回カンヌ国際映画祭監督週間に出品される。その後も『ディア・ドクター』(09年)や『永い言い訳』(16年)などで高い評価を獲得。2021年に製作した『すばらしき世界』ではシカゴ国際映画祭外国語映画部門観客賞や第76回毎日映画コンクール日本映画優秀賞など、数々の賞に輝く。
圧倒的な目の輝きと表情がキャスティングの決め手(西川監督)
『ディア・ドクター』や『すばらしき世界』など数々の話題作を手掛け、国内外で高く評価されている西川美和監督。最新作『わたしの知らない子どもたち』(10月16日より公開)では、戦争によってすべてを失った12歳の少女・琴子が、戦後の荒廃した東京で“少年として”生き延びる過酷な様子を描いている。
本作は9月10日(現地時間)よりカナダ・トロントで開催される北米最大の映画祭「第51回トロント国際映画祭」において、コンペ部門への出品が決定。日本映画としては初となる同部門のオープニング上映にも選出され、大きな注目を集めている。

『わたしの知らない子どもたち』2026年10月16日より全国公開
(C)2026 K2 Pictures・AOI Pro.
広島出身の西川監督にとって、幼少期から「戦争」と「平和」というテーマはつねに身近であったがゆえに、自身のキャリアを築くうえではそこから逃れたい気持ちもあったというが、いま向き合うきっかけとは一体何だったのか。
オーディションで琴子役に抜擢された新星・小八重葵美(こやえ・あみ)との出会いやW主演を務めた二階堂ふみに託した思い、そしていまの日本映画が抱える問題についても語ってもらった。
・岡田准一「『火垂るの墓』の後継作はこの作品」 西川美和監督『わたしの知らない子どもたち』を絶賛
監督:小学4年生から中学1年生くらいまで、幅を持っていろんな女の子に琴子の場面を演じてもらいましたが、とても難航しました。「みんな、ほかの役は上手に演じられるのに、なぜか琴子には見えない」と思っていたときに出会ったのが、葵美ちゃんです。
当時はまだお芝居の経験がなかったにもかかわらず、琴子が持つ芯の強さがフィットしている印象がありました。そして何より、キラキラした圧倒的な目の輝きと「私を撮って」と言わんばかりの表情。あとは、劇中の子守唄を歌うシーンをオーディションで演じてもらった際に、歌声も素晴らしかったので、満場一致で決まりました。

監督:逆に、葵美ちゃんに寄せて脚本を書き直す必要が一切なかったのはありがたかったですね。しかも、葵美ちゃんが決まったおかげで他の役をどういう子にすればいいのかが見えてきたので、毎回オーディションに参加してもらって、葵美ちゃんとのバランスを見ながらキャスティングしていくことができました。
小八重:いままで戦争について書かれた作品のオーディションは受けたことがなかったので、すごく興味深かったです。あとは、音楽も好きなので、ぜひ出演したいと思いました。
小八重:子役のみんなをはじめ、スタッフさんたちも優しかったですし、現場がすごく穏やかだったので安心してお芝居できたというのは大きかったです。映画の内容は重かったですが、みんなが「がんばれ!」といって応援してくれたので、不安もなくなって、自信を持つことができました。そのおかげで、自分でもいいお芝居ができたと思っています。

監督:葵美ちゃんは琴子のキャラクターだけでなく、この場面ではどういう気持ちなのか、というのをすでにつかんでいる状態でした。なので、演技に関する演出という意味では、大人の俳優に対するアプローチとほぼ変わらなかったように感じています。
ただ、今回大変だったのは身体的な演技について。「そんなにおしとやかに膝をそろえて座っていたら女の子だとバレちゃうよ」みたいに、仕草や動作については具体的な指示をしました。生きたことのない時代設定の中で、男の子の振りもしなければいけなかったので、葵美ちゃんにとっては難しかったと思います。自分でうまくいかないと思ったシーンはあった?
小八重:泣くシーンでは自然と涙が出てくるのが一番いいのはわかっていましたが、「泣かなきゃ」みたいにずっと思ってしまい、そのせいでうまくいかなかったと感じることはありました。
監督:いやいや、うまくいってたから大丈夫だよ。
・少女を棄てた少女、社会からこぼれ落ちた子の過酷を描いた衝撃作
戦争を経験した方に失礼がないよう、大切に演じたかった(小八重)
小八重:戦争のことはあまり知らなかったので、(出演決定後)広島に行ったり、映画を観たりして、撮影の前にいろんなことを調べました。そういった時間を過ごすなかで湧き上がってきたのは、「戦争を経験した方に失礼がないように大切に演じたい」という気持ちです。映画を観てくださる方に、「ちゃんと向き合っていない」と思われてしまわないようなお芝居をするのが大変でした。
小八重:(映画の撮影前に)広島にある平和記念資料館に行ったときは、役として琴子に気持ちが入ってしまっていたこともあり、落ち込んでしまうこともありました。
監督:たまたまお会いしたときに、お互いに取り組んでいることについてお話をしていて、「実現するといいですね」と言っていただきましたが、演じていただくことは考えていませんでした。というのも、シナリオを書き終えるまでは、映画化できるかどうかわからないので、特定のキャストを思い浮かべたりして膨らまさないようにいつもしているんです。

監督:それは葵美ちゃんが決まったあとですね。子ども中心の大変な演出と向き合う私にとって、もう一人の主演である曽根先生は“唯一のパートナー”になるだろうと考えていたので、二階堂さんなら任せられると思いました。
二階堂さんは意志が強い女性で、どこか琴子みたいだなと感じる部分もあったので、もし二階堂さんが葵美ちゃんと同じくらいの年齢だったら琴子をお願いしていたかもしれないですね。それに比べて曽根先生は時局に翻弄され、自分自身の言葉も持たない女性なので、私の持つ二階堂さんのイメージとは少し違うところもありましたが、この役は、キャラクターとの一致より、物語への解釈が自ら深くできる俳優にお願いしたいと思いました。
二階堂さんは以前から動物保護の活動などもされていたり、選挙の投票を呼びかける動画などにも参加されています。自らの思う“よりよい社会”を自分の考えでアクションにし、演技者としてだけではない幅広い視野を持たれている印象でした。そういう人なら、この重たい役を任せられる、と思えたんです。
小八重:お芝居が本当にすごいと思いました。最後のほうに2人で向き合うシーンがありましたが、涙を流されている姿を見て「(曽根先生は)いままですごく苦労されてきたんだな」というのが伝わってきて、思わず私も泣いてしまいました。あとは、ラストシーンの撮影が終わった後、二階堂さんが抱きしめてくれて嬉しかったです。
監督:二階堂さんも役をつかんでいらっしゃったので、1つ1つ止まるようなことはなかったですが、とりわけ難しかったのは上野駅で琴子を置き去りにするシーン。琴子に対する気持ちを作るのが大変そうだと感じたので、リハーサルで様子を見ながら琴子のセリフを書き直すこともありました。
二階堂さんは非常に敏感な方なので、彼女が疑問を感じているような顔をしているときは、どんな違和感があるのかをディスカッションしてから進めたほうが上手くいくことが多かったです。

小八重:アクションなどの“戦う”作品に出てみたいです。

経験のない自分に、戦争の何を語ることができるだろうかという気持ちがずっとあった(西川監督)
監督:私の家族は爆心地から3.5キロほど離れたところで生活していたので、当時の様子はかなり聞いていましたし、学校でも平和教育を受けて育ちました。なので、それが当たり前だと理解している一方で、「こんな話ばかり聞かされて辛い」という感覚は広島で育った子どもたちのなかにはあるのも事実だと感じています。
監督:広島で育ったからこそ、「実際に経験していない自分に、戦争の何を語ることができるだろうか」という気持ちがずっとありました。そういったこともあって、これまではあえて自分の映画で戦争については描かずにきましたが、その私が関心を持ったのが「戦争孤児は一体どこから来て、どこへ行ってしまったのか」というテーマです。
監督:戦後の風景に戦争孤児は必ず出てくるので、戦災で焼け出されて、家や家族を失った存在、という、ただ見たままの認識でした。にもかかわらず、その子たちが大人になってどんな暮らしをしていたのかについてはほとんど想像したこともありませんでしたが、「あの状況の中で子どもだけでどうやって自活していたんだろう」と色々と調べていくと、そこには彼らなりの工夫やサバイバル能力があり、そのエネルギーが放つ輝きに圧倒されました。
コロナ禍もあって、世界もどんどん先行き不安になる中で、何となく生きる意欲のようなものもすり減っていく中で、「これほどまでに“生”にしがみつくことができるか」という問いも自分の中にあり、そういう彼らの姿を伝えたいなと。一方で、彼らをそのような境遇にさせた戦争についてもきちんと描かなければいけないので、それを戦争を知らない私がどのような語り口で映画にしていくかという課題もありました。いまの小中学生たちが、当事者たちの作った戦争にまつわる映画や小説に手を伸ばすきっかけになるような映画を作ることが私たち世代の仕事でもあるという思いが、私にとってモチベーションとなっていきました。

監督:私は基本的にオリジナルや自主企画が多いので、時間もかかりますが、もう周りの人もそういうものだと諦めてくれているのかもしれませんね(笑)。今回の作品は特にお金がかかるし、誰も撮らせてくれなそうな映画ではあるというのは私にもわかっていましたが、「この映画を作らせてくれないのなら、いまの日本の映画界はその程度だ。やめてもいい」くらいの感覚でいますから。そんななか、「作ろう」と判断してくれて、大きな予算規模で撮らせていただける人たちに会えたのは、本当にラッキーだったと感じています。
子どもたちがさまざまな文化芸術に触れられる環境を守りたい(西川監督)
監督:映画の価値を、商業的な利点から見られる場面が増えたなと思います。 “確実に稼げる大きな映画”には政府からも大きな支援をして、海外にも拡大させていこうとする傾向はあると思います。その一方で、日本映画は世界的に見ても特殊なくらい多種多様な映画が作られてきた歴史があるのも事実。不安定で、決して良い環境とは言えない労働環境の中で、日本の映画界の人たちがこれだけの映画を作り続けてきたのは、不思議でもあります。
そういう多種多様さの中から、世界で知られる個性的な作り手が出てきたのだと思います。だからこそ、稼げるものだけでなく、発想力豊かな若い人が果敢にチャレンジできる土壌を整えることも重視しないと後に繋がらないのではないでしょうか。
海外の映画祭などに行くと、みなさんが思っている以上に日本映画のファンはたくさんいます。アニメはもちろんですが、実写映画でも“スター監督”は何人もいて、日本では平気で歩けても海外だと街でサイン攻めにあっている日本人監督の姿も見ます。
そういった監督たちが作った映画を海外の方が観て、日本の価値観や生活を好きになって、国家間の関係とは別の次元で日本に対して親近感を抱いてくれることもよくあるので、私は映画というものは外交に貢献しているとも思います。メガヒット作だけではなく、いろんな映画が作れるように業界内も環境改善に努めて行くべきですし、それによって観客のみなさんにもさまざまな映画を楽しんでいただけたらいいですね。
監督:そうですね。コロナ禍では文化や芸術の分野が「不要不急」の烙印を押され、一番に切られました。「こういうときこそ心を豊かにするものがなければ、人の心がどんどん貧しくなって、心が死んでしまう」と考えたヨーロッパの対応とはまったく違い、私自身も膝を折られるような気持ちになりました。
心の豊かさが削られていくと、「他人はさておき自分だけ守ろう」としがちですが、芸術や文学に多く触れていれば、まず第一にそういう発想は持ちづらくなるのではないかなと。だからこそ、まずは子どもたちがさまざまな文化芸術に触れられる環境を守りたいですし、そういったことに貢献できるものを私たちも提供していきたいです。
小八重:映画をあまり観ない方や、戦争の話が苦手な方にも、この作品は映画館で観る価値があると思っています。琴子と同じくらいの年代の子どもたちにも、戦争について考えるきっかけになる映画だと思うので、たくさんの方に観ていただきたいです。
監督:深刻そうな映画なので、襟を正して観なければいけないように思われてしまうかもしれませんが、いままで観てくださった方からは「あっという間に時間が過ぎて、いい意味で裏切られた」「子どもたちがキラキラと輝いて見えた」という嬉しい感想をいただきました。本当に大きな予算を使わせていただきましたが、映像も音楽も素晴らしいので、ぜひ劇場でご覧いただければと思います。
(text:志村昌美 photo:小川拓洋)
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