【日本映画界の問題点を探る/偽りの産業支援・クールジャパンの闇 2】多額の公的資金が投じられてきた官民ファンド「クールジャパン機構(株式会社海外需要開拓支援機構)」。これまでに政府は1000億円以上を出資しているが、昨年度末(2022年3月時点)の段階で、累積赤字は309億円にも及ぶ。当初は華やかな国策として注目を集めたものの、国が主導して行った計56件の投資はほとんどが失敗している。映画産業で働いている人たちではなく、広告代理店などの関係ないところばかりにお金が渡っているという問題だらけの“クールジャパン政策”について、「日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー 経産官僚の暴走と歪められる公文書管理」の著者 ヒロ・マスダに聞く2回目。
・【偽りの産業支援・クールジャパンの闇 1】投資案件は失敗続き、膨れ上がる累積赤字〜
“クールジャパン”であればどれほどお金を無駄に使ってもいいという考え方が蔓延
マスダが単身でアメリカに渡ったのは、2001年のこと。ニューヨーク市立大学マンハッタンコミュニティーカレッジ舞台演劇科を卒業したあと、アメリカ俳優組合に所属し、俳優としてキャリアをスタートさせる。その後、脚本の執筆も手掛けるようになり、映画界で活躍の場と人脈を広げていった。帰国してから合同会社Ichigo Ichie Filmsを設立し、現在も代表を務めている。
そんななか、マスダにとって一つの転機となったのは、『パリ、テキサス』や『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』などで知られるドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダース監督との出会い。2010年頃、日本の小説を原作にした新作を予定していた監督の新作に、脚本と共同プロデュースとして関わっていたマスダは、制作するにあたって日本にはどのような支援策があるのかを調べていた。しかし、ビジネス面から見て常識的な施策がまったくないことを知るだけでなく、不適切な事業に巨額の公金が流れている衝撃の実態を目の当たりにすることになる。
さらに、ヴィム・ヴェンダース監督からは「なぜ日本には、有効な産業施策がこんなにもないのか?」と言われ、日本で予定していた撮影も中止。結果的に、政府の支援が潤沢なカナダで撮影することとなった。
「ヴィム・ヴェンダース監督からの言葉がきっかけではありますが、その前からおかしいとは感じていました。なぜなら、日本の産業振興は根本から間違っているからです。本来、産業振興というのは産業の担い手に向けて行うべきものであって、みんながそこでいい職を得られて初めて産業全体が盛り上がります。海外のどこの国でも映像産業支援と言えば真っ先に産業の担い手に働く施策が実行されているわけですが、日本では産業で働く人たちが無視されています。日本に適切な支援策がない一方で、経産省が所管する官民ファンド『産業革新機構』が設立した映画会社All Nippon Entertainment Works、その他バラバラに行われている支援事業においてもクールジャパン機構、NPO、広告代理店、人材派遣会社といった“よくわからない人たち”にお金が回っているが現状です。クールジャパン政策に関しても、『クールジャパンによって日本は豊かになるから未来は明るい』という旨の適当な答弁を国会でしている人がいましたが、クールジャパン効果なる波及効果の成果は極めて曖昧。そういったことに対して疑問と危機感を覚えて、“偽りの産業支援”であるクールジャパンについて調べることにしました」
こういった不透明なお金の流れは、東京オリンピック事業や新型コロナウイルス対策の関連事業などでも大きな問題となっているが、クールジャパン事業においても同様のことが長年繰り返されているのだ。しかし、ここには巧妙な“カラクリ”があり、それが大きな壁となって立ちはだかる。
「なかでも私が問題視しているのは、情報公開について。ほとんどの資料が黒塗りですし、失敗しても検証できなくしています。例えば官民ファンドの場合、国のお金に一滴の民間のお金を混ぜてしまえば民間事業であるとの理由から大半の情報を開示しなくてよくなるので、都合がいいんですよね。そのほかにも、NPO法人と広告代理店のズブズブの関係も大きな問題の一つ。クールジャパンの補助金配りでは、担当していたNPO法人の下請けに広告代理店がいましたが、その広告代理店が新しい支援事業を手掛けた際には逆にNPO法人へ再委託するようなことも行われていました。受注の入札に関しても非常に都合が良すぎるところがあり、ある事業では建前としては『たまたま1件しか入札がなかっただけで、公正に行っています』と言ってはいるものの、事業設置の提案、短期間公募、採択までの経緯を見ると決められたところに取らせるように仕組まれていると思わざるをえません」
マスダは新型コロナ対策関連のクールジャパン事業の情報公開に関して国を相手に訴えを起こしていたそうだが、資料の黒塗りについては「違法である」とのマスダの主張のとおり国が開示決定を変更したところだと明かす。
「令和2年度事業では国は900億円近い補助金事業を政府に近いNPOに委託、そこに落ちる何十億円の事務費は一切開示しないという態度でした。このNPOこそカンヌ国際映画祭(以下、カンヌ映画祭)で的外れなイベントを開催し盛大に税金を使った団体です。この時20億円もの事務費を補助金から流用し、広告代理店と結託した自主イベント実施の広報費に費やしていました。80億円も補助金を配るのに20億円もの広報イベントが必要になる意味がわからないですよね。この頃から『クールジャパン』であればどれだけでもお金を無駄に使ってもいいという考え方が蔓延していたと思います。これまで同類事業に2000億円以上が投じられ、このNPOがそれら全部を受託しています。一方で、国は私がカンヌ映画祭の時の事務費を突き止めた後の事業から事務費の黒塗りを始めました。2000億円もの『クールジャパン』事業が作られてその中で何が行われているか知る術がない、あるいは国民が裁判しなければ開示されない構造があります。国は再三「一定の成果があったと認められる」との答弁を繰り返す一方で、黒塗り公文書を駆使し『クールジャパン』の失敗を葬っている節が多々見受けられます。こうした不透明な税金構造の中にある『クールジャパン』はあえて無駄なことにお金を使いたい人がやっているようにしか見えません。」
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2015年のカンヌ国際映画祭のジャパン・パビリオンでは、ゆるキャラや、ミニスカートの女性キャラクターが逆立ちして下着を見せるような展示が行われたが、男女平等や多様性というメッセージを強く打ち出す近年の映画界の動きの中で、このイベントは世界の映画人たちからどう見えただろうか? 映画文化の意義を皆で考える場所である映画祭、ましてや、そのなかでも特別の場であるカンヌ映画祭の格式を無視した、国家主導事業とは思えないレベルの低さと問題の根深さに唖然としてしまう。これらの“負のループ”を断ち切るためには、どうしたらいいのだろうか。今後の対応が日本の命運を大きく左右すると思われるいま、次章では、マスダが考える改善策についてさらに掘り下げていく。(text:志村昌美)
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