本木雅弘は20代前半でアイドルから俳優へ、“王道”へと向かわなかったからこそ到達した現在地とは

#この俳優に注目#本木雅弘#黒牢城

『黒牢城』主演の本木雅弘
『黒牢城』主演・本木雅弘
(C)米澤穂信/KADOKAWA (C)2026映画「黒牢城」製作委員会

『黒牢城』主演の本木雅弘
黒牢城
『黒牢城』のジャパンプレミア
(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会
『日本のいちばん長い日』
『黒牢城』
『黒牢城』
黒牢城

主演作『黒牢城』が公開中。武将・荒木村重を演じる

【この俳優に注目】黒沢清監督初の本格的時代劇となる『黒牢城』。米澤穂信の同名小説を映画化した本作で、本木雅弘は織田信長に反旗を翻して有岡城に籠城する武将・荒木村重を演じる。地下牢に幽閉された敵方の軍師・黒田官兵衛役には菅田将暉、村重の妻・千代保役に吉高由里子が扮し、そのほかにも豪華キャストが集結する本作は第79回カンヌ国際映画祭のカンヌ・プレミア部門で上映され、絶賛を得た。

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黒沢が描く村重は、勝利や忠義よりも「これ以上、人を殺したくない」という感覚に従って行動する。いわば武士道から逸脱するのだが、臆病とされかねないその振る舞いは既存の価値体系から離脱して自由を得ようとする者の姿だ。権力に取り憑かれた信長よりも、ある意味では常軌を逸した大胆な決断をする。この人物像は、本木雅弘という俳優の長いキャリアの軌跡と不思議なほど重なって見える。

黒牢城

『黒牢城』
(C)米澤穂信/KADOKAWA (C)2026映画「黒牢城」製作委員会

 

転機は『ファンシイダンス』『シコふんじゃった。』

1965年、埼玉県の旧家に生まれた本木は1981年にドラマ『2年B組仙八先生』の生徒役でデビューし、その後はアイドルグループ「シブがき隊」のメンバーとして絶大な人気を誇った。今でこそ、男性アイドルグループは30代40代になっても続くのが定石だが、本木は早い段階から消費されるアイドル像から脱却した。1988年のグループ解散・事務所退所からの俳優への本格転身は、20代前半という早いタイミングでの新たな章の始まりとなった。

若き美青年だった本木は、いわゆる「二枚目スター俳優」の王道には向かわなかった。彼が選んだ役の多くは、社会の既存の価値体系の中でちょっとずれた場所に立つ者たちだった。

代表的なものは周防正行監督との2作だろう。1989年の『ファンシイダンス』では禅寺に入る青年僧侶、1992年の『シコふんじゃった。』では弱小相撲部で奮闘する大学生を演じた。いやいやながら身を置くことになった世界の作法や所作といった「型」の窮屈さが、却ってキャラクターの広がりの一助になっている。本木は『ファンシイダンス』と、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した『シコふんじゃった』の2作によって、イメージを壊すことを恐れない俳優という評価を手にした。

舞台でも強烈な存在感を発揮

活躍の場をスクリーンの外にも広げた一作として、個人的に今でも忘れられないのは1995年、シアターXで上演されたジャン・ジュネ作、渡邊守章演出の舞台『女中たち』だ。美しき権力者である奥様への憧れと憎悪を募らせた女中の姉妹を、男性である本木と青山吉良が演じた。

筆者はこの舞台を観劇したが、抑圧された女中姉妹の倒錯と破滅を体現する本木の強烈な存在感は今なお色褪せない。白いドレスをまとって毒入りのお茶を飲むラストシーンは忘れ難い美しさだった。この公演は同年度の読売演劇賞作品賞を受賞した。

なんという凄まじさ、この人の舞台をこれからも見ていきたいと思わせる圧倒的な体験だったが、本木自身はその経験に満足していなかったようだ。自己への厳しさ、決して現状に安住しない姿勢こそが、本木雅弘という俳優の核にあるのだろう。

この時期の本木は、写真集や出演作で自分自身を晒すことに躊躇がなかった。30代まではケレン味の強い役を追究し、40代以降は『坂の上の雲』『運命の人』などの連続ドラマや映画『永い言い訳』など、奇を衒わず重厚な作品にストレートに向き合うようになる。

主演作『おくりびと』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞

本木の資質は、2008年の『おくりびと』でさらに開花した。納棺師という職業を扱った本作も、ある種の型の美しさが印象的だ。故人が眠る棺に向かう手の動き、呼吸、沈黙の中の所作の積み重ねによって人物を成立させる。

この作品は本木自身が企画を発案し主演を務めたもので、実際に納棺の現場を見学・体験するなど、役作りと企画の両面で深く関与した。日本アカデミー賞の主要部門のみならず、アメリカでアカデミー賞外国語映画賞という栄誉に輝いた。

(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会

『おくりびと』
(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会

挑戦の数々を支えてきたのは本木自身の人生哲学だろう。義母・樹木希林から受け継いだ「おごらず、人と比べず、面白がって平気に生きればいい」という言葉がその核にあるはずだ。本木は、樹木希林と内田裕也の娘である内田也哉子と結婚、三児をもうけ、長男のUTAはモデル・俳優として活躍、長女・伽羅も是枝裕和監督や河瀬直美監督の作品に出演した。

確かに、成功や名声を追う他者との競争よりも、彼は自身に挑み続けているようだ。だからこそ、他の俳優が躊躇するような大きな跳躍も辞さない。『日本のいちばん長い日』で昭和天皇を演じ、海外ドラマ『GIRI/HAJI』では暴力団組長役など、本木を想定しにくいキャスティングにも見事に応えてきた。

『日本のいちばん長い日』

『日本のいちばん長い日』
(C) 2015『日本のいちばん長い日』製作委員会

アイドルを出発点に40年以上、常に新たな場所へ向かい続ける

今回、海外にも熱烈な信奉者の多い黒沢清監督とのタッグで生まれた『黒牢城』。黒沢はこの映画について、Hollywood Reporter誌で「アンチ・サムライ映画」と定義し、村重については、武士道という「ルールから自由になっていく」と語った。それは現代社会への批評であると同時に、本木自身の生き方とも響きあう。

権威の渦中でもがきながら、いつしかそこを離脱している荒木村重。アイドルとしての出発点から40年以上、観客の視線の中心にいながら、常に新たな場所へと向かい続けている本木雅弘。『黒牢城』で演じた異端の武将は、彼の生き方の現在地を映し出している。(文:冨永由紀/映画ライター)

『黒牢城』メイキング写真はこちら

『黒牢城』は、2026年6月19日より全国公開中。

『黒牢城』のジャパンプレミア

『黒牢城』ジャパンプレミアにて。本木雅弘(中央)、菅田将暉(左)、吉高由里子(右)
(C)米澤穂信/KADOKAWA (C)2026映画「黒牢城」製作委員会