絶対に見るべき大作! 人種差別のテーマに鋭く切り込むサバイバル・ホラー

#マイケル・B・ジョーダン#マイルズ・ケイトン#ライアン・クーグラー#レビュー#罪人たち#週末シネマ

『罪人たち』
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(C) 2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX? is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema? is a registered trademark of Dolby Laboratories
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マイケル・B・ジョーダンが双子を一人二役で演じる『罪人たち』

【週末シネマ】アメリカで4月に公開されるや大ヒットを記録し、急遽日本でも公開が決まった『罪人たち』。ライアン・クーグラー監督、マイケル・B・ジョーダン主演の本作は、絶対に見逃してほしくない唯一無二の大作だ。

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1932年のアメリカ南部を舞台に、ヴァンパイアとブルースというモチーフを通じて人種差別のテーマに鋭く切り込む。ジャンルの境界を溶かし、観る者に強烈な興奮をもたらす稀有な映画体験だ。
クーグラーとジョーダンのコンビは、彼らの出世作『フルートベール駅で』(2014年)から『クリード チャンプを継ぐ男』(2015年)、そして『ブラックパンサー』シリーズ(2018年、2022年)を通じて、アフリカ系アメリカ人の誇りと苦難を描き続けてきた。その集大成と呼ぶにふさわしい本作は、恐怖とスリルに満ちたエンターテインメントの中に、抑圧の歴史と希望の物語が見事に調和している。

表面的にはヴァンパイアが題材のホラー作品だが、そこにはアメリカの歴史、ブルースをはじめとする黒人音楽、そして人種差別や文化の盗用に対するメタファーが幾重にも織り込まれている。

『罪人たち』

(C) 2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX? is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema? is a registered trademark of Dolby Laboratories

20歳の新星マイルズ・ケイトンの歌声に魂が震える

舞台は、禁酒法や「ジム・クロウ法」による人種隔離が施行されていた1932年のミシシッピ州クラークスデール。大ヒット中の映画『国宝』に「悪魔と取引してたんや」という印象的な台詞があるが、その元ネタはおそらくブルースのレジェンド、ロバート・ジョンソンが十字路で悪魔と契約して才能を得たという伝説であり、その十字路があるとされる地がクラークスデールだ。

そこにアフリカ系コミュニティのためのジューク・ジョイント(音楽と酒とダンスの場)が開店する。物語は店のオーナーである双子の兄弟スモークとスタック(マイケル・B・ジョーダンが一人二役)と彼らの10代の従弟サミー(マイルズ・ケイトン)を中心に展開する。

兄スモークは冷静で現実主義、弟スタックは社交的で魅力的――性格の異なる二人は第一次世界大戦に従軍し、退役後はシカゴでアル・カポネのもとで働いていたという設定。ギャングから盗んだ資金で、彼らは白人地主から製材所を買い取って店に改装する。地元のブルース奏者を高額の報酬で招き、牧師である叔父の息子で、天才的な音楽センスを持つサミーも仲間に引き入れる。

マイケル・B・ジョーダンが双子の対照的な個性を繊細に演じ分ける実力も見事だが、心を掴まれたのは、スタックの運転するオープンカーの助手席でサミーが演奏を始めるシーン。空気が一変する。大人しそうに見えた彼の歌声は魂が震えるほどに力強く、運転席のスタックと共に快哉を叫びたくなるほどだ。

サミー役のケイトンは本作が映画デビューの20歳のR&Bシンガー。歌声に惚れ込んだクーグラーに抜擢されるも実はギター演奏経験はなく、わずか2か月で習得したという逸話も驚きだ。ルドウィグ・ゴランソンによるスコアも相まって、音楽映画としての完成度も極めて高い。

愛想よく近づくヴァンパイアたちに搾取の構造をみる

白人による差別がちらつきながらも、開店準備に奔走する双子や仲間たちの表情は生き生きとしている。多彩なキャラクターたちが織りなすドラマに見入っていると、突如として物語にヴァンパイアの要素が入り込んでくる。

何百年も生き続けるヴァンパイアの一味を率いるのは、アイルランド移民だったレミック(ジャック・オコンネル)。彼は妙にフレンドリーな態度で相手の隙をつき、血を吸い、彼らを仲間にしていく。

ジューク・ジョイントが開店し、映像でしか表現できない時空を超えるライブの最中に現れたレミック一味は、店ごと自分たちに同化させようと企む。そこから物語は、ヴァンパイアとの凄まじい攻防の一夜へと舵を切る。

薄気味悪いほど愛想よく近づき、文字通り牙を剥くレミックたちは、現代にも通じる搾取の構造を彷彿とさせる。彼らに立ち向かう主人公たちも完全無欠ではなく、罪や脆さを抱えている。あらゆる要素が示唆に満ち、差別や抵抗の歴史が恐怖と音楽の融合で描かれていく。

女性キャラクターたちも印象的だ。ウンミ・モサク演じるスモークの妻アニーは、アフリカ系の民間信仰「フードゥー」を用いてヴァンパイアと戦う。ヘイリー・スタインフェルドはスタックの元恋人で白人の血を引くメアリーを演じる。さらに、中国系の食料品店夫婦やチョクトー族のヴァンパイア・ハンターなど、さまざまな人種的背景が交錯する。

『罪人たち』

思い出さずにいられないのは、ジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(1968年)だ。アフリカ系男性が一軒家に籠城してゾンビと戦う物語は、ジューク・ジョイントという密室空間のサバイバルのインスピレーションとなったはず。主人公のたどる運命にも類似点はあるが、半世紀以上を経た2025年にクーグラーが描いた結末には、ある種のカタルシスもある。

強いメッセージ性とエンターテイメントは両立する

『ブラックパンサー』に続いて、クーグラーは強いメッセージとエンターテインメントを両立させる。とんでもなく非現実的な設定が、どうしようもない現実を鮮明に映し出す。強いメッセージとエンターテインメントは両立する。語られざる歴史を斬新な語り口で描き、ジャンル映画こそが社会に鋭いメッセージを届けうることを改めて証明した手腕は見事という他ない。

IMAX/70mmフィルムカメラによる映像表現も圧倒的。可能であれば、ぜひIMAXシアターでの鑑賞をお勧めする。そして、ぜひ最後まで席を立たずに見届けてほしい。先に進めば、それだけ深い余韻に浸れる作品だ。(文:冨永由紀/映画ライター)

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『罪人たち』は、2025年6月20日より公開中。