イニャリトゥ作品で笑える日が来るとは! 演技派ぞろいのキャストで魅せるアカデミー賞受賞作

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『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
(C)2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
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『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』

第87回アカデミー賞で作品賞、監督賞など主要4部門を受賞したアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』がいよいよ日本公開される。再起をかけた俳優が過ごす、現実と虚構が入り乱れる時間を描くブラック・コメディだ。

[動画]本年度アカデミー賞4冠に輝く『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』予告編

かつてヒーロー映画で人気を博したものの、すっかり落ちぶれて公私ともにくすぶっている俳優が心機一転、ブロードウェイの舞台で起死回生を図ろうとする。レイモンド・カーヴァーの「愛について語るときに我々の語ること」を自ら脚色し、演出と主演も兼ねるという力の入れようだ。だが、初日を控えて共演者がケガで降板。代役に起用した実力派俳優からは無闇に挑発され、アシスタントとして雇った実の娘にはキツいダメ出しをされ、しまいには当たり役だった“バードマン”まで姿を現して耳元で悪魔の囁きを繰り返す。

スターとして、父親として、人として、再起を目指す主人公リーガンを演じるのはマイケル・キートン。ティム・バートン監督の『バットマン』シリーズで主演をつとめたものの、近年は目立つ活躍をしていなかった彼の近況とリーガンの境遇がオーバーラップすることもあってか、昨年の映画賞レースでは『博士と彼女のセオリー』のエディ・レッドメインと熾烈な戦いを繰り広げたのは記憶に新しい。悲愴感に満ち満ちているのに、その不運さが笑いを誘う。イニャリトゥの映画で、こんな風に笑える時が訪れるなんて。『21グラム』や『バベル』など、ひたすらシリアスを貫いてきた監督の新境地開拓にキートンが大きく貢献したのは間違いない。間の悪さを絶妙に演じる高度な名演に、この役は彼が演じたからこそ魅力的なのだと確信する。

ひたすら感じ悪い共演者役のエドワード・ノートン、薬物依存から更生中でキレまくる娘役のエマ・ストーン、余計なことをせずに脇に徹するナオミ・ワッツやザック・ガリフィナーキス、厳しい劇評家役のリンゼイ・ダンカン、と演技派ぞろいのキャストが素晴らしい。

本作にはもう1つ、映画界と演劇界それぞれの立場や意見がよく見える秀逸なバックステージものとしての側面がある。それは全編ワンカットで撮ったかに見せるというこだわりの映像からもうかがえる。

デジタル撮影になって以来、たとえば日本のWOWOWで放送された三谷幸喜演出のドラマのように、ノーカットで全編撮り切る作品も出て来た。これはライブ感を映像へもたらそうとする舞台人らしいアプローチともとれるが、映像の人・イニャリトゥは、実は所々で切った映像をあたかもワンカットように繋げている。漫然と撮り続けるよりも、撮って切って繋ぐという映画ならではの技術を駆使する手法は何ともスリリングだ。タイミングや照明などに細心の注意を払うスタッフも、流れを維持しなければならない俳優も、通常以上のハードワークを強いられたはず。彼らの努力をつぶさにとらえ、アカデミー賞撮影賞を受賞したエマニュエル・ルベツキの手腕は鮮やかだ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は4月10日より公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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