F・サイドボトム、D・ジョンストン、C・ビーフハート、映画『フランク』モデルの3人のミュージシャンを徹底紹介/後編

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『FRANK −フランク−』
(C) 2013 EP Frank Limited, Channel Four Television Corporation and the British Film Institute
『FRANK −フランク−』
(C) 2013 EP Frank Limited, Channel Four Television Corporation and the British Film Institute

(…前編より続く)ダニエル・ジョンストンについては、その半生を追ったドキュメンタリー映画『悪魔とダニエル・ジョンストン』が2005年に公開されている。長年、重度の双極性障害に悩まされながら、自宅地下室に引きこもって音楽と絵描きに没頭する狂気の天才。ビートルズと「キャプテン・アメリカ」「おばけのキャスパー」をこよなく愛し、アートスクールで出会った初恋の女の子を題材にした歌ばかりを20年以上も書き続け、病気の発作で父親の運転するセスナ機のイグニション・キーを運転中に引き抜き墜落させる男(もちろん同乗した自分も一緒に墜落したが、親子ともに無事)。自分の音楽だけでなく、キリスト教原理主義者の厳格な母親の説教や友人との口喧嘩までを執拗に録音し、ステージには普段着のジャージのまま現れ、インタビューで気が乗らないと寝てしまったりもする。自主制作のカセットテープが大きな反響を呼んで注文が殺到したのはいいが、ダビングというものを知らずに一本ずつ歌い直して録音していた、なんて話まである。

F・サイドボトム、D・ジョンストン、C・ビーフハート、映画『フランク』モデルの3人のミュージシャンを徹底紹介/前編

それでもニルヴァーナのカート・コバーンやベック、デヴィッド・ボウイら多くのアーティストから惜しみない賛辞を贈られるミュージシャンズ・ミュージシャン。録音も演奏も歌も荒削りで、楽器のチューニングも狂いまくり。なので、常識的な耳で聴くと面食らうことは間違いないが、少年時代と変わらないソプラノ・ヴォイスや親しみのあるメロディには、それがどうでもよく感じられるほどのピュアネスが溢れている。

彼の音楽や『悪魔とダニエル・ジョンストン』で描かれているエピソードが具体的に取り入れているわけではないが、フランクの持つどこまでも純粋に自分の表現を貫く“光”と、ラスト近くで明らかになるマスクに隠された“影”のコントラストは、ダニエル・ジョンストンの内面と同質。フランクにこういった人間性が与えられたからこそ、本作にコメディのひと言では片付けられない奥行きが加わったのは間違いない。なおダニエル・ジョンストンは、相変わらず病に苦しめられてはいるものの、いまも音楽やイラストレーションを発表し続けている。

キャプテン・ビーフハートは、フランク・サイドボトムやダニエル・ジョンストンに比べればより幅広い世代の音楽ファンに知られる存在だ。なぜなら彼のキャリアには、1969年の発表以来“歴史的名盤”として揺るぎない評価を得る「トラウト・マスク・レプリカ」というアルバムがあるから。歴史的名盤と言っても、その前衛ぶりは45年経った現在の耳で聴いても凄まじいものがある。数多のロック名盤のなかでも独自性という意味で極北にある作品だ。ブルースやフリー・ジャズ、現代音楽などの要素が粉々に噛み砕かれ、ビーフハートの直感のもとコラージュされたようなそのサウンドは、いわゆる耳当たりのいいロック・アルバムとは一線を画し、いまも衝撃作であり続けている。

ハーモニーやリズムの枠を完全に無視しているようで、実際は周到なリハーサルを経て作られたこのアルバムは、8ヵ月に渡って借家でバンドマンを軟禁状態にした末に生み出されたものだと言われており、そのエピソードはフランクの率いるバンド=ソロンフォルブスのレコーディングの背景にもそのまま転用されている。ただしこちらはさらに長い11ヵ月。資金が底を尽き、バンドメンバーが空腹のあまり食べ物を万引きして捕まるというエピソードも、ビーフハートのレコーディングで実際に起こったことらしい。創作活動において、比類のないカリスマ性と牽引力を発揮するフランクはビーフハートそのもの。「曲のテーマが見つからない」と言うジョンに「テーマなんてどこにでもある」と返し、足もとのカーペットの糸をモチーフに曲想を次々と広げていくシーンなどにその天才性が描かれている。

ダニエル・ジョンストンとキャプテン・ビーフハートについては、音楽評論家でラジオDJのアーウィン・チュシドという人が書いた「Songs in the Key of Z」という本でも詳しく紹介されている。2006年に邦訳版も刊行されているこの本は、彼らのほかにもザ・シャグス、タイニー・ティム、ジョー・ミーク、シド・バレット、ロバート・グレティンガーといった名前が並び、さながら大衆音楽界の奇人変人列伝といった感じの怪書となっている。現在は手に入りにくくなっているが、『FRANK −フランク−』をより深く楽しむためのサブテキストとして紹介しておきたい。

インディ・ロック・ファンにはおなじみの音楽コンベンション、「サウス・バイ・サウスウェスト(SXSW)」から招待を受けることで運命が大きく動き出すフランクとソロンフォルブスの面々。フィクションとノンフィクションを巧みに組み合わせながら、最後には何とも言えない後味をもたらす“FRANK”を、ぜひとも劇場で“目撃”してほしい。(文:伊藤隆剛/ライター)

『FRANK −フランク−』は10月4日より公開。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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