『家族を想うとき』ケン・ローチ監督インタビュー

仕事が家族を破壊する──日本でも起きている問題を英国巨匠が描く

#ケン・ローチ

慎ましく暮らすために理不尽な仕事を長時間しなければならない現実に驚いた

前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)が自身2度目のカンヌ国際映画祭パルムドールに輝いたイギリス映画界の巨匠ケン・ローチ監督。83歳になった彼が「どうしても撮らなければいけない」という使命感で撮影した新作が『家族を想うとき』だ。

マイホーム購入という夢のために、父はフランチャイズの宅配ドライバーとして独立し、母はパートタイムの介護福祉士として1日中働いている。そのため、高校生の息子と小学生の娘はさびしい想いをしている。そんな中、父がある事件に巻き込まれてしまう……。

家族を幸せにするための仕事が家族の時間を奪い、家族がバラバラになっていく現実。現代の社会問題と家族の絆を描いたケン・ローチ監督に話を聞いた。

──本作のアイディアはどこから得られたのですか?

監督:前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』のリサーチのために出かけたフードバンク(まだ食べられるにもかかわらず、さまざまな理由によって市場で流通できなくなった食品を、企業から寄附を受けて生活困窮者などに届ける活動、あるいはその活動を行う組織)のことが心に残っていました。フードバンクに来ていた多くの人々が、パートタイムやゼロ時間契約(雇用者の呼びかけに応じて従業員が勤務する労働契約)で働いていたのです。いわゆるギグエコノミー(インターネット経由で非正規雇用者が企業から単発または短期の仕事を請け負う労働環境)、自営業者あるいはエージェンシー・ワーカー(代理店に雇われている人)、パートタイムに雇用形態を切り替えられた労働者について、私と脚本家のポールはしばしば話していて、次第に“もう一つの映画にしよう”というアイディアが生まれました。個々の労働者に対する搾取のレベルだけでなく、彼らの家庭生活への影響と個人的な関係にどのように反映されるかということでした。

──本作のリサーチは、どのようにされたのですか?

映画撮影中のケン・ローチ監督

監督:リサーチのほとんどはポールがやってくれました。その後、私たちは一緒に何人かの人に会いました。口が重いドライバーたちも多かったのですが、彼らは自分たちの仕事にリスクを負わせたくなかったのです。また、撮影場所からあまり遠くないところにあった集配所の親切な男性マネージャーが集配所のセットを建てるのに的確なアドバイスをくれました。出演しているドライバーたちはほぼ全員、現役か元ドライバーです。彼らは仕事の段取りや仕事を素早く成し遂げることのプレッシャーを理解していました。

──リサーチで最も印象に残ったことは何ですか?

監督:驚いたのは、人々が慎ましい生活をするために働かなければならない時間の長さと仕事の不安定さです。彼らは自営業者なので、もし何か不具合が生じたら、すべてのリスクを背負わなければなりません。例えば、宅配用のバンには不具合が生じることもありますし、配送がうまくいかなければ制裁を受けて大金を失うことになります。介護福祉士は訪問介護をしても最低限の賃金しか受け取れません。

──本作の登場人物について。父親のリッキーはどのような人物ですか?

『家族を想うとき』
photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

監督:リッキーは建設作業員として真面目に働き、マイホームを購入するために十分な貯蓄をしてきましたが、銀行と住宅金融組合の破綻が同時に起こり住宅ローンを組めなくなってしまいました。建設業が痛手を被ったために彼は職を失い、たくさん稼げそうな宅配ドライバーとして働く決意をします。一家は賃貸住宅に住んでいて、借金苦から抜け出すのに十分なほどは稼げていません。彼らのような状況にいる人々は、慎ましい収入を得るためにへとへとになるまで働かなければならないのが現状です。

──母親のアビーについては?

監督:アビーは幸せな結婚生活を送っている母親で、夫との間には愛情と友情があり、子どもたちにとって良い親になろうと努力しています。ただ、彼女の問題は、子どもたちの世話をどうするか、ということです。彼女は低賃金の介護の仕事で夜遅くまで家に戻れないので、子どもたちに電話で指示をしています。そんなやり方ではうまくいかないでしょう。

観客が登場人物の問題を自分のことと思えなければこの映画に価値はない
──二人が築きあげたものは何ですか?

『家族を想うとき』
photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

監督:子どもたちです。息子のセブは16歳ですが、両親が不在のことが多いため、道を踏み外していきます。彼には両親が気づいていない芸術的な才能がありますが、両親にとっては問題児です。保守的な父があれこれ言いますが、彼は言うことを聞きません。娘のライザ・ジェーンはとても聡明で、家族の仲裁役となります。彼女はみんなにハッピーになってほしいのです。

──ニューカッスルでの撮影はいかがでしたか?

監督:私たちのいつもの撮影と同様に順撮りをしました。俳優たちには物語がどのように終わるかを知らせず、それぞれのエピソードはその場で初めて伝えました。事前に家族のリハーサルを行いましたが、その後、5週間半にわたって撮影を行いました。チャレンジしたことの一つは、荷物の集配所を正しく理解すること。正確なプロセスを知り、みんなにその仕事をきちんと理解してもらわなければなりませんでした。そのうえで、この作品をドキュメンタリーのように撮影しました。

──本作では、どのような問題が提起されていると思いますか?

監督:このシステムは持続可能か、ということです。1日14時間くたくたになるまで働いているドライバーを介して買った物を手に入れるということが、持続可能と言えるのでしょうか? 自分で店に行って店主に話しかけることよりもよいシステムなのでしょうか? 家族や友人関係にまで影響を及ぼすプレッシャーのもとで人々が働いて人生を狭めるような世界を私たちは望んでいるのでしょうか? これは市場経済の崩壊ではなく、むしろ反対で、経費を節減し、利益を最大化する苛酷な競争によってもたらされる市場の論理的な発展です。市場の関心は、私たちの生活の質ではなく、金を儲けることです。ワーキング・プア、つまりリッキーやアビーのような人々とその家族が代償を払うのです。しかし、最終的には、観客の方々が本作の登場人物に信頼を寄せ、彼らと共に笑い、彼らのトラブルを自分のことと思わなかったら、この映画には価値がありません。彼らの生きてきた証が本物だと認識されることで観客の琴線に触れるのです。

ケン・ローチ
ケン・ローチ
Ken Loach

1936年6月17日、イングランド生まれ。オックスフォード大学にて法律を学んだ後、1967年、『夜空に星のあるように』で長編映画監督デビュー。『麦の穂をゆらす風』(06年)と『わたしは、ダイエル・ブレイク』(16年)にてカンヌ国際映画祭の最高賞、パルムドールを受賞。労働者階級や社会的弱者の日常に寄り添った社会派ドラマが多い。その他の作品に、『大地と自由』(95年)、『マイ・ネーム・イズ・ジョー』(98年)など。