『ハムナプトラ』シリーズで一世を風靡したブレンダン・フレイザー
【この俳優に注目】第95回アカデミー賞で主演男優賞を受賞したブレンダン・フレイザーは1990年代後半から2000年代にかけて、世界中で大ヒットした『ハムナプトラ』シリーズなどで活躍したハリウッド・スターだ。だが、今年のアカデミー助演男優賞を受賞したキー・ホイ・クァンと同じく、しばらくの間ハリウッドから遠ざかっていた。
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ダーレン・アロノフスキー監督の『ザ・ホエール』に主演し、昨年9月のヴェネチア国際映画祭のプレミア上映で8分間ものスタンディングオベーションを受けたのを機に、再び脚光を浴びたことについて英語圏ではルネッサンス(Renaissance)=再生とかけて、ファーストネームをかけ合わせた「Brenaissance」という造語まで生まれた。
とはいえ、彼はクァンのように完全に俳優を辞めていたのではなく、ずっと仕事を続けていた。だが、その渦中で彼は家族の死や家庭不和、長年のアクション演技による満身創痍の苦痛、さらには映画関係者による性被害も受け、心身のバランスを崩していた。
リヴァー・フェニックス主演作でデビュー
フレイザーは1968年、インディアナ州に生まれ、父の仕事の関係で幼少期はアメリカやカナダのほか、オランダ、スイスでも過ごした。両親の出身地であるカナダの寄宿学校在学中、休暇で旅した英国で舞台を見て演技に興味を持ち、大学で演劇を学び、さらに進学を予定していたが、立ち寄ったハリウッドでリヴァー・フェニックス主演の『恋のドッグファイト』(91年)の端役を得て、そこから順調にキャリアがスタートした。
最初に注目されたのは、キー・ホイ・クァンとの共演シーンもある『原始のマン』(92年)だろう。カリフォルニア州エンシノに突如蘇った1万年前の原始人と彼を見つけた高校生2人のコメディ映画で、フレイザーは1万年間氷河に閉じ込められていた原始人“リンク”を演じた。ミッシング・リンクをもじって名付けられ、交換留学生として高校生活を送る様子をコミカルに演じた彼は190センチを超える長身で目力も愛嬌もあり、映画スターとして申し分ない鮮烈な印象を与えた。
次に公開された初主演作『青春の輝き』(92年)はガラリと様相の違うシリアスな学園ドラマ。共演にはマット・デイモンとベン・アフレック、クリス・オドネルといった同世代のスター候補たちが揃い、1950年代の寄宿学校にスポーツ奨学生として編入してきたユダヤ人の主人公が言われなき差別に苦しめられる物語だ。
主人公のデヴィッド・グリーンを演じたフレイザーはキャリア最初期の段階で演技の幅の広さを証明し、その後もジョー・ペシと共演の心温まる人間ドラマ『きっと忘れない』(94年)や、売れないロックバンドがラジオ局ハイジャック犯にされてしまう『ハードロック・ハイジャック』(94年)などハリウッドで多彩な作品に出演。さらにサイコ・スリラー『聖なる狂気』(95年)やイアン・マッケランと共演の『ゴッド・アンド・モンスター』(98年)といったインディーズ作品にも出演した。
『ハムナプトラ』でアクション披露、スター性を発揮
恵まれた容姿と演技力で『ジャングル・ジョージ』(97年)のようなフィジカル・コメディもシリアスな作品もこなしたフレイザーは1999年から始まった『ハムナプトラ』シリーズで主人公のリック・オコーネル役でさらに人気を博す。
アクション、アドベンチャー、ロマンスとあらゆるエンタメ要素を詰め込んだシリーズは2008年まで続き、第2のインディ・ジョーンズを思わせる主人公像には、親しみやすさと華やかさを備えたフレイザーの魅力は欠かせなかった。
セクハラ被害や離婚などが重なり、うつ状態に
ただし、スケールの大きいアクションを伴う撮影は過酷なもので、フレイザーは脊椎や膝、声帯の手術を繰り返すはめになり、体調が悪化。さらに2003年にハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)のフィリップ・バーク会長(当時)からセクシャルハラスメントを受けたことや3児をもうけた妻との離婚、実母の死も重なり、うつ状態となって仕事をセーブした一時期があった。その間、2017年に#MeToo運動が起き、翌18年にフレイザーは初めてHFPA元会長による加害を公表した。
この告発をしたことで、彼の心は少しだけ軽くなったのかもしれない。怪我で傷めた身体も徐々に回復し、近年はTV界にも活動の場を広げて、『アフェア 情事の行方』(16年~17年)や『TRUST/トラスト ゲティ家のスキャンダル』(18年)、『ドゥーム・パトロール』(19年~)などに出演している。
映画では2021年はスティーヴン・ソダーバーグ監督の『クライム・ゲーム』に出演。3人のギャングに強盗の指令を出す謎の男役で存在感を放ち、次に臨んだのが久々の主演作となった『ザ・ホエール』だ。
トラウマや容姿に苦しみ引きこもる主人公に自身を重ねて
主人公は恋人を亡くしたショックから自宅に引きこもり、過食を繰り返して体重270キロを超える巨体のゲイ男性チャーリーだ。健康状態の悪化で死期を悟った彼は自らのトラウマに向き合い、疎遠だった10代の娘と絆を取り戻そうとする。アロノフスキー監督は原典である舞台劇を見て以来、チャーリーを演じるにふさわしい俳優を探し続け、やっと見つけたのがフレイザーだったという。
トラウマや自らの容姿に苦しみ、引きこもるチャーリーについて、フレイザーは「意地悪なジョークの矢面に立たされる気持ちはよくわかる」と、肉体美をもてはやされた20代と現在の姿を比較される実体験を踏まえて語っている。
『ハムナプトラ』や『ジャングル・ジョージ』と同様に、チャーリーという役も非常に身体能力を要求されるものだった。巨体を表現するのに連日4時間もの特殊メイクと5人がかりで着脱するファットスーツを付けたが、その重さがチャーリーとしての身のこなしにリアリティを与える。そして、キャラクターの尊厳を表現する際に留意したのが、他者の長点、本人も気づかない良いところを引き出すチャーリーの性質だという。これはフレイザーにも備わっているものでもある。オスカー受賞のスピーチで、チャーリーの生活をサポートする親友の看護師リズを演じて助演女優賞候補になったホン・チャウ、娘エリーを演じたセイディー・シンクに惜しみない賛辞を送っていた。
マリリン・モンローと同じくスクリーン上で魅力を放つ俳優
フィルモグラフィーを振り返ると、フレイザーは時代を先取りするというか、今も色褪せないテーマを扱う作品を選び、選ばれてきた俳優という印象を受ける。例えば『青春の輝き』は社会の分断が進む今、見るべき作品だ。そして、引退した実在のホラー映画監督ジェームズ・ホエール(イアン・マッケラン)と庭師の青年(フレイザー)の交流を描いた『ゴッド・アンド・モンスター』は、有害な男らしさとそこからの脱却を今から25年前の時点で描いている。
マッケランは映画公開時にフレイザーとの共演について、撮影時は「評価できなかった」と言いつつ、「マリリン・モンローと仕事をした人も同じことを言っていた。カメラ越しやスクリーン上でしか見ることができないものがある」と語った。モンローもフレイザーも異様なほど身体的であり、スター特有の輝きを放つ俳優だ。モンローは志半ばで生涯を終えたが、生きながらえていたら彼女が到達したかもしれない境地にフレイザーは立っている。
次回作はマーティン・スコセッシ監督作
『ジャングル・ジョージ』のような作品に出演する時、フレイザーは子ども騙しをするのではなく、子どもたちが初めて体験する映画を作るという姿勢で臨んだという。人生最初の映画がいかに大切なのかはスティーヴン・スピルバーグ監督の『フェイブルマンズ』でも描かれている通りだ。
どの作品でも誠実に真摯に演じ続けてきた彼の次回作はマーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオやロバート・デ・ニーロ、ジェシー・プレモンスらが出演する『Killers of the Flower Moon(原題)』。5月にカンヌ国際映画祭で上映され、10月にアメリカで劇場公開された後、Apple TVで世界配信される予定だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ザ・ホエール』は4月7日より全国公開中。
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