【映画を聴く】伝説的レコード店の軌跡が伝える、音楽を売るということ

#アザー・ミュージック#コーネリアス#ドキュメンタリー#ブロマ・バスー#ベル&セバスチャン#レコード#レビュー#ロブ・ハッチ=ミラー#映画を聴く

アザー・ミュージック
『アザー・ミュージック』
(C)2019 Production Company Productions LLC

閉店したNYのレコード店のドキュメンタリー『アザー・ミュージック』

【映画を聴く】この映画のタイトルとして掲げられている「Other Music」とは、かつてニューヨーク・マンハッタンのイーストヴィレッジにあったレコード店の名前。1995年にオープンし、2016年に閉店するまでの21年間、“メインストリームではない音楽”(=Other Music)を好む音楽ファンの聖地であり続けた伝説的なセレクトショップである。

【映画を聴く】サントラ買い必至、1973年の気分を詰め込んだ青春映画『リコリス・ピザ』

本作の監督・製作を務めるプロマ・バスーとロブ・ハッチ=ミラーは、かつてこの店で出会い、結婚したカップルとのこと。閉店の知らせを耳にして撮影を開始し、閉店後も資料収集や常連客だったアーティストや著名人へのインタビューを続行。有志の資金援助を得ながら、3年の歳月をかけて本作を完成させたのだという。

アザー・ミュージック

自らの歩いて新しい音楽との出会いを求めた1990年代

サブスクリプション型の音楽ストリーミングサービスをスマートフォンのアプリ経由で聴くというスタイルが当たり前になった現代とは違い、多くの音楽ファンが自分の足を動かして新しい音楽との出会いを求めた1990年代は、ニューヨークに限らず世界各地に個性的なレコード店が点在した。中でも東京・渋谷の宇田川町~神南周辺エリアにはHMV、タワーレコード、WAVE、レコファン、ディスクユニオンといった大型店のほか、クラブ系ならCiscoやDMR、Manhattan Records、ギター・ポップ/インディー・ポップ系ならZESTやMaximum Joy、クラシック・ロック/ポップスやシンガー・ソングライター系ならハイファイ・レコード・ストアやマザーズ・レコードといった具合に個性豊かな独立系レコード店が軒を連ね、週末ともなるといくつものレコード店の袋を下げた音楽ファンが行き来する姿が街中でよく見られたものだ(いくつかの店は今も健在)。

「Other Music」で最も売れたのは? 上位ラインナップも興味深い

“メインストリームではない音楽”と一口に言ってもその音楽性は様々だが、Other Musicが扱ったのは主にアメリカやイギリスのインディペンデント・レーベルからリリースされていた音楽。共同経営者のジョシュ・マデルが本編中でホワイトボードに書きつけた「TOP SELLERS OF ALL TIME」という、同店の営業期間中に売れた作品ベスト100のリストを眺めると、1位はベル&セバスチャンの『If You’re Feeling Sinister』(1996年)、2位はAIR(エール)の『Moon Safari』(1998年)、3位はボーズ・オブ・カナダの『Music Has the Right to Children 』(1998年)と並び、ほかにもヨ・ラ・テンゴ、ニュートラル・ミルク・ホテル、シガー・ロス、アーケード・ファイア、アニマル・コレクティヴといったバンドの作品が上位を占めている。

コーネリアスの『Fantasma』(1997年)が19位にランクインしているのも嬉しいし(小山田圭吾は本編でもコメントを寄せている)、ブラジルのサイケデリック・バンド、ムタンチスの『Os Mutantes』(1968年)やセルジュ・ゲンズブールの『Histoire de Melody Nelson』(1971年)、シュギー・オーティスの『Inspiration Information』(1974年)といった温故知新盤が含まれているのもこの店ならでは。いずれも今では時代を超えたクラシックとして愛聴される作品となっていることを考えれば、Other Musicの目利きぶりがよく分かるだろう。

アザー・ミュージック

ミュージシャンや俳優も常連客、博識スタッフが聴くべき音楽を提案

ニューヨーク在住のミュージシャンはもちろんのこと、俳優のベニチオ・デル・トロらもふらっと店を訪れ、スタッフにおすすめの新譜を聞く。博識なスタッフたちは常連客の好みをよく把握していて、いかにも興味を惹くエピソードとともに「なぜあなたがこのレコードを聴くべきなのか」を語りかける。本作は、音楽市場が経済的にも物量的にも最盛期を迎えた90年代の象徴としてのOther Musicと、そこで行なわれた音楽ファン同士の様々なコミットメントを浮き彫りにしたドキュメンタリー映画だが、ただ「昔は良かったね」とノスタルジーに浸るだけの内容ではない。ここには好きな音楽を売ることを仕事とし、共存共栄することができたあの時代から遠く離れ、音楽に適正な対価が支払われなくなった現代を生きる元スタッフたちの悔しさもしっかり刻まれている。

サブスクは便利、一方で薄れゆく、ひとつの作品に対する愛着

SpotifyやApple Musicといった音楽サブスクのアプリは本当によくできていて、聴けば聴くほど使い手の好みを学習し、次々とおすすめの音楽を再生してくれる。あまりに便利なので、一度使えばもう手放せなくなるが、そこからはジャケットやブックレットの触感、レコード盤独特の塩化ヴィニールのにおいは得られないし、興味深いエピソードを教えてくれるスタッフもいない。音楽を消費するスピードが何倍にもなった一方で、ひとつひとつの作品に対する愛着を深めることが難しくなっている。そんなことを日々考えている音楽ファンにとっては、さらに悩みが増える作品かもしれない。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)

『アザー・ミュージック』は9月10日より全国順次公開中。

INTERVIEW