『君と歩く世界』ジャック・オディアール監督&マリオン・コティヤール インタビュー

傷ついた女と男の再生を描く奇跡のラブ・ストーリーのヒロインと監督が語る

#ジャック・オディアール#マリオン・コティヤール

演じるというのは私にとってとても複雑なこと(コティヤール)

風光明媚な南フランスのマリンランドで、シャチの調教師として日々華やかな舞台に立つステファニー。幼い息子を連れ、姉を頼ってベルギーから流れて来たシングルファ−ザーのアリ。シャチのショーの最中に起きた事故で両脚を切断し、絶望のどん底に突き落とされたステファニーがアリとの出会いを通して再び前を向き、またアリ自身もステファニーとの関係を通して生まれ変わっていく姿を描く『君と歩く世界』。

来日したジャック・オディアール監督と主演のマリオン・コティヤールに話を聞いた。

──クレイグ・デイヴィッドソンの短編集を脚色し、原作にはいないステファニーとアリという2人の男女の物語になっています。このような手法になった理由は?

監督:ラブ・ストーリーを撮りたかった、というのがまずある。前作の『預言者』(09年)は男性ばかりの物語だったからね。今回は女性のキャラクターを登場させることにしたんだ。デイヴィッドソンの原作に描かれるのは、危機的な状態にある世界。登場人物たちは都会のプロレタリアという人物像で、私はそこに興味を持った。それは私個人には思いつかない世界であり、だから撮りたいと思ったんだ。危機的な状況のなかで起きるラブ・ストーリー、これをやってみたかった。

──人間の肉体と本質に向き合った、今までにないラブ・ストーリーになっています。マリオンさんが演じたステファニーは事故で足を失うシャチの調教師という、チャレンジの多い役柄だったと思います。
マリオン・コティヤール

コティヤール:私は自分に与えられる役について、チャレンジと感じたことはないの。私にとって、それは未知のものを体験していくことだと捉えている。今回はジャックのような素晴らしい監督と組むわけだから、特別な冒険になるだろう、と撮影前から予感していたわ。ただ、演じることについて何の不安もないかといえば、今回に限らず、いつも不安は感じているの。役に必要な力を出せるのか、撮影前は毎回不安よ。今や自分の仕事のプロセスのひとつになっているわね。どんな役でも、「これなら大丈夫」なんて、リラックスして臨むことはない。映画で演じるというのは私にとって、とても複雑なことでもあるの。
『君と歩く世界』について例をあげれば、マリンランドね。私は動物が閉じ込められている場所が苦手で、個人的には行かない。だからマリンランドにいること自体、正直を言えば、少し違和感があった。でも、案ずるより産むがやすし、と言うように、結果的にはうまくいったわ。マリンランドに勤務する人たちの仕事を理解するのは、私にとっては難しい。でも、調教師というものについて私に説明してくれた女性の仕事は尊重し、その関係性を通して調教師の人とはいい友だちになれたのよ。

マリオン・コティヤールは表現が独特だし、役にのめり込む力がある(監督)
ジャック・オディアール監督(左)とマリオン・コティヤール(右)

──両脚を失ったステファニーと、ボクシングとムエタイで鍛えた逞しいアリ。2人の肉体が言葉よりも多くを語るような印象を受けます。おふたりにとって、映画における肉体の役割とはどんなものですか?

監督:そりゃもちろん大きいさ。簡単に答えるのは難しいね。ステファニーの場合、脚を切断してしまっている状態そのものが存在感をより際立たせていると言えるだろう。もちろん、それだけではなく、視線も重要な位置を占めている。

コティヤール:そうね。確かに肉体や視線がより多くを表現することはあると思う。演じる役者が意識している場合もあれば、無意識的にそうなっている場合もあるし。それこそ、人生の一部が映し出されているということじゃないかしら。

──それにしても、マリオンさんは傷ついた女性が再生していく過程を素晴らしく繊細に演じています。監督から見た、彼女の素晴らしさを語っていただけますか?
ジャック・オディアール監督(左)とマリオン・コティヤール(右)

監督:彼女の隣りでそれに答えるのかい?(笑)

コティヤール:いいわよ。私、聞かない(笑って耳を両手で押さえる)。

監督:(笑)。以前から彼女とは一度仕事をしたいと思っていた。表現が独特だし、役にのめり込む力がある。観客に大きな感動を与える女優だし、何と言っても美しい(笑)。『君と歩く世界』は2人の人間の物語だ。ステファニーとアリが愛し合う前、その後のシーンにはちょっとしたおかしみもあって、素敵なシーンになったよ。

40歳になるまでメランコリックで自殺願望があった(監督)
マリオン・コティヤール

──マリオンさんが完成作を見て、印象的だった場面は?

コティヤール:(アリの息子・サム役の)アルマン(・ヴェルデュール)の出たシーンは全部。本当に心を動かされたわ。それから、事前に自分が見ていなかったシーンもたくさんあって、そういうシーンにはサプライズもあったし、いろいろな発見があった。それから、アリの姉を演じたコリンヌ・マシエロが素晴らしいと思ったわ。今回初めて共演したけれど、とても力強い女優だと思う。彼女がアリに仕事をクビになったと告げるシーンはとても好きよ。

──アリを演じたマティアス・スーナーツには荒々しく動物的な魅力があります。ステファニーが彼に惹かれた理由は何だと思いますか?

コティヤール:アリがステファニーに向ける眼差しは、何て言うか……

監督:憐憫(れんびん)がないってこと?

コティヤール:そうね。アリは彼女の本質を見てるんじゃないかしら。脚を失くした彼女の外見とか、“マリンランドの素敵な調教師”じゃなくなったこととかは関係なく、ありのままを受けとめていて一切の偏見がない。彼女はそれまで、そんな風に、“女性”としてではなく“人間”として扱われたことがなかったから、大きく心を揺さぶられるし、自分もそういう目で相手を見ることを学んでいくのよ。

ジャック・オディアール監督(左)とマリオン・コティヤール(右)

──ステファニーはアリの存在によって、閉塞感から脱するきっかけをつかみますが、おふたりとも、そういう経験はありますか?

コティヤール:自分の殻に閉じこもってしまうような気分になることはあるわ。私自身は気持ちを強く持つことで、その状況から抜け出してきたと思う。何かを発見したい、前進したい、ダイナミックに動きたいという気持ちが常にあるから。私はその状況に悶々と留まり続けるタイプじゃないの。あとは、やっぱり愛が大切だと思うわ。

監督:私の場合は映画を作り始めたことだ。40歳になるまで、メランコリックで自殺願望があった。映画監督になったことで、外に出て、1日3人以上の人間と話すことになった。それがよかったんだ。

(text=冨永由紀 photo=編集部)

ジャック・オディアール
ジャック・オディアール
Jacques Audiard

1952年4月30日、フランス生まれ。父親は、フランス映画界を代表する脚本家ミシェル・オディアール。ソルボンヌ大学で文学と哲学を専攻し、その後、編集技師として映画に携わるようになる。ジョルジュ・ロートネル監督『プロフェッショナル』(81年)、クロード・ミレール監督『死への逃避行』(83年)、エドゥアール・ニエルマン監督『キリング・タイム』(87年)などの脚本に参加したのち、『天使が隣で眠る夜』(94年)で監督デビュー。『預言者』(09年)ではカンヌ国際映画祭グランプリを受賞。『真夜中のピアニスト 』(05年)、『君と歩く世界』(12年)などを監督。本作では、コーエン兄弟、グザヴィエ・ドランら審査員たちの満場一致でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した。次回作は、西部劇でパトリック・デウィット著「シスターズ・ブラザーズ」の映画化が予定されている。ジョン・C・ライリーが出演予定、その相手役にハリウッドスターからのラブコールが後を絶たない。

(C)François Berthier

マリオン・コティヤール
マリオン・コティヤール
Marion Cotillard

1975年9月30日生まれ、フランスのパリ出身。舞台俳優である両親の影響を受けて子どもの頃から舞台に立ち、オルレアンの演劇学校を首席で卒業。ジャン・ピエール・ジュネ監督の『ロング・エンゲージメント』(04年)でセザール賞助演女優賞受賞。10年にはフランス文化を豊かにした貢献に対し、フランス芸術文化勲章を授与された。『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』(07年)でアカデミー賞主演女優賞を受賞。代表作は、『TAXI』シリーズ(98年〜03年)、『ビッグ・フィッシュ』(03年)、『パブリック・エネミーズ』(09年)、『インセプション』(10年)、『ミッドナイト・イン・パリ』(11年)、『ダークナイト・ライジング』(12年)、『君と歩く世界』(12年)など。

マリオン・コティヤール
君と歩く世界
2013年4月6日より全国公開
[監督・脚本]ジャック・オディアール
[出演]マリオン・コティヤール、マティアス・スーナールツ
[原題]DE ROUILLE ET D'OS
[英題]RUST AND BONE
[DATA]2012年/フランス、ベルギー/ブロードメディア・スタジオ
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