冷徹で重い結末…。息をのむ美しさで綴られるどこまでも救いのない物語

#ラブレス#週末シネマ

『ラブレス』
(C)2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS
『ラブレス』
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【週末シネマ】『ラブレス』
息子の失踪は、壊れた夫婦の関係を変えるのか?

しんと冷え切った、愛のない状況。昨年、カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した『ラブレス』は、『父帰る』『裁かれるのは善人のみ』で知られるロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の最新作。モスクワに暮らす、離婚協議中の夫婦と12歳になる一人息子の物語だ。

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夫のボリスは一流企業に勤め、妻のジェーニャは美容サロンを経営し、経済的な不自由はない。2人にはそれぞれ、情熱的に愛し合う新しいパートナーがいる。一刻も早く無意味な結婚に終止符を打ち、新生活をスタートさせることで頭がいっぱいだ。仲が冷え切り、形ばかりとなった夫婦の唯一の共通点は息子・アレクセイへの無関心だった。

恋人との逢瀬に忙しい両親は、顔を合わせれば、要らなくなったおもちゃを押しつけ合うようにどちらが息子を引き取るかで言い争う。真夜中の家に響く罵声はもちろんアレクセイに聞こえている。声を殺し、顔を歪めた少年の表情は音のない慟哭だ。聞こえないはずの悲鳴が突き刺さる。朝になり、アレクセイは登校する。両親は仕事や恋人との日常に戻る。そして気がつくと、彼らの息子の姿は消えていた。

家出か誘拐か、事故か? 警察は反抗期の少年のよくある行動とみなして取り合わない。防犯カメラの映像にも映らず、跡形もなく消えてしまった息子の行方を求めて、夫婦は市民ボランティア団体に協力を依頼する。ロシア全土にこうした団体は実在し、行方不明者の捜索を無償で行なっているという。薄暗く凍てついた光景が広がる中、オレンジのジャケットを着た一団が、アレクセイの自宅付近や通学路など、立ち寄りそうな場所を隈なく捜索するシーンには一種、幻想的な美しさが漂う。恐ろしいまでの大人の身勝手さを畳みかける日常の描写から、一気に神秘的なトーンへと変貌するミハイル・クリチマンの撮影は息をのむ美しさだ。

寓話性を帯びた物語で、どこまでも救いのない現実を象徴するのがボリスとジェーニャだ。テレビやラジオが伝えるウクライナ危機のニュースを聞き流し、スマートフォンを離さない。血を分けた息子の安否を知りたいのは、自分たちの未来のため。無事であってもなくても、戻ってきてもらわなければ困る。利己的なままの両親は、何度も息子の行方の手がかりをつかみかけては裏切られ、時間だけが過ぎていく。アレクセイはどこにいるのか。息子の失踪は、壊れた夫婦の関係を変えるのか。深まる謎の答えとなる結末は冷徹で重い。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ラブレス』は2018年4月7日より全国公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。