後編/自然の脅威を浮き彫りに。坂本龍一が『レヴェナント』にもたらしたものとは?

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『レヴェナント:蘇えりし者』
(C)2015 Twentieth Century Fox Film Corporation.  All Rights Reserved.
『レヴェナント:蘇えりし者』
(C)2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

(…前編「イニャリトゥ監督も激怒!」より続く)
【映画を聴く】『レヴェナント:蘇りし者』後編

“音楽”ではなくて“サウンド”を要求
メロディよりも響きを重視した楽曲

坂本龍一の映画音楽といえば、まず思い出されるのが大島渚監督『戦場のメリークリスマス』、そしてアカデミー賞作曲賞を受賞して“世界のサカモト”として大きく飛躍したベルナルド・ベルトルッチ監督『ラストエンペラー』の2作だろう。そのほかにも同じくベルトルッチ監督の『シェルタリング・スカイ』『リトル・ブッダ』、ブライアン・デ・パルマ監督の『スネーク・アイズ』『ファム・ファタール』、フランソワ・ジラール監督『シルク』、大島渚監督の遺作『御法度』、三池崇史監督『一命』、そして先述の『母と暮せば』まで、手がけた映画音楽の数は洋邦あわせて30作以上になる。

今回の『レヴェナント:蘇りし者』の音楽は、上に挙げたどの作品よりもメロディの輪郭が模糊として、音楽というよりは単に“音”と呼んだ方がしっくりくるような、響きを重視した楽曲が中心だ。テーマ曲は最小限の弦楽音がたっぷりとした沈黙を間に挟みながら鳴らされ、アメリカ北西部の極寒の荒野をいっそう人間の手に負えない大きな存在に感じさせる。

『戦メリ』のテーマ曲「Merry Christmas Mr.Lawrence」のような美しく記憶に残りやすいメロディを期待すると肩透かしを食うかもしれないが、たとえば2009年の『out of noise』など近年の坂本のソロ作品を熱心にフォローしているファンなら、そのミニマルで響きを重んじた音づくりに共通するものを感じるに違いない。実際、イニャリトゥ監督から坂本へのオファーも「“音楽”ではなくて“サウンド”がほしい」といった趣旨のものだったらしく、坂本もあるインタビューの中で「音楽と効果音の境目が分からなくなるのを狙った」とコメントしている。

また、最初に触れたように、本作のサウンドトラックは坂本龍一のほかにアルヴァ・ノト、ブライス・デスナーの名がクレジットされている。アルヴァ・ノトはドイツの電子音楽家、カールステン・ニコライのソロ・プロジェクトで、坂本とは数枚の連名アルバムをリリースしており、教授ファンにはよく知られる人物。本作では療養後間もない坂本の助っ人的なポジションだが、小編成の弦楽曲に緊張感を持った電子音をブレンドし、存在感を見せている。ブライス・デスナーはアメリカのロック・バンド、ザ・ナショナルのギタリストであり、同時に現代音楽的なオーケストレーションまでこなすマルチ・プレーヤー。本作では静謐な坂本&ノトの楽曲とは対照的に躍動的なリズム主体の楽曲を提供している。

ディカプリオの演じるヒュー・グラスは山越えの途中クマに襲撃され、実の息子を目の前で殺され、あげくの果てに仲間に見棄てられる。映像的にあまりにショッキングな要素が多い本作を、坂本龍一は重層的な“音”で包み込む。それは劇中の人間たちが引き起こす惨事など些細なものに感じさせる自然の脅威を、ソリッドに浮き彫りにする。これは登場人物のためではなく、自然のために作られたサウンドトラック。そう思わせる仕上がりだ。(文:伊藤隆剛/ライター)

『レヴェナント:蘇えりし者』は4月22日より全国公開中。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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