パルム・ドール受賞作に見る、平和を求めながらも争いを断ち切れない人々の悲しみ

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『ディーパンの闘い』
(C)2015 - WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE 114 - FRANCE 2 CINEMA
『ディーパンの闘い』
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『ディーパンの闘い』

カンヌ国際映画祭は、たとえばアカデミー賞やゴールデン・グローブ賞などとは違い、毎年審査員が変わる。つまり、どの作品が最高賞パルム・ドールに輝くのか、その傾向は毎年違うのだが、映画祭の常連と呼ばれる監督たちはいる。『預言者』(09)でグランプリ受賞もしたカンヌ常連の1人、ジャック・オディアール監督が昨年、『キャロル』や『海街diary』といった強豪を抑えてパルム・ドールを受賞したのが『ディーパンの闘い』だ。

『ディーパンの闘い』ジャック・オディアール監督インタビュー

内戦が続くスリランカから1人の男が脱出を図る。彼は、多数派の仏教徒シンハラ系住民と戦闘を繰り返してきたヒンズー教徒のタミル系住民で、政府からの独立を目指して戦う「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」の一員だった。半年前に死んだ男・ディーパンのパスポートを与えられ、その家族構成と同じ年頃の赤の他人の若い女性と少女を妻子に見立て、疑似家族の3人はフランスに渡り、パリ郊外の団地で暮らし始める。言葉もろくに話せないが、“ディーパン”は管理人の仕事に就き、“妻のヤリニ”も家政婦として団地内のアラブ系住民の家で働き始める。“娘のイラヤル”は学校に通い始める。だが、ヤリニは本当の親戚が待つイギリスへ渡る機会を求め、偽の夫や娘に心を開かない。

パリ郊外の団地で、難民のスリランカ女性がアラブ系老人の世話をする。アフリカ、ヨーロッパ、アジアの各地から多くの人が移住してきたフランス社会の現状の描き方がリアルだ。住民は貧しく、団地内では麻薬の密売が横行し、グループ同士の争いが激しさを増していくなか、抗争に巻き込まれたディーパンは兵士の本能を取り戻し、闘い始める。荒れ果てた郊外の団地が戦場になっていく展開は鮮やか。アラブ系の青年が服役中に刑務所内のパワーゲームに巻き込まれて成長していく『預言者』もそうであったように、オディアールは本作でも社会問題とエンターテイメントを共存させている。

ディーパンを演じたアントニーターサン・ジェスターサン自身、実はLTTEの元少年兵。彼がキャスティングされたのはクランクイン直前で、監督がそのことを知ったのは撮影が始まってからだったという。作家である彼は実体験を綴った著書もある。演技経験なしとは思えない表現力は、おそらく自らの過去と向き合いながら生み出したものなのだろう。妻役のカレアスワリ・スリニバサンはプロの女優だが、映画は初出演。娘役のカラウタヤニ・ヴィナシタンビはオーディションで選ばれたずぶの素人。彼らの素直な演技から、平和を求めながらも争いや困難を断ち切ることのできない人々の悲しみが痛いほど伝わってくる。安住の地を求める彼らに、新たな苦しみを投げかける麻薬密売人ブラヒムの複雑なキャラクターを見事に演じたのは、『愛について、ある土曜日の面会室』(09年)のヴァンサン・ロティエ。

オディアールの前作『君と歩く世界』(12年)では、離れ離れだった実の父と息子が絆を取り戻していく過程に、彼らと血のつながらないヒロインが加わった。今回は完全に他人同士の3人が異国で肩を寄せ合い、必死で生きていくなかで互いへの愛情が“家族”という形へと向かっていく。両作とも、愛を求める幼い子どもの存在が鍵になる。もう1つ、オディアール作品に特徴的なのは、リアリズムで押しながら、ふいに違う次元に移ったようになる瞬間だ。『君と歩く世界』もそうだった。あまりにも過酷な現実をさらに深い悪夢へと引きずり込み、そして……。本作も、これぞカタルシス、という結末が待ち受けている。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ディーパンの闘い』は2月12日より公開される。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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