『帰ってきたヒトラー』オリヴァー・マスッチ インタビュー

極悪独裁者を演じた実力派俳優が、右傾化の危機を訴える!

#オリヴァー・マスッチ

ヒトラー役をオファーされて驚いた。僕がヒトラーを演じるなんて考えられなかった

世界中に悪名がとどろく歴史上の人物、アドルフ・ヒトラー。そのモノマネで突如脚光を浴びることとなった“芸人”は、実は原題にタイムスリップしたヒトラー、その人だった!

ドイツでは、ディズニー/ピクサーの『インサイド・ヘッド』を上回る大ヒットとなった『帰ってきたヒトラー』が、6月17日よりついに日本公開される。“そっくり芸”で大衆を笑わせながら人々を先導し、その“目的”を果たそうとする恐るべきヒトラーを演じたのは、本作でブレイクした無名実力派俳優オリヴァー・マスッチ。彼に、本作の魅力と“恐ろしさ”について語ってもらった。

──出演をオファーされた時の気持ちを教えてください。

『帰ってきたヒトラー』
(C)2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH

マスッチ:驚きました。まず、ヒトラーを演じるなんて考えられないとエージェントに伝えてもらったんです。僕は身長が193センチあって、ヒトラー役には背が高すぎるし、顔つきもまったく似ていない。だけどプロデューサーたちに是非会いたいと言われた。それで、YouTubeでヒトラーのスピーチの動画をいくつか見て、彼の喋り方を練習しました。
 若い頃に自分がドイツ人であることを自覚して以来、僕はずっとヒトラーを意識して生きてきました。友人たちとスペインへドライブしていたとき、2、3名のオーストリア人が僕たちに向かって「ハイル・ヒトラー!」と叫んだことがあります。そのときも、嫌な気分でした。今回はヒトラー役に取り組むにあたって色々準備をしなくてはなりませんでした。まず隣人に、ヒトラー役を練習していることを知らせました。僕が家で絶えずヒトラーみたいな叫び声をあげていても、彼女がびっくりしないようにね。その後、ベルリンのサヴォイ・ホテルの一室で缶詰め状態になって大量のナチス映画を見たり、ダイアログコーチの指導のもとで方言やイントネーションの訓練をしました。

──同名の原作は「もしもヒトラーが戻ってきたら」というテーマで書かれ、世界中でベストセラーとなった小説です。初めて原作本を読まれたのは、本作の出演が決まる前と後どちらですか?また、読まれた時の感想はどのようなものだったのでしょうか?

マスッチ:出演が決まるまで読んでいなかったし、キャスティングされた後も読みたくなかったんですね。理由は、映画にリアリティを与えたかったからなんです。実際に街頭に出てインタビューをするという即興シーンがあるからヒトラーを演じたいと思ったのですが、原作を読みたいとは思いませんでした。小説はヒトラーの視点で、ありえないようなことが書かれていて非常に面白いんですけれども、復活したヒトラーが芸名を使って小説を書くという設定になっていて「皆の中に自分はいる、いつの時も」というのが主なメッセージとなっています。ですが、私は(映画に)できる限りのリアリティを与えたかったので、小説は読もうと思いませんでした。
 原作を一人で家で読むの分には面白いと思うんです。でも、小説の中の同じシーンを実際に撮影してテスト的に何人かの観客に見せたんですけど、みんな笑わなかったんですよね。なので小説として読むのと映像として見るのは、やっぱり違いがあるんですね。

──ドイツでは昨年公開されました。現在世界各地で注目を集めている過激な扇動者を思い起こす人も多いかと思います。このことについてあなたはどう考えていますか?

マスッチ::この映画を見ている観客の中で、ここでは笑ってほしくないなという所で笑っている人が、残念ながらいるんですね。どこのシーンかというと、ユダヤ人排斥等の人種差別ジョークをどんどん書かせるシーンがありますよね。外国人への敵対的なこととか、強制収容所についてのジョークを皆で書くという。それまではヒトラーが現代に甦ってめちゃくちゃで面白く、コミカルに展開してきたんですけれども、実はあのシーンで、観客に「あれ? ちょっとこれ違うよね」「今まで笑ってきたけど、実はこれって笑っちゃいけないんじゃないの」って感じてもらいたい所なんです。でも、あそこで笑う人がいるっていうのも事実で、街頭インタビューした人の中にも、現実にそういう人がいるんですよね

撮影中、右寄りな政治を願っているという本音を言ってくる人もいた
『帰ってきたヒトラー』
(C)2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH

──ヒトラーに扮したあなたが、予告なしで街頭に繰り出すパートが印象的ですが、どれくらいの時間、ドキュメンタリー部分の撮影を行ったのでしょうか?

マスッチ:9ヵ月間撮影をしました。そこでは準備の時間も非常に長く取りました。例えば、心理学者でカウンセラーの女性2人に来ていただき撮影したことがありました。私は「精神を病んで自分をヒトラーだと思い込み、軍服を着てベルリン中を歩きまわっている」という設定でした。皆、患者役を演じている“私”の人格的な問題点はどこなのか真剣に見てくれました。また、テストシューティングも色々と行い、例えば、ベルリンで50万人が集まるサッカーW杯のパブリック・ビューイングが行われたのですが、実は反ドイツ的な行動をとるサクラの俳優たちを雇って、「ドイツ馬鹿野郎!」「ドイツ弱い!」等と言わせたんです。それで、人々を操作できるか、乗ってくるかということを試したんですけれども、実際やはり乗ってくる人たちがいて、ついには私のボディーガードが出て行くという事態となりました。
 こういった試みを通じて、配給会社としてはセミドキュメンタリーの手法で撮影ができると判断をしました。その判断に至る前というのは、やはりヒトラーはドイツで非常にタブー視されているテーマですし、外国人を敵視する傾向が高まっているので、大丈夫かどうか確信が持てなかった。しかし、様々な試みを経てGOサインが出た後、(撮影で)ドイツ中を回りました。
 私は最初からパフォーマンスをする必要がなくて、人々の方から反応をしてくれました。それで、私は父親のように優しく、「あなたの問題は何ですか?」と語りかけました。と同時に、当時と同じようなヒトラーの台詞を言っていたんですけれども、人々の中には「今度の選挙で投票するよ!」など言う人もいて、右寄りな政治を願っているという本音を言ってくる人もいました。

『帰ってきたヒトラー』
(C)2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH

──そういった撮影の中で、一般人の反応をどういう風に感じましたか?

マスッチ:やはり、国民がどんどん右へ、場合によっては極右の方へ傾いているということです。こういったことは、数年前のドイツではなかったことなんです。今回、私たちは2台のカメラを、ちゃんと撮影だとわかるように回していたんですけど、そのカメラの前で外国人を敵視する発言をするドイツ人もいて、これはやはり一線を超えてしまっているなと感じました。
 国民というものがいかにたやすく操作されてしまうかということや、困っている問題に対して簡単な方法を提示してくれる人の方に迎合していってしまうこと、そういった単純な方法を訴える人が出てきたら民主主義を捨ててもいいとまで思っている国民もいるということを感じました。強い指導者がほしい、そういう人がいるなら選んでも良いという人がいるんですよ。
 それから、ヒトラーが1933年につくった労働強制収容所があるんですが、現代でも必要だと言ったり、「私を選挙で選んでくれるか?」と聞いたら「Yes」という人もいて、非常に驚きました。
 民主主義というのは第2次世界大戦での約6千万人の犠牲の上に勝ち取ったものですし、とても壊れやすいものですから、しっかりと守らなければいけないと思っています。選挙の時には本当に注意しなければいけないと思っています。

──最後に、日本の観客にメッセージをお願いします。

マスッチ:まず、私たちが勝ち取った民主主義を大事にしてほしいということ。そして選挙に行くときもよく考えてほしいということです。民主主義というものは壊れやすいものです。だから守っていかなくてはならないんです。不安を煽る人がいますが、そういう人についていかないでください。

オリヴァー・マスッチ
オリヴァー・マスッチ
Oliver Masucci

1968年生まれ。中学時代に演劇に興味を持ち、ベルリン芸術大学(UdK)を卒業後、舞台俳優としてキャリアを築き始める。09年より、ウィーン・ブルク劇場のアンサンブル常任メンバーとなり、幅広い作品に出演してきた。映画では、フロリアン・バクスマイヤー監督の短編『Die rote Jacke』(02年)にバイエルン兵士役で出演。同作はアメリカの学生アカデミー賞を受賞し、さらに米アカデミー賞にもノミネートされた。