「魚は頭から腐る」傲慢なトップを追い詰める女たちを描くオスカー話題作

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『スキャンダル』
(C)Lions Gate Entertainment Inc.
『スキャンダル』
(C)Lions Gate Entertainment Inc.

【週末シネマ】『スキャンダル』

先日、日本出身のカズ・ヒロが第92回アカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞受賞を果たした『スキャンダル』は、2016年にアメリカで起きたセクハラ告発の実話の映画化だ。シャーリーズ・セロンとニコール・キッドマンが保守系のニュース放送局「FOXニュース」に在籍した実在のニュースキャスターを演じている。

彼女たちの真実を伝えたかった/『スキャンダル』シャーリーズ・セロン インタビュー

原題『Bombshell』には「爆弾」という単語が指す他の意味=「ショッキングなニュース」、「セクシーな女性」の意も込められているだろう。FOXニュースの人気キャスター、メーガン・ケリー(セロン)とベテランキャスターのグレッチェン・カールソン(キッドマン)、グレッチェンの下で働きながらキャスターを目指すケイラ・ポスピシル(マーゴット・ロビー)は3人ともモデルのような体型をしたブロンドの美女だ。

物語はアメリカ大統領選挙を控えた2016年が舞台。共和党候補の指名を争う討論会で司会を務めたメーガンは、候補者の1人だったドナルド・トランプ現大統領と女性蔑視発言をめぐって対立していた。そこに、2年前に朝のニュースから昼の番組に異動させられたグレッチェンが、CEOのロジャー・エイルズをセクハラで告訴するストーリーが並行して始まる。グレッチェンの降格人事は、エイルズが性的関係を迫ったのを拒絶したからだと彼女は弁護士たちに語る。

グレッチェンはスタンフォード大卒でミス・アメリカ、メーガンはロースクールで法務博士の学位を取得し、企業弁護士の経歴がある。才色兼備で意見を主張する彼女たちは、それでも世間から「bimbo(美人だが頭が空っぽ)」と揶揄される。彼女たちが勤めているのは、女性キャスターに短いスカートを履かせて、カメラに「脚を映せ」と要求する放送局だ。

架空の人物であるケイラは “FOX大好き”な両親に育てられ、スターキャスターを目指す野心家で、チャンスをつかむのに貪欲だ。彼女はエイルズと一対一の面談にこぎつけるが、懸命に自らの能力を売り込む新人へのCEOの対応は推して知るべし。ナイーブな理想と突きつけられる現実の大きな差に動揺する彼女は観客に最も近い視点を担い、騒動の渦中に巻き込まれていく。

2016年7月、エイルズに解雇されたグレッチェンがセクハラ訴訟を起こし、FOXニュースに衝撃が走る。エイルズが二言目に口にする“忠誠心”とは何を指すのか。才覚だけでは意味がなく、容姿に“忠誠心”を備えてやっとお墨付きがもらえる。そんな異様な環境で現在の地位に登りつめたメーガンは、不自然な沈黙を貫く。声を上げることをためらいながら、セクハラの実態を探るメーガンの心を動かしたのは、元同僚の1人が口にした「魚は頭から腐る」という一言だった。

キャリアを棒に振る覚悟で告訴したグレッチェン、機を見るに敏そのもののメーガン、弱い立場で葛藤するケイラ、ケイラの親友で同僚のジェス(ケイト・マッキノン)を介して、男性優位の環境で生き抜く厳しさが浮き彫りになる。事実を基にしているゆえに、爽快とは程遠い結末も現実的だ。

セロンは南アフリカ出身で、キッドマンはオーストラリア育ち、ロビーはオーストラリア人。ある意味で最もアメリカ的である女性たちを演じるのが、他国の文化で育った女優たちであるのは、偶然にしても興味深い。ジョン・リスゴーが演じるエイルズは最後まで罪の意識のかけらもないが、その傲慢な無自覚さは非常にリアルだ。

監督は『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』のジェイ・ローチ、脚本は『マネー・ショート 華麗なる大逆転』でアカデミー賞脚色賞を受賞したチャールズ・ランドルフ。

特殊メイクのカズ・ヒロは、ゲイリー・オールドマンをチャーチルに変身させたよりもさらに精緻な技術で、セロンとキッドマンを実在の2人に近づけた。オスカーの受賞スピーチで彼は、プロデューサーでもあるセロンに「あなたの思いやりと愛がこの映画を可能にしました」と心からの謝辞を贈り、セロンが涙ぐむ姿が映された。実はクランクイン直前に製作会社が撤退の危機がに見舞われたが、彼女が奔走して出資と配給契約を確保、予定通りに撮影が行われたという。

後の#metoo運動の先駆けともいうべき出来事を描いた本作には、作り手の真摯な情熱が込められている。(文:冨永由紀/映画ライター)

『スキャンダル』は2月21日より公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。