“一人で映画を背負える数少ないスター” ブラッド・ピットが底力を示す最新作と60代の充実ぶり

#この俳優に注目#ハート・オブ・ビースト#ブラッド・ピット#ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

『ハート・オブ・ビースト』
『ハート・オブ・ビースト』
(C)2026 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
『ハート・オブ・ビースト』
『ハート・オブ・ビースト』
『ハート・オブ・ビースト』
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

退役軍人と愛犬の絆を描く『ハート・オブ・ビースト』が公開中

【この俳優に注目】ブラッド・ピットの最新主演作『ハート・オブ・ビースト』(公開中)の筋書きはシンプルだ。イラクやアフガニスタンの戦場を生き抜いた元特殊部隊の退役軍人ジェームズ・ベルモントと彼の相棒である軍用犬オーディンが、アラスカの荒野に墜落した水上飛行機から生還するために、戦地での経験を駆使して歩み続ける。人間同士の会話はほとんどない展開の中で、画面を支配するのは雄大かつ厳しい大自然に囲まれたピットの表情と身体、そして心を通わせる一匹の犬との呼吸だけだ。

・ブラッド・ピット、義足の元軍用犬と“マイホーム”へ 過酷な大自然を生き抜く一人と一匹の絆

監督のデヴィッド・エアーは、現場でオーディンを「コールシートの一番上」に置いたという。ピットも本作での自分の役割について、オーディン役を務める複数の犬を支える助演俳優のように捉えていたと明かしている。

とはいえ、映画を成立させているのは紛れもなくピットの存在感だ。対話劇のカタルシスなしに、たった一人で102分間、劇場の大スクリーンを持たせる。これができる俳優は、もはや数えるほどしかいない。

『ハート・オブ・ビースト』

『ハート・オブ・ビースト』 (C)2026 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

ジェームズ・ベルモントというキャラクターに、ピットがアカデミー助演男優賞を受賞した『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(以下『ワンハリ』)のクリフ・ブースを思い出す観客は少なくないはずだ。あのスタントマンもまた、一歩引いた立ち位置で多くを語らず、淡々と自分の仕事をこなす男だった。

今回のジェームズも同じ系譜にある。彼を突き動かすのは、雄弁な独白ではなく、フラッシュバックの断片と、荒野を生き抜く身体そのものだ。PTSDの傷をにじませつつ、同時に戦場で培ったサバイバル技術を存分に発揮させる――傷と力が表裏一体になった人物像は、ピットが近年繰り返し選んできた”孤高の男”というモチーフの延長線上にあるように見える。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

“孤高の男”を演じ続けるピット。離婚、断酒、そして現在

この”孤独に生きる男”を演じ続ける姿は、ピット自身の私生活と無関係ではないのかもしれない。アンジェリーナ・ジョリーとの離婚後、彼は断酒の努力を続けながら内省的な時期を過ごしたと語ってきた。華やかなハリウッドの人間関係とは別に、静かに自分と向き合う時間を自ら選び取ってきた印象がある。

ただし、その”孤高”は現在進行形の物語ではなさそうだ。近年のピットは、ジュエリーブランドで働くイネス・デ・ラモンとの関係を長く安定させている。公私にわたってパートナーとして支え合う関係を築き、今は静かに落ち着いた居場所を得ている。そんな現在地が、スクリーンの中の孤高な男たちを演じる際に深みを与えているのかもしれない。

“映画館で映画を見て育った最後の世代”の存在感

ピットは1963年生まれ。同世代にはトム・クルーズ(1962年生まれ)、キアヌ・リーヴス(1964年生まれ)がいる。彼らに共通するのは、10代の映像体験の中心が家庭用ビデオではなく、まだ劇場のスクリーンだった世代だということだ。

配信サービスやスマートフォンの小さな画面が映像体験のデフォルトになった今、劇場の大きな画面をたった一人で2時間支えられる俳優は急速に減っている。その意味でピットたちは、“映画館で映画を見て育った最後の世代”であると同時に“一人で映画を背負える映画スター”としても最後の世代なのかもしれない。『ハート・オブ・ビースト』は、その底力を改めて証明する一本になっている。

静かな芝居が持つ説得力が際立つ

退役軍人のPTSDを描く作品として比較したくなるのが、同時期に公開された塚本晋也監督の『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』だ。

ただし、両作のアプローチは対照的だ。塚本作品が実話に基づき、加害者としての罪の意識に真正面から迫る強烈な反戦作品であるのに対し、『ハート・オブ・ビースト』は戦争の是非を問うことを主眼に置いていない。むしろ、戦争が残した傷と、戦争が与えたサバイバルの力を等価に描きながら、あくまで人と犬の絆の物語として着地させている。声高にメッセージを叫ばない分、ピットの静かな芝居が持つ説得力が、より際立つ構造になっていると言えるだろう。

『ハート・オブ・ビースト』

『ハート・オブ・ビースト』 (C)2026 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

俳優としても映画製作者としても充実

俳優・プロデューサーとしての勢いも衰えていない。今年12月には『ワンハリ』のスピンオフ作で、タランティーノが脚本を手掛け、『セブン』『ファイトクラブ』などでピットと組んできたデヴィッド・フィンチャーが監督を務める『The Further Mis-Adventures of Cliff Booth(原題)』のNetflix配信が控える。また、『ワールド・ウォーZ』の続編も『教皇選挙』のエドワード・ベルガー監督を迎えて製作が始動したという。11月公開の『オルモと夏のステレオ』、来年1月公開のドキュメンタリー映画『ジョン・レノン&オノ・ヨーコ:One to One』にも製作総指揮として名を連ねる。

俳優としても、自身の制作会社プラン・Bを通じて多様なプロジェクトを動かし続ける映画製作者としても、キャリアの厚みが増している。60代を迎えて今のピットは、静けさとエネルギーが同居した興味深いフェーズの只中にいる。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ハート・オブ・ビースト』は、2026年9月25日より全国公開中。

 

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