保育事業15年の経験を武器に——土居亜由美社長が語る開業の背景
全国で認可保育園および認可外保育園などの保育教育施設を展開する株式会社Smile Projectが、今年の6月に東京都江東区有明に産後ケア専用ホテル「Villa Mom(ヴィラマム)」を開業した。保育事業者が手がける専用施設型の産後ケアホテルは都内初だという。
「産後ケア」という言葉は、まだ耳慣れない人も多いかもしれない。出産を終えた母親の心身をサポートするケアのことで、韓国や台湾では、母親と赤ちゃんが一定期間宿泊しながらケアを受けられる産後ケア施設がすでに広く普及している。なぜ保育園を展開してきた会社がこの領域に挑むのか。代表取締役社長・土居亜由美さんに、開業までの道のりと事業に託した想いを聞いた。
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海外視察で見えた、日本との違い
——Smile Projectが産後ケアホテルの領域に参入した経緯を教えてください。
土居:私自身、子どもがおり、出産後は産後ケア施設を利用しました。妊活中、また出産の時の病院、その後の産後ケア施設と、自身が体験する中で、「お母さまになったら頑張らないといけない」という空気を強く感じました。もちろん周りの皆さんにはよくしていただきましたが、プレッシャーになるような感じではなく、もっと温かくサポートしてもらえる社会になればいいなと思ったのが、産後ケアホテルの事業に興味を持ったきっかけです。
——そこから海外の産後ケア事情も視察されたそうですね。

土居:産後ケアホテルに興味を持ち、海外にも視察に行きましたが、考え方が日本とはまったく違いました。日本だと赤ちゃんに注目が集まりがちで、母親をあまり見ていない、といった雰囲気があるように思えます。しかし台湾などでは、母親も主役というか、妊娠、出産で大変だったことをちゃんと労(ねぎら)う文化を感じました。日本でもそういう考え方が広まったらいいなと思っています。
——ご自身が入られた産後ケア施設は日本のものだったのですか?
土居:はい、日本の施設です。とてもよくしていただきましたが、一方で、(粉ミルクではなく)母乳をあげなければならない、母親なんだから頑張るべき、といった空気を感じる場面もありました。出産前の日常とのギャップが大きく、違和感を抱いたことを覚えています。
保育事業15年の知見を、産後ケアにどう生かすか
——保育事業を長く手がけてきたSmile Projectだからこそできることは何でしょうか。
土居:保育園の事業を15年ほどやってきているので、安全管理の面をよく理解しているという自負があります。また、0歳児保育も行っているため、生後3ヵ月ほどの赤ちゃんもおり、朝夕の送り迎えでお母さま方にお会いする中で、日本の働くお母さま方が抱えている肉体的、精神的な大変さを、会社として十分理解しているという自負もあります。そういった点を今回の事業にも活かせていると思います。
——具体的にはどんなところに活かされていますか。

土居:保育・幼児教育事業を通じて多くのご家族と接する中で、日本で「産後の当たり前」と思われている考え方がインストールされていて一人で頑張らないといけないと思い込み、言いたいことを言えないお母さま方が多くいらっしゃることを知りました。まずはその思い込みを外したいと考えています。そして、お父さま方からも、お母さまの大変さがわからず戸惑うといったお話を伺うことが多いため、Villa Momではご夫婦が向き合う時間を作る取り組みもしています。
——その「向き合う時間」とは具体的にどんなものですか。
土居:これからの子育てや自分が育ってきた環境、出産を経て今どんな気持ちでいるかをご夫婦で話し、「ファミリービジョンブック」という一冊の本にまとめていただきます。「これから子育てをこうしていこうね」という考えをご夫婦で決めていただく、Villa Momオリジナルのサービスです。
産後の心と体に寄り添う、空間へのこだわり
——客室や共用部の設計にもこだわられたとお聞きしました。
土居:ダイニングの椅子は、産後のお母さまが立ち上がりやすいよう座面をやや硬めに、座り幅も浅めに作っています。館内には柔らかい印象の曲線を意識した家具を採用、お子さまと過ごす空間のため安全面に配慮して角のあるものは使っていません。ダイニングの天井高は約4メートル。レイアウトの関係で窓を設けられなかった分、開放感が出るよう設計段階から天井を高くしました。個室のベッドも、赤ちゃんを抱っこしたまま座ったり授乳したりしやすいよう、日本女性の平均身長に合わせて立ち上がりやすい高さと硬さのものを選んでいます。エントランスは母親が赤ちゃんを包み込むようなデザインで、出産後の気持ちやお子さまへのメッセージを投函すると3年後に届く「未来へのポスト」も設置しました。産後の肌のトラブルや抜け毛に配慮した独自開発の化粧品やシャンプーなどのアメニティ、産後の体型をカバーし肌に優しい館内着やパジャマなど、必要なものはすべて館内で揃えられるようにしています。
——お父さま向けの配慮もあるそうですね。

土居:お父さまと一緒に泊まられる方も多くいらっしゃいます。お母さま方から、「産後の大変さをパパにわかってもらいたい」という声がある一方、お父さまからは何をしたらいいかわからず戸惑っているという声をよく聞きます。そのため、お父さまにもゆっくり過ごしていただけるよう、お酒のご用意や、男性も受けられるヘッドスパのサービスを用意しています。
“産後ケアを社会インフラに”――想定する利用者像と今後の展開
——宿泊された方々の様子で印象的だったことはありますか。
土居:母親になった瞬間に人生がガラッと変わる戸惑いの中で、出産後に孤独を感じ、お話をされたい方が多い印象を受けます。そのため館内は、お母さま方の休息を重視して、静けさや心の余白を大切にした設計にする一方、週末には食後にバーカウンターでモクテルを楽しめる無料チケットをお渡し、スタッフがお声かけしながら、お母さま同士が自然と繋がれる機会を持つ取り組みもしています。1時間くらいお話しされている方もおり、大変好評です。
——想定する利用者像について教えてください。

土居:今回の有明の施設は補助金の対象事業ではなく、都心部のご夫婦の利用を主に想定していますが、最終的には“出産された全てのお母さま”にご利用いただきたいと考えています。私たちは、産後ケアが社会インフラになっていくことを目指しているため、いずれは色々な方々にご利用いただける事業展開をしていきたいと思っています。
——今後の展開についてはいかがですか。
土居:この有明の施設にたどり着くまでに3年ほどかかりました。今は新たな物件を探している段階で、名古屋や関西圏の物件も視野に入れていますが、オーナーの方々からは「少子化なのに大丈夫ですか」とよく聞かれますし、産後ケアのビジネスモデル自体をご存じない方も多くいらっしゃいます。そのため、オープンしたばかりですが、現在順調に運営できているため、ここ有明での実績を持って他の場所にも展開していきたいと考えています。
——台湾視察で印象的だったお話があれば教えてください。
土居:台湾も補助金が出ているわけではなく、平均年収も日本よりまだ低い中で、産後ケア文化が急速に発展していると現地の方より伺いました。理由を尋ねると、女性の社会進出の早さ、男女の賃金の平等さ、女性国会議員の多さが挙げられました。女性が社会の中で多く活躍していることで、女性の意見が反映されやすくなっているそうです。
すべての母親へ、そして次世代へのメッセージ
——社会に向けて発信したいメッセージはありますか。
土居:私自身も子育てをする中で、誰かに強制されたわけでもなく、いつの間にか「手作りの料理を作るお母さまが良いお母さま」というような思い込みが自分の中にありました。それが結果として、後に続く人達の負担になっているのだと思っています。弊社が運営する保育園の先生たちの中にも、子どもは大好きなのに、身近でお母さま達の大変さを見ているため、自分の子どもを産む勇気が持てないと話す人が多くいます。そういった思いの人達にも、私たちの会社が、産後ケアホテルもお母さまに寄り添った保育園もつくるから、「これからは負担なく安心して育てられるよ」と伝えたいです。数年後には、周りのみんなが『(産後ケア施設/産後ケアホテルを)使ったらいいよ』と当たり前のように言ってくれる社会になってほしいですね。
——実際に利用された方の変化について、実感としてはいかがですか。

土居:赤ちゃんが生まれた喜びの一方で、大きな変化に戸惑い孤独を感じている方もすごく多いです。そういった方が、Villa Momにいらっしゃった時と、滞在を終えてお見送りする時とでは顔つきが全く変わり、明るくなっている様子を拝見すると、こういったサービスが必要なんだなと実感しています。
現状は2泊の短期プランの利用が中心だが、産後の心身の回復を考えるならば1週間以上の滞在が理想だと土居さんは語る。上の子どもも一緒に宿泊できる設計になっているのも特徴のひとつだ。「うちだけがこんなに大変なわけじゃなかった」——そう思える場所が広がっていくことは、これから結婚や出産を考える人にとっても、決して他人事ではないはずだ。
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