絶妙にマンネリ感を回避! 平凡な日常のかけがえのなさを伝える

#映画音楽#映画を聴く

『彼らが本気で編むときは、』
(C)2017「彼らが本気で編むときは、」製作委員会
『彼らが本気で編むときは、』
(C)2017「彼らが本気で編むときは、」製作委員会

…前編「セクシュアル・マイノリティへの理解が進まぬ日本の現状を浮き彫りに」より続く

【映画を聴く】『彼らが本気で編むときは、』後編
りりィの最後の映画出演作品にして
音楽作品としても十分に楽しめる1本

前編でも触れたように、荻上直子監督の作品はオーガニックとかスローライフといった形容がぴったりくる“癒し系”として広く認識されている。グラフィカルなロケーションや、明るいけれど快晴ではないクリーミーな空を背景に、素朴な食材をていねいに調理し、残さずしっかり食べる人々。そういった所作を淡々と描くことで、平凡な日常のかけがえのなさを見る者に伝えるところは、いくつかの作品で共通している。

最低な母親の、描かれていない部分に思いをはせる『彼らが本気で編むときは、』

音楽も前述の通り“間”を生かした上品なもので、一聴するとどれも似たような感じなのだが、作品ごとに微妙に熱量や湿度がコントロールされており、絶妙にマンネリ感を回避している。特に金子隆博が手がけた『めがね』のサウンドトラックは「メルシー体操」ほか、オフビートでコミカルな楽曲からシリアスなピアノ曲までバラエティ豊か。大貫妙子の主題歌を含むサウンドトラックは、音楽作品としても十分に楽しめる内容になっている。

『めがね』と本作『彼らが本気で編むときは、』は、ともに編み物がモチーフとして使われるシーンが用意されているが、与えられた意味合いは正反対と言っていいほど異なる。前者は小林聡美の演じるタエコともたいまさこの演じるサクラの交流の証として、後者はトランスジェンダーであるリンコの“煩悩”を浄化するための手段として。同じモチーフに別の角度から光を当て、まったく違った世界を見せてくれているわけだ。

なお、本作は昨年11月に亡くなった女優でシンガー・ソングライター、りりィの最後の映画出演作品でもある。70年代に坂本龍一らが在籍したバイ・バイ・セッション・バンドを率いて音楽活動を開始し、90年代以降は女優としても活躍。『リップヴァンウィンクルの花嫁』や『湯を沸かすほどの熱い愛』といった近作でも深みのある演技を見せていただけに、残念でならない。(文:伊藤隆剛/ライター)

『彼らが本気で編むときは、』は2月25日より公開される。