日本のスタッフは深夜でも安くこき使える!と海外アピールする日本の映画機関「国が労働搾取を推奨するのは大きな間違い」

#クールジャパン#ヒロ・マスダ#偽りの産業支援・クールジャパンの闇#日本映画界の問題点を探る

バンクーバー
ヒロ・マスダもロケをしたというカナダのバンクーバー

【日本映画界の問題点を探る/偽りの産業支援・クールジャパンの闇 3】これまで日本の政府が1000億円以上を出資している官民ファンド「クールジャパン機構(株式会社海外需要開拓支援機構)」の累積赤字は、昨年度末(2022年3月時点)の段階で309億円にも及ぶ。また、国が主導して行った計56件の投資はほとんどが失敗。映画産業で働いている人たちではなく、広告代理店などの関係ないところばかりにお金が渡っているという問題だらけの“クールジャパン政策”について、「日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー 経産官僚の暴走と歪められる公文書管理」の著者ヒロ・マスダに聞く3回目。

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映像制作の現場で働く人々は貧困にあえぎ、使い捨て状態…

これまで、日本人として国内外のさまざまな企画に携わってきたマスダが、日本が他国から置き去りにされているような状況に苛立ちや失望を感じないはずはない。そこでマスダに、日本映画に活力を取り戻すための最善策について聞いた。

「正直に言うと、いまの(クールジャパンの)枠組みのままでは改善はまったく期待できません。一度すべて解体して、一元化した組織を新たに作るくらいしないと状況を変えるのは無理だと思っています。というのも、日本のクールジャパン事業にはそういった(一元化された)組織がなく、様々な組織がバラバラに成果のない施策をしている状況なので、それも(失敗の)原因の一つかなと。たとえば、イギリスや韓国では映画産業の支援に関しては、一元化した組織が新人発掘や海外映画のロケ誘致などを幅広く行っています。最近の日本は韓国にライバル意識を抱いている部分がありますが、そもそも根本が違う。我々が『クールジャパン』に浮かれているときから、韓国はちゃんと産業に目を向けて豊かにしようと取り組んできたので、いまになってその差が出ているのは当然だと思います。日本では(映像制作の現場で働く)若者や末端の人々が貧困にあえぎ、使い捨て状態になっていますが、そんな産業に将来はありません」

さらに、いまの日本が諸外国から学ぶべき点、そして日本に足りない点についてもこう付け加える。

「ほかの国には、『産業で働く人たちにお金がちゃんと入るような支援をしましょう』という非常にシンプルな施策設計が当たり前にあります。一方、日本にはそれがなく、ただ『クールジャパン、クールジャパン』と言っているだけ。本当にクールジャパンの効果が欲しいのであれば、繰り返しにはなりますが、まずは産業の担い手にお金が行くような施策に方向転換して、産業を強くすべきです。また、いまや日本国内だけで豊かになれる時代ではないので、必要なのは国際競争です。海外作品を誘致するために、『製作費の何パーセント、もしくは1作品につきいくらまで支援できますよ』といった施策で呼び込めれば、日本でそれ以上のお金を使ってもらうことができます。多くの国ではすでにそういった施策があるのは当たり前で、施策の質と使い勝手を競っています。一方で、日本の担当者が海外の映画製作者たちに伝えたのは、『エキストラをタダで集められます』とか『日本のクルーは週末、深夜、長時間労働に対応可。さらに残業代がかかりません』といったことばかり。低予算の作品ならありがたいことかもしれませんが、国がそういった労働搾取を推奨するのは大きな間違いです。もっと危機意識を持ち、いますぐにでも取り組まないと本当に手遅れになってしまうと感じています」

日本のクルーは深夜労働・長時間労働もいとわず残業代もかからないことを、2012年に行われたセミナー「日本のインセンティブの未来を考える」でアピールしたのは、驚くことに当時ジャパン・フィルムコミッション副理事長だった人物。ジャパン・フィルムコミッションとは、ロケ地誘致を支援するために作られた団体だ。本来なら自国の映画人を守らなければならない人物が、労働搾取を促すような発言を行ったことに怒りが湧いてくる。

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日本が舞台なのに軒並みロケ地の誘致に失敗、敗因は映画支援政策

そういった施策がなかったことが原因で、日本を舞台にしているにも関わらず、数多くの作品が日本での撮影を見送っている。近年では、遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した『沈黙 -サイレンス-』は台湾で、水俣病を題材にしたジョニー・デップ主演作『MINAMATA-ミナマタ-』はセルビアで撮影が行われた。いずれの国もロケ誘致に関する政府支援の施策があるため、現在も多くの作品に携わっている。一方、支援施策がない日本は様々なチャンスを逃している状況だが、政府は事の重大さにまだ気が付いていないのだろう。

「たとえば、過去に大きな作品の誘致を成功させている国なら、安心して次の仕事を依頼することができますよね。そうやってほかの国は着実に実績と経験を積み重ねているのに、相手にされなくなった日本は経済的な利益だけでなく、人材育成のチャンスも失っているのです。僕はプロデューサーという立場上、ロケ地を選ぶ際にまず見るのはその国にどんな支援や施策があるかということ。必ずしもそれだけではありませんが、お金のことを考えるなら、施策がない時点で選択肢から外すことは多いです。いまや『日本はクールなので大丈夫です』と構えていられる状況ではありません」

「クールジャパン」にあぐらをかいている間に、すっかり取り残されてしまった日本。抜本的な改革をしない限り、この危機的状況から抜け出すことは不可能にすら思える。

クルーの平均年収は700〜800万円、無名俳優も副業せずに暮らしていける北米

「規模が違うのであくまでも参考ですが、北米ではこういった事業に対する年間の予算は100億円近く。日本も海外からまとまったお金を引っ張ってこようとしたら、最低でも数十億円単位で予算を引き上げないと難しいかなとは思います。ただ、こういう話をすると、海外にお金をあげてしまっているように勘違いされる方は多いかもしれません。でも、きちんとした施策さえ立てていれば、こちらが出している以上に日本でお金を落としてもらうことができますし、それを末端にまで届けるのが狙いです。ところが、いまの日本だと『じゃあまずは広告代理店にお金を出してPRしてもらうことが大事だよね』となり、真っ先にそういうところにお金が行ってしまうので、こういう体質から変えるべきだと思います。それから、日本は海外との付き合い方がわかっていないところがあるように思います。お金を出して付き合ってもらっているような感覚を抱く人が多いのかもしれませんが、そうではありません。あくまでも日本で働く方々にお金を配るためなので、何のための施策なのかをきちんと理解し、実行する必要があるとも感じています」

金銭に関連する話題として避けられないのは、日本の助成金事情。金額面や条件面、複雑な資料の提出方法など、改善を求める声は以前から上がっている。

「日本だと年度末や単年事業という縛りがあるのがほとんどなので、まずはここが厳しいですよね。企画の計画段階において製作スケジュールに沿って現実的に使える制度でなければ日本に投資するという意思決定にははたらきません。けれども、行政の方に聞くと、『国のお金なので使い勝手が悪いのは当たり前です』と行政側の言い分ばかりを主張します。そうかもしれませんが、『それだと産業を支援するというあなたたちの目的は達成されませんよね?』と思うので、本当に必要なのは何かをもっと考えていただいたいです」

現在、ポルトガルやポーランド、スロバキア、ルーマニアなどのように国際共同製作やロケ誘致に関する支援制度におけるお金の使い勝手を見直している国は増えているが、それによって業界は活気を取り戻しつつある。すでに効果が出ている国として挙げられるのはイギリスだが、正しい政府支援によって雇用も税収も増えたという。

「僕が主に仕事をしている北米についてお話すると、クルーの平均年収はだいたい700~800万円ほど。作品の規模や物価が違うので、一概に日本と比べることはできませんが、名が知れていない俳優でも副業などをすることなくちゃんとしたいい生活ができるくらいの稼ぎはもらっています。また、組合によって『数パーセントでも最低賃金を上げていきましょう』という話し合いも毎年されているほどです。韓国でもハリウッドを見習って、労働契約を1人1人と結んで安全に最新の注意を払っているので、全体的な質も上がっています。一方、日本ではいまだに長時間労働、低賃金、残業代もなし、という状況。そういうサイクルはすぐに変えるべきです。豊かになれる可能性と夢があり、しっかりとした生活の基盤を持てる産業でなければ、新しい人は入ってきません。日本もきちんとみんなにお金が回るような施策を考えるべきだと思います」(text:志村昌美)[【偽りの産業支援・クールジャパンの闇 4】全てが間違っている政府の産業支援策、安さを売りにしていたら日本はいつまでも貧しいまま]に続く

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