『〈主婦〉の学校』ステファニア・トルス監督インタビュー

アイスランドで1942年から続く、男女共学の家政学校に密着!

#〈主婦〉の学校#アイスランド#ステファニア·トルス#ドキュメンタリー

〈主婦〉の学校

この学校に男性が多いことに驚きました

アイスランドの家政学校に密着したドキュメンタリー『〈主婦〉の学校』が10月16日より公開される。

世界最北の首都、アイスランドのレイキャビクに、1942年に創立された伝統ある「主婦の学校」。寮で共同生活を送りながら生活全般の家事を学ぶことができる、一学期定員24名の小さな学校だ。かつて義務教育後に進学の機会が少なかった女性たちを、良き主婦に育成することを目的としていた家政学校は、時代と共にその多くが衰退していくなか、「主婦の学校」は1990年代に男子学生も受け入れて男女共学となり、現在まで存続。初歩的な家庭料理から伝統料理の調理法、衣類の種類に応じた洗濯法や正しいアイロンがけ、美しいテーブルセッティング&マナーなど、理論と実技を実践的に教えている。

世界経済フォーラム公表の「ジェンダーギャップ指数ランキング」12年連続1位の“ジェンダー平等”が進んでいる国・アイスランドで、「主婦の学校」に学生たちが集まる理由とは?本作が長編デビューとなった新鋭女性監督ステファニア・トルスにインタビューした。

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──「主婦の学校」を映画にしようと思ったきっかけは何でしたか?

監督:以前、学校が建っている通りに住んでいました。ある時、きれいな家があることに気づいて、友だちに聞いてみたんです。するとそれは「主婦の学校」だと教えてくれました。どんな学校で、何をしているのか、すぐに興味が湧きました。正直、最初は学校に対して否定的だったんです。女性が料理や掃除を学ぶ必要があるなんて時代錯誤だと。しかし、調べていくうちに気持ちが変わり、この学校のドキュメンタリーを作りたいと思うようになりました。そして10年後、ようやく時間と資金ができたので制作に至りました。

──映画を作る過程でどんな気持ちの変化がありましたか?この学校をどんな場所だと思いましたか?
『〈主婦〉の学校』
2021年10月16日より全国順次公開
(C)Mús & Kött 2020

監督:私はこの学校にとても惚れ込みました。そこにいるだけで、まるで瞑想のように時間が止まったような感じがしました。学校はレイキャビクの中心部で、交通量が多く、騒がしいところにあります。しかし、一歩足を踏み入れると、異次元の世界に入り込んだような感覚になります。1学期の間に、学生たちがすることはたくさんあり、しばらくすると私も入学したくなりました(笑)。学生たちは、ここでの生活をとても楽しんでいて仲良くなり、後々までその友情を育んでいます。私にはそれがとても美しいものに思えました。母や祖母がこの学校の卒業生だからという理由で、自分も通ってみたいという人も多いようです。この学校は、以前は「主婦の学校」と呼ばれていたのですが、1970年代に「家政学校」に名称が変更されました。私は映画のタイトルに、敢えて昔の名前を復活させたんです。
アイスランド語で直訳すると「Mother of the House」のような意味を持っている言葉です。とても素晴らしい言葉だと思います。実際に校長先生に元の名前に戻してくれないかと話したのですが、それはないと言われました。「主婦」と訳されているこの言葉は馬鹿にするような言葉ではなく、むしろリスペクトが込められた言葉なのです。

──この学校で教えていることは、ある種レトロなライフスタイルを再現しているようですが、逆にそれが今の時代にマッチしているのでは?
〈主婦〉の学校

監督:そうなんです。編集を始めるまで、この学校のエコ的な側面を意識していませんでしたし、最初からそれを目指していたわけではありません。開校以来、この学校で教えていることは、多少の変更はあるものの、ほとんど変わっていません。彼らは基本に立ち返り、自給自足の方法を学んでいるのです。例えば、出来るだけ生ゴミを出さないようにすることや、新しい服を買う代わりに破れた服を直せるようになることなどです。この学校はまさに今、私たちが知るべきことを教えてくれていると思いました。

──コロナ禍におけるロックダウンは女性を強制的に家庭に戻しました。女性が当然のように家事をしていた時代とは何が違うと思いますか?

監督:私が幼い頃、祖母は「女性は外に出て働くことを決めた時点で、すべての力を失った」と言っていました。なぜなら、家の中では女性はすべての権力を持っていたからです。その言葉には真実味があると思います。しかし、当時は選択の余地がなく、家にいることを求められていた人もいました。コロナ禍でのロックダウンの間、私たちは皆、家庭に戻って子どもたちの世話をしていました。この2ヵ月の間、ほぼ家にいましたが、こんなに生ゴミが出なかったのは初めてかもしれません(笑)。時間に余裕があり、計画的に家事を進めることができたからだと思います。以前は、ただ外に出て、忙しく働いていましたから。

──卒業後に活躍している男性もいます。彼らに話を聞くのは簡単でしたか?
〈主婦〉の学校

監督:彼らはとても熱心にインタビューに応じてくれました。そもそも、この学校に男性が多いことにも驚きました。この学校の学びが、女性も男性も関係なく誰にとっても役立つということなのでしょうね。彼らはセーターや靴下を編んだり、撮影時も正しくアイロンをかけることが出来ていましたが、私自身はまったくダメで、自分に腹が立ちました(笑)。

コロナ禍で、4日働いて3日主婦が理想だと気づいた

──映画をきっかけに、ご自身の生活にも変化はありましたか?

監督:ある意味ではそうですね。映画の中でやっているように、私も家族と一緒に葉っぱのパンを作っていました。母と祖母がそれを揚げるのが、クリスマスの伝統でした。昔はよくやっていたことですが、今はもうやっていません。あの頃から世界は変化して、誰もがもっと早いペースで生きています。だからこそ、自分自身、もうちょっとスローダウンすることを、この映画を作ることで学びました。この業界でも、私たちは長時間働いていますが、働く代わりに家で料理を作ったり、クリエイティブなことをしたりして、たまにリラックスするのは大事なことだなと。私たちは今、「ただ何かをする」時間を持つのが難しくなっていることを改めて認識しました。

──監督ご自身は主婦ですか? また〈主婦〉をどう定義しますか?
〈主婦〉の学校

監督:主婦は、例えば私の祖母のように、家にいて家族の世話をし、食事を作り、家を清潔に保つ人のことを示していたと思います。その意味では、私は主婦ではないですね。もちろん料理も掃除もしますが、外で働いているのでずっと家にはいられません。コロナ禍の経験から、4日は働いて、3日は主婦というのが理想だと気づきました。私が知っているほとんどの夫婦は、どちらも家事をしています。私の家では、いつも私が洗濯をして、夫が料理を作ります。私が仕事で忙しいときは、夫が家を掃除します。家庭を大切にするために、共に家事を行っています。家事は女性だけの仕事ではありません。女性が仕事をしていて、主婦をしている男性もいます。つまり、私たちは皆、主婦だと言えるでしょう。〈主婦〉という言葉はネガティブな意味を持ってしまっているように思いますが、本来はその逆で、ポジティブなものであるべきです。

──「主婦の学校」に入学した生徒たちの変化が印象的ですね。徐々に彼女たちが輝いて見えてきて、言葉に自信がついてくるのを感じました。監督はこの映画を撮ってみて、この学校の一番の魅力というのはどこだと思いますか?

監督:おっしゃる通りだと思います。色々なことを学んでいるから自分に自信が付いてくる。そして同時に地に足がついている。リラックスして、その瞬間をしっかりと生きることができている。それがこの学校にいる中で最も美しいと思ったことです。他のことを忘れて本当にその瞬間に自分と向き合うことができている。なかなか、普段の生活ではその境地にはたどり着けません。毎日が忙しくて、テクノロジーに囲まれていて、いろんなことをいっぺんにやらなければならない状況にあると、一つのことにじっくり集中することができないのが普通です。
でもこの学校にいる時は、私もひとつのことに集中することができたのです。いろんなことをやっていなければならないという、普段感じているプレッシャーというか、焦りのようなものを、まったく感じずに一つのこと(撮影)に取り組むことができたのです。
私からすると、すごく日本的な感覚かなと思いました。私の知っている日本人の方はそういう方が多いので……そう思うのですが、正しいかしら? 日本の方はすごく礼儀正しいし、他の国の方とちがって、その瞬間、その瞬間に向き合っている感じがします。

ステファニア·トルス
ステファニア·トルス
Stefanía Thors

アイスランド·レイキャビク出身の映像作家。プラハで演劇を学び、舞台芸術アカデミーで修士号を取得。在学中に編集助手を務め、2007年に初の長編映画『The Quiet Storm』の編集を担当。その後、アイスランドに戻り、映画編集者として活躍している。本作がドキュメンタリー監督デビュー作。