塚本晋也監督、戦争を描き続ける理由「暴力の連鎖を断ち切るには、戦争を始めない」

#ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?#塚本晋也

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
(C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners (C)Allen Nelson/KODANSHA
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

「本当に作ってよかった」ネルソン氏の妻が上映後に号泣した姿に安堵

映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』の公開を記念し、9月20日にkino cinéma新宿で凱旋舞台あいさつが開催され、ヴェネチア国際映画祭、トロント国際映画祭から帰国した塚本晋也監督が登壇。聞き手は映画ライターのISOを迎え、本作で描かれる“戦争の加害”とPTSD、実在したベトナム帰還兵アレン・ネルソンの生涯、そして塚本監督がなぜ今、この作品を世界に送り出したのかなど、その背景や作品に込めた思いを掘り下げた。

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戦争の加害者の視点から、戦争の恐ろしい現実と拭いきれない精神的な痛みを描いた本作。9月11日の日本公開以降、上映終了時に拍手が起こる劇場が相次いでいるが、この日のkino cinéma新宿でも、本編上映後にはひときわ大きな拍手が会場に鳴り響いた。

ヴェネチア国際映画祭やトロント国際映画祭などでの上映を経て、日本の観客の前に立った塚本監督は「おととい帰ってきたんですが、昨日はなかなか眠れなくて。時差でちょっとボーッとしていますが、しっかりと話そうと思います」とあいさつ。

9月11日の日本公開初日は、本作のワールドプレミアが行われたヴェネチア国際映画祭に滞在していたため、この日が日本の観客の前に立つ初めての機会となった塚本監督。「いつも日本で公開する時は日本にいるんですけど、今回は日本にいなかったので、どうなっているかなとずっと気になっていました。今日はようやく持ち場に戻ってこられたという感じでうれしく思います」と切り出した。さらに「なんか今日は皆さんの顔が、ちょっと暗いような気がしますけど、大丈夫ですかね?」と観客を気遣うと、会場の緊張が少し和らぎ、温かな笑いが漏れるひと幕もあった。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

本作は、ヴェネチア国際映画祭において、イタリア各地から選ばれた高校生たちが選出する独立賞「レオンチーノ・ドーロ賞(金の小獅子賞)」を受賞。昨年は、ガザでイスラエル軍に殺害された少女の実話をもとにした『ヒンド・ラジャブの声』(26年)が同賞に選出されていることを踏まえ、この日の聞き手を務めたISOも「現地の若者の、戦争への意識がすごく現れている賞」と解説した。日本作品としては史上初の受賞となる。

ISOはまず、本作の原作が児童書であり、かねてから「若い世代にこそ見てほしい」と語ってきた塚本監督にとって、「レオンチーノ・ドーロ賞(金の小獅子賞)」の受賞は格別の意味を持っていたのではないかと問いかけた。

これに対し、「イタリアのいろんなところから集まった20人の若い人たちが、何ヵ月もかけてさまざまな監督を招いたセミナーや討論を重ね、コンペティションの全出品作の中から選んでくださった賞なんです」と前置きした塚本監督は、「選ばれたと最初に聞いたときは『どういうことなんだろう』と思ったのですが、授賞式の会場で若い人たちの顔を見た瞬間、喜びが込み上げてきました」と振り返った。

さらに監督は、自身がこの映画を作り上げた動機について「この映画を作る最大の目的は、何よりも『若い人たちに戦場へ行ってほしくない』ということでした。頭で戦争を考えるのではなく、体全体でその恐ろしさを実感してもらいたかった。そうした思いで作ったので、それがまっすぐに届いたのかなと思って。本当に感動しましたし、うれしかったです」と明かした。

そこで「若者たちからはどんな感想が?」と質問されると、「彼らは本当に熱心に語りかけてくれたんですが、言葉が分からなくて。正直、何を言っているかはほとんど分からなかったんですが、それでも熱心に語りかけてくれている顔で、だいたいいい感じに受け止めてくれたんだな、というのは伝わりました」とユーモアを交えて振り返った。

続いて話題は、ヴェネチアに続いて参加したカナダのトロント国際映画祭へ。トロントでは、主人公である元米海兵隊員アレン・ネルソンさんの遺族である妻のリンダさん、息子のショーンさん、そしてアレンさんの妹のマーシェルさんが初めて本作を鑑賞したという。塚本監督は「実は、この3人に見ていただく瞬間が一番ドキドキしていました」と、当時のプレッシャーを明かした。

「映画の企画を立ち上げた際、アレンさんのご家族に直接インタビューすることは極めて重要なことだったんです。原作の手記にも多くのことが書かれていますが、やはり映画として肉付けするには、ご家族のインタビューがどうしても不可欠だったからです。ですが、扱う内容が内容だけに、最初は当然警戒されていた時期がありました。そしてようやくこちらの思いが届くこととなり、最終的に協力してくださるようになったわけですが。ただそれでも、完成した映画を見てどう思われるかは最後まで気にしていました」。

だが、上映が終わった瞬間、その不安は一気に氷解したという。「上映後、リンダさんの姿を見たら、声を上げて泣いていらっしゃったんです。それを見て、本当に作ってよかったなと思いました。そして息子のショーンさんも大変喜んでくれました。かなり情熱的に語りかけてくださったんですけど、言葉が分からなくて。でも本当に大事なことを情熱的に伝えてくれているんだろうな、ということはしっかりと伝わりました」。

なお、息子のショーンさんは現在、カウンセラーとして活動しているという。かつてアレンさんを救ったダニエルズ医師(劇中ではジェフリー・ラッシュが演じる)と同じような道を歩んでいることも、塚本監督から明かされた。

本作は、アレン・ネルソンさんの著書「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」を原作とし、「戦場で心が壊れて 元海兵隊員の証言」を参考文献としているが、その中でショーンさんとの関係については簡潔な記述にとどまっていた。

「ですからインタビューでショーンさんから直接聞いたことが、映画の後半において大事なところとなりました。実は映画では短い時間として描かれていましたが、アレンさんとショーンさんの間には、何年間も一切口を利かない時期があったそうなんです。あの時期のショーンさんが『自分は弱いから、軍隊の訓練を受けたほうがいいんじゃないか』と漏らした時に、アレンさんと激しいケンカになったと。それを聞いて、これは絶対に大事な話だと思って、映画に織り込んだんです」と明かした。

トークが深まる中、ISOからは「映画化にあたって、“これは絶対に入れなければならない”と思ったことは?」という質問も。それに対し、塚本監督は原作に書かれた過酷な真実をありのまま描く覚悟について、「原作に書いてあることをなるべくそのまま映画にしたいと思ったので、監督として何かをしたいということはなかった」と前置きした上で、次のように語った。

「ただ原作を描く上で絶対に欠かせないと思ったのは、劇中で描かれる、ベトナムの村の人を殺してしまうという極めて恐ろしい場面です。製作の過程で『ここはやめてくれ』と止められる可能性も覚悟していましたが、この現実を描かないのであれば、この映画を作る意味がなくなってしまう。しかしご遺族にはその必然性を理解していただいて。一切反対することなくやらせていただけたことに感謝しています」

さらに話題は、リリー・フランキー演じる黒井へ。黒井は、ネルソンさんの講演を通して、戦地から帰還した兵士とその家族が抱える傷に目を向けていく人物だ。原作には登場しないこのキャラクターについて語るうち、塚本監督の言葉は次第に熱を帯びていった。

「あの役は原作にはなかったんですけど、ただこれは、これからの日本にとっても大事な問題で。アレンさんは、ベトナム戦争の後でPTSDという概念ができたのでまだああいうふうにケアをしてもらえたんですが、第二次世界大戦が終わった時の日本にはPTSDという概念がなかったので、日本人にはそんな軟弱な人間はいないということにされてしまったんです。ですから多くのPTSDを抱えた人がケアされることなく街に出ていかなきゃいけないことになったんです。そしてこのPTSDというものに、自分自身も生涯苦しむんですが、自分の家族にも暴力を振るうことが多くて。その暴力が世代を超えて連鎖するようなことになっていく。いったん戦争が始まると、形としての戦争は終わってもその暴力の連鎖は終わらないんです。だからそういう暴力の連鎖を断ち切るには、とにかく戦争を始めない、ということしか方法はない。そういうことを感じてもらいたいなと思いました」。

そしてISOから「日本でもようやく世代間トラウマ(心的外傷)が語られ始めた印象がありますね」と指摘されると、塚本監督は「ちょうど『野火』をやっている時は、この映画の前半の、戦場のおそろしさを描けば十分だと思っていたんです。でもその後、『ほかげ』(23年)という映画をつくっていたあたりから、そういうPTSDや、世代を超えた暴力の連鎖ということが気になり始めた。日本でも『うちの父親や祖父があれほど暴力的だったのは、戦争のPTSDだったのではないか。だからあんなに暴力的だったんじゃないか』と気づいたという人たちからもいろいろと話を聞いて。調査していくうちに、そういう人がものすごくいっぱいいるということが分かってきた」と答えた。

さらに、本作で“加害”を描くことについて、「今回はアレンさんの目線に、お客さんも一緒に立ってもらいたいと思ったんです。最初は殺すことに抵抗があるんですけど、やがて自分の仲間を殺されていくうちに、自分がやらなきゃやられてしまう、というものすごく暴力的な考えになってしまう。その時点で被害者のことは考えなくなってしまうという立ち位置に、お客さん自身も立ってもらうというふうに見てもらいたかった」と語った。

そして舞台あいさつの終盤、ISOから「2009年に亡くなったアレンさんに、もし会えるとしたらどんな言葉をかけたいと思いますか?」と問いかけられた塚本監督は、静かな口調で答えた。

「アレンさんが亡くなって今年で17年になります。自分はこの10年間、とにかく『アレンさんにもう一度この世の中に帰ってきてほしい』という思いでこの映画を作ってきたので。アレンさんが実際に体験したこと、そしてアレンさんの活動を知ってもらいたいという思いでした。ですから今はむしろ、アレンさんが今この世界に帰ってきて、一緒に再び歩み始めた、という気持ちです」。

舞台あいさつもいよいよ終盤を迎え、最後のメッセージを求められた塚本監督は、「いま、世界中がきな臭い状況に包まれています。そして日本もまた、そのきな臭さにのみ込まれるように人々の不安が高まっています。しかしその不安を逆手にとって、『日本はもっと武装を強化し、強い軍事力を持たなければいけない』という動きがあります」と切り出した。

続けて、「そういう動きがある中で、実際に戦場へ行くのは若い人たちです。彼らが戦場で体験させられるのは、まさにこの映画で描かれているようなこと。それを前提とした上で、この先の議論をしていただけたら。この映画はなるべく多くの人に、若い人にも見てもらいたいのでお願いします」とメッセージを送り、会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こった。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は現在公開中。

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