【週末シネマ】チャラくさい映像の奥にある成熟した哲学に感服/『クラウド アトラス』

『クラウド アトラス』
(C) 2012 Warner Bros. All Rights Reserved.
『クラウド アトラス』
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『クラウド アトラス』

私の友人やその家族なかに、誕生日が私や私の家族と一緒の人が何人もいる。365分の1の確率上の偶然とは思えない。だいたいそんなに友だちいないし。これには理屈では説明できない“縁”というものを認めないわけにいかない。

[動画]『クラウド アトラス』来日記者会見/ラナ&アンディ・ウォシャウスキー監督、トム・ティクヴァ監督

ほとんど予備知識を入れずに見た『クラウド アトラス』では、見る前に抱いたスタイリッシュなSFの硬質なイメージとは裏腹に、温かみある非科学的な人と人との縁や運命を感じずにはいられなかった。

『クラウド アトラス』は英国出身の作家デイヴィッド・ミッチェルの原作を、『マトリックス』3部作のウォシャウスキー兄弟改め“いつのまにか”姉弟監督と、『ラン・ローラ・ラン』を監督したトム・ティクヴァが共同監督・脚本・製作した大作だ。

映像アイデアマンの3人だけあって、SFシーンはもちろんシャレの利いた映像世界は目に楽しく、圧倒されること間違いない。ドラマ内容は、はっきり言って初見で細部まで把握するのは不可能に等しい。計り知れないほど深く広い流れに飲み込まれて、呆気にとられるしか為す術はないのだ。しかし、それこそがこの作品の狙いであり醍醐味であると思うので、敬意を評して作品を楽しもうと思う方はぜひ、この先は読まずに見に行っていただきたい。

本作は、1849年から2346年にも及ぶ時代も場所も異なる6つのストーリーが同時進行していく、オムニバスとも群像劇とも言えないスペクタクルロマンだ。輪廻転生を意味するように、1人の俳優が複数の役に扮して、時代を飛び超えてそれぞれのストーリーに登場する。映画版とは使われ方が違うが、原作でもほうき星型のアザが登場し、それは輪廻転生のメタファーとなっている。作品をざっくり例えると、手塚治虫原作のかの伝説的漫画『火の鳥』のようなテイストといっていいだろう。原作者のミッチェルは日本に住んでいたこともあるらしく、夫人も日本人であることからすると、もしかすると影響を受けたのかもしれない。

同時進行していくストーリーを、3人の監督が2組に分かれて担当しており、古典的な海洋冒険劇、社会派サスペンス、文芸ドラマ、SFアクションなど、おのおの趣向を凝らし、ムードもガラリと変えている。1人複数役演じる俳優も、衣装と特殊メイクまで用いたメイクで大変身しているので、別の役と間違うことはない。エンドロールで種明かしされるまで、誰が演じているかわからないほどだ。

それにしてもトム・ハンクスをはじめ、役者たちは多大な労力と高度なテクニックを要求されるのに、これほどそれに見合った達成感を得られない仕事はなかったのじゃないだろうか。誰もそんな本音を語っていないが、俯瞰でこの作品を捉えて、自分のパートを認識するのはかなり困難だったはずだ。それなのに、それぞれの時代にその地で生きている存在感がしっかりとあり、それが本作を成立させている重要な要素となっている。さすが超一流の役者たち、あっぱれだ。

ただ、それぞれのストーリーがまったく関係なく独立しているわけではない。ひとつのストーリーから別のストーリーに切り変わるシーンでは、登場人物が同じアクションをしているなど、なんらかの繋がりがある。そのアクションも綱渡りや扉の開閉といった、心理を暗示するようなもの。登場人物たちの心理や運命がシンクロしているのだ。また、先で輪廻転生と言ったように、役が変わっても同じ俳優が演じているパートは、あるひとつの魂が時代を超えて長い長い旅をしているように受け取ることもできる。1人の人間の多面性を示唆しているかのように。そして、さらにそんな者同士が生まれ変わった別の時代でも近しく関わったり、運命的に出会ったりする。

濃密に凝縮された3時間弱のあいだ、同じ俳優がいろいろな時代に登場し、10人以上いるメインキャストが関係性を変えつつ絡み合い、しかも、ドラマとドラマが潜在意識下で呼応するようにリンクしながら同時進行してゆく。見ていると頭のなかがぐるぐる回り出し、もやもやクラクラしてくる。しかしながら、これこそ人間というものであり、この世というものじゃないだろうか。わかったようなわからないようなつかみきれないまま、理屈ではわからない人間を超越した力というか流れのようなものの作用で運命が動いていく。そして、時代と場所が変わり、宗教や人種が違っても意外と人間の本質は変わらないもので、自由を求め愛に支えられながら、ときには狡く愚かに、ときには優しく聡明に自分の人生を懸命に生きているのだ。

本作がこの世の原理を解き明かしたというのは不遜だし、言い過ぎだと思うが、手が届くか届かないかの微妙な感触で“かすった”ぐらいは成し遂げたんじゃあるまいか。『マトリックス』シリーズにおいて哲学だの宗教だのと論じられている時分、「そんなの後付け、後付け。エビぞりキアヌ360度、それが面白けりゃいいじゃん!」と内容的なことは相手にしなかった。ウォシャウスキー姉弟よ、誠にすまない。君たちは立派な哲学者だ。

今回も人間が人間として扱われていないマトリックス的なシーンも飛び出し、ビジュアル面も相当面白い。しかし、それだけに、逆に軽く見られたり、受け付けない人もいるんじゃないだろうか。それなら、あまりにもったいない。確かにチャラチャラしたビジュアルではあるが、その実、非常に哲学的で成熟した壮大な叙事詩なのだ。(文:入江奈々/ライター)

『クラウド アトラス』は3月15日より全国公開される。

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