【週末シネマ】人の命を奪うことは罪か? 被疑者と辣腕検察官との戦いが問うものとは

『終の信託』
(C) 2012フジテレビジョン 東宝 アルタミラピクチャーズ
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『終の信託』

「最期のときは早く楽にしてほしい」。愛する人、尊敬、信頼する人から、そう頼まれたとして、言下に断れるだろうか? あるいは引き受けることもできるものだろうか? 周防正行監督、草刈民代、役所広司のトリオが『Shall we ダンス?』から16年ぶりに組んだ『終の信託』は、死に直面した患者の切なる願いを聞き入れた女医の決断を通して、終末医療の現実について、そこから派生する濃密な人間関係を2時間24分の長尺で、じっくりと描く。

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くすりと笑える瞬間など一度もない重い物語だが、見る者を釘づけにして離さない。それは、作品のテーマが終末医療の是非を問うものではなく、あくまでも当事者となった者の思い、ひいては人間そのものを描くことに徹しているからだ。

ヒロイン、折井綾乃(草刈)は患者からの信頼も厚い呼吸器内科医師。だが、プライベートでは、ろくでなしの同僚医師(浅野忠信)に骨抜きにされ、40を過ぎても歳下の彼がプロポーズするのを待っている。決定的に捨てられるまで待ち、その挙げ句、勤務先で自殺未遂騒動を起こした経緯は病院内で周知のこととなる。そんな針のむしろに座る彼女に手を差し伸べるのが、長年担当している患者・江木(役所)だ。愛や家族について、医師と患者の枠を超えて語り合ううち、両者は深い信頼関係を築いていく。

綾乃のキャラクターが興味深い。医師としての顔は別として、自分を上手く表現できていない女性に見える。話す言葉にというより、話す本人に説得力がない。そのやり方じゃ、相手に上手く伝わらないだろう、と見ていてやきもきする。さらに、ひねくれた見方をすれば、つくづく男運が悪い。周りにいる男たちにとって綾乃は実に「都合のいい女」なのだ。彼女を捨てる男は絵に描いたような卑劣漢だし、プッチーニのアリアを聴かせて「あなたは自分に正直に生きている」と囁き、結果的に背負いきれないほどの責任を覚悟させる江木も恐ろしい。彼らによって、一見完璧な女性の不安定な脆さが浮き彫りになる。エリート医師が抱える内面の惨めさをどこまでも掘り下げていく演出は冷徹だ。

江木を通して、自分の最期を他人に預けるという行為についても考えさせられる。死は、やり直しの効かない1度きりのもの。周到に準備をしても予想外なことは起きる。綾乃と江木が交わした約束も、死をコントロールできるという錯覚、生きている人間の浅はかな考えに過ぎない。もう1つ、人のために生きるということについて。誰かのため、と思いながら取る行動も結局は自己満足に過ぎないのではないか。自分の妻子を思いやるようで、彼らがどういう人間か端から決めつけている江木の身勝手さ、彼の臨終のときの綾乃の振舞い。夫、父を亡くしたばかりの妻子たちを徹底的に排除した描写に、周囲を見ようともせず、自身のメロドラマに溺れるエゴイストの本性を見た気がする。綾乃と江木が心を通わせたのは、自己愛という共通項があってのことかもしれない。そして実際、人間とはそういうものなのかも、という考えが頭をかすめる。

江木の死から3年後、綾乃の決断に殺人罪の疑いが生じ、彼女は被疑者として検察官から厳しい追及を受ける。大沢たかお扮する検事は「命を奪うことは殺人だ」という揺るぎない正論を振りかざし、綾乃の主張をねじ伏せようとする。人の命を奪うことは罪か? 司法においてその答えは明確だ。そこで断罪されても自分の正義を貫くか、それ以前に法に従う道を選ぶのか。口八丁ではない綾乃と辣腕の検察官との戦いが45分という時間を割いて描かれる。その攻防が醸し出す緊迫感が、この映画の白眉だ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『終の信託』は10月27日より全国東宝系にて公開される。

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『終の信託』作品紹介