映画監督の時給はバイト以下? 世界に届く作品の舞台裏
最新作『すべて真夜中の恋人たち』(26年)の公開を控える岨手由貴子監督、『少女邂逅』(18年)やドラマ『みなと商事コインランドリー』を手がけ、写真家としても活躍する枝優花監督、『サムライ・ロック』(15年)『兄友』(18年)などで知られる中島良監督、AI映像作家のKasamacura監督が、「AVACI・FESAAL 2026年年次総会」に登壇。日本の映像業界が置かれた現状や課題について、クリエイターそれぞれの視点から語った。
・岨手由貴子監督、枝優花監督らが登壇した「AVACI・FESAAL 2026年年次総会」
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今回、日本で初めて開催された国際オーディオビジュアル創作者連合(AVACI)と、AVACI発足の母体となったラテンアメリカオーディオビジュアル創作者団体連盟(FESAAL)の年次総会には、世界各国から監督や脚本家、弁護士など総勢約100名が集まった。
冒頭、ミゲル・アンヘル・ディアーニ会長は「世界中の映像制作に関わる人たちの悩みは同じで、常に同じ権利を求めていることです。こういったイベントがあることで情報交換や、経験や戦略について話し合えることで我々が公平な価値観を打ち出していくことができます。相互に効果的な協力をしていきたいと思っています。我々は国や政府に対して、その時代の鑑となっていくという重要な使命をもっています。この2日間のイベント開催によってそれらを実現できればと考えています」と総会の開催意義を語った。
日本初開催となった総会には、岨手由貴子監督、枝優花監督、中島良監督、Kasamacura監督がゲストとして登壇。「私は女性ですし、地方に住みながら子育てもしているので、今日皆さんの経験を共有できることを楽しみにしてきました」とあいさつした岨手監督は、「権利の問題の前に、日本の映画監督や脚本家って考えられないくらい報酬が安いんです。世界から見ても日本の作品は予算が少なく、カンヌ映画祭に出品されているような映画でも海外から考えるとびっくりするくらいです。結果的に我々も他のスタッフも驚くほど少ない報酬になっています。そこがこの仕事で初めてぶち当たった壁です」と日本の映像業界の厳しい現実を明かした。
そのうえで、「監督の権利問題」について問われると、「DVDなどのパッケージや配信サービスに作品を売った際に多少は著作権料が入るんですが、食べていけるような金額ではありません。忘れたころにちょっと入るくらい。一方で、TVerでは放送の数時間後には見逃し配信ができるけども、明らかな二次使用でありながら収入はありません。そういった、クリエイター側にとってよくない慣習が日本ではあたりまえになっている現状があります」と業界が抱える構造的な問題を指摘した。
枝監督も頷きながら、「映画や番組を制作したり、脚本を書いたりしていますが、収入がいくら入ったかなんて覚えていないくらい安くて、正直ドン引きされるくらいです。300円とか(笑)。では二次使用料があまりもらえないからといって報酬が高いかというとそうではないですし、映画は特に全部撮り終わってからしか支払いが発生しないことも多いです。その金額も撮影にかかった日数や時間で考えるとマクドナルドでバイトした方がいいくらい(笑)。どうやって生活をしていったらいいのかという考えになってしまうので、本来あったクリエイティブに対する力が失われていくんです。ここからもう一回やれるのか、続けられるのか…と考えてしまう監督はたくさんいます」と自身の経験を交えながら、厳しい労働環境の実態を語った。

中島監督も「日本の映像業界で働いている人たちはほとんどがフリーランスです。連帯して主張したり、労働環境の改善を訴えたりするのが難しい。アーティストたちは事務所に所属して権利を守ってくれるが、事務所を抜けてしまうと業界を干されるということが起きたりします。契約では口約束で決まることもあったり、自分だけでは孤立してしまい、仕事を失う可能性もある。クリエイターとしての主張をするのが苦手な土壌があります」と、フリーランスが多い日本の映像業界ならではの問題点を指摘した。
一方、海外を拠点に活動するKasamacura監督は、日本の現状を踏まえたうえで、「海外で仕事をしていると日本と違って契約がとてもしっかりしていて、自分であらゆることを管理できる環境があります。なので、個人的には万が一日本で干されても海外で勝負すればいいという気持ちの余裕がありますし、周囲の人々に対してリスペクトをもって仕事ができる。人間的なコミュニケーションにプライオリティを置いて仕事ができます」と、日本と海外における制作環境の違いを明かした。
日本ならではの難しい環境を打破できないもどかしさを語りながらも、今後への期待について問われた岨手監督は、「日本人の気質として、ユニオンを作るというのが苦手だし、抵抗があるんですよね。シャイだからなのか(笑)。デモについても日本だと『デモなんて迷惑だ』とか、怖いとか、ネガティブなとらえ方をする人が多い。そんな中でクリエイターの権利を守りましょうと呼び掛けても残念ながら『そういうのはいいです…』と、自分の中に閉じこもってしまうんです。ちゃんとユニオンを形成した方がいいということも勉強するとわかるけど、特に若い人は契約書や交渉することの重要さを学べないままなのが現状だと思います。なので、今日は中堅世代である私たちが学ぶことで日本の映像業界にフィードバックできたらと思います」と、情報共有や学びの大切さを強調した。
枝監督も連携の重要性について、「監督というのは現場に一人しかいないので、こういう機会がないと、そもそも他の監督に会うこともないんです。なので情報共有の機会がとても限られていて、誰に相談したらいいのかわからない。もっと監督同士でオープンな交流の場が設けられると嬉しい」と賛同した。
一方、長年解消されない問題に対し、中島監督は「日本の行政や映像業界に対して、海外からの圧力をかけてほしい」と訴えた。さらに、「いま、日本国内で『海外ステップアッププログラム』という、日本のクリエイターの意識を変えようというプログラムをやっていますが、海外から権威のある団体からプッシュしてもらうことによって密接に繋がって多くのクリエイターを救うことになると思います」と、海外の団体による支援を求めた。
また、Kasamacura監督は「日本ではAIクリエイターに対して銀行は出資してくれないし、家も借りれない。AI映像の社会的地位をあげることで評価をあげていく、クリエイターが、いいフレームワークを作っていくということを活動できればと思います」と、AIクリエイターを取り巻く環境の改善に期待を寄せた。
日本のクリエイターたちが抱える問題を聞いたディアーニ会長は、改めて「2019年に初めてこの総会を開催した時に世界中の監督たちから聞いたのは、いま皆さんが言ったような問題です。長年私たちも活動をしてきましたが、ほとんどの国で同じことが起きています。自分の仕事に対する正しい報酬を受け取らなければならない。お金を奪えということでなく、社会の中でちゃんと管理をしていく。ほとんどの国でユニオンの一環として行うべきことです。なので政府や国会に対して積極的にロビー活動をすべきなんです。一緒に頑張りましょう!」と、クリエイターたちの活動を後押しした。

続いて、著作権の視点から日本のAIを取り巻く現状について考えるパネルディスカッションが開催された。エンターテインメント法務を専門とする出井弁護士は、AIの仕組みを説明するとともに、著作権上のリスクが生じる場面として、「AIがデータを学習する場面」「AIが扱う場面」「アウトプットされたAI生成物を使う場面」の大きく3つを挙げた。
そのうえで、「日本において特に問題視されるのが『AIがデータを学習する場面』です。著作物をコピーする際には著作権者の確認が必要ですが、日本の法律ではAIにデータを学習させる場合には著作権者の確認は不要となっています。一方で、AIに学習させることによって権利者の利益が不当に害される場合には許可が必要というルールもあります。ただし、この『害される場合』の基準は明確にはされていません」と、AI学習をめぐる日本の法制度の現状を明かし、具体例を交えながら解説した。
さらに、AIによって生成された映像に著作権が発生するのかという問題も提起。「日本ではAIが作ったものは著作権はない、道具として使っているものは著作権はある、と考えられています。政府は判断要素を出していますが、明確な基準はありません。法律だけで解決する問題ではない」と報告した。
出井弁護士の報告を受け、かつて映画監督を務め、現在はAIを活用した映像制作に取り組む中島監督は、「AIエージェントで今は簡単に商業レベルの映像を出力することができるようになり、クリエイターの市場的な価値が下がってしまう懸念があります。まだ日本では起きていませんが既に中国では俳優やカメラマンなどのスタッフの賃金が下がっている現状です」と危機感を示した。
さらに、「ファンアート」の問題にも触れ、「有名な原作漫画のアニメをファンが勝手に作ってしまい、多くの人が原作を見ずに知ってしまうという問題によって、これまで作ってきたアニメの価値が下がってしまっています」と、コンテンツ業界が抱える新たな問題を提起した。
こうした問題が生じる背景について、出井弁護士は「いままでファンアートと言えばクオリティとして劣っているのが当たり前でしたが、AIを使うことで元のクオリティを越える本物に近いものが出てきてしまうせいでこういう問題が起きています」と解説。法律による規制が可能かを問われると、「日本では技術に対して法律が追いかけてくるタイプです。EUや中国では法律が技術に負けないようにアップデートされています。日本は法律を変えるのにものすごく時間がかかる。そういう問題は常に政府に働きかけることが重要だと思います」と、日本の法整備の現状について語った。
日本の状況を聞いたフランスのドキュメンタリー映画監督で脚本家のジル・カイヤットは、「日本の監督たちはこの問題や法律と戦うためにストライキやデモの必要性を感じていますか?」と質問。これに対し、岨手監督は「日本に有効な形でAIとの付き合い方を考える機会は重要だと思います。まず勉強するところから始めないとデモをするところまでいけない気がします」と自身の考えを明かした。
総会ではこのほか、各国の現状についての報告に加え、岨手監督と枝監督を中心に、日本の女性監督や脚本家が自身の経験やキャリア、日本における映像創作への視点などを語り合うトークセッションも実施。多角的な議論を通じて、日本の映像業界が抱えるさまざまな課題が浮き彫りとなった。
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