ほとんど枯山水の域! 細野晴臣が『万引き家族』に提供したのは音楽でなく“音”

#万引き家族#映画を聴く

『万引き家族』
(C)2018 フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
『万引き家族』
(C)2018 フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

…前編「相思相愛の細野晴臣×是枝裕和監督が〜待望の初顔合わせ!」より続く

【映画を聴く】『万引き家族』後編
とりわけ匿名性が高い仕事

とはいえ、実際にでき上がった『万引き家族』の音楽は、いたっていつも通りの是枝トーン。というか、いつも以上に抑制され、ほとんど枯山水の域に達している。「細野さんが音楽をやっているから」と期待して見ると、思いっきり肩透かしを食らうだろう。近年の細野晴臣ワークスの中でも、とりわけ匿名性が高い。

巧みな展開をほどよい距離感で援護するサウンドトラック/『レディ・バード』

オープニング近くで聴こえてくるカドの取れた丸いピアノの音像には、確かに細野晴臣っぽさを感じる。しかしその後の展開で“細野晴臣の音楽”を意識する場面はほとんどない。印象としては昨年リリースされた2枚組ソロアルバム『Vu Ja De』の“ESSAY”と名づけられたパートのインスト曲に近く、どの楽曲もメロディらしいメロディを持たない。和音やリズム、サウンドエフェクトのみで構成された、とても抽象的な仕上がりである。

制作途中の仮編集版を見た細野は、ドキュメンタリー的な本作の映像に音楽はほぼいらないと判断したのだろう。『銀河鉄道の夜』や『メゾン・ド・ヒミコ』のように見る者の記憶に残る“音楽”ではなく、映像の添えものに徹した“音”を提供している。これは、普段自分の名前で作品を発表している音楽家(=非映画音楽家)にとって、ある意味でとても勇気のいる行為だ。

『奇跡』のくるりとか『海よりもまだ深く』のハナレグミのように、ヴォーカル入りの主題歌を提供しているわけでもないので、本作での細野晴臣の仕事が表立って評価されることはないかもしれない。しかし映画を見終わった後に頭の中でプレイバックされるシーンには、細野の音が多く散りばめられているはずだ。映画公開と同時に配信限定でリリースされるサウンドトラックを聴いて、その余韻の“答え合わせ”をするのもいいだろう。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)

『万引き家族』は6月8日より公開中。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
出版社、広告制作会社を経て、2013年に独立。音楽、映画、オーディオ、デジタルガジェットの話題を中心に、専門誌やオンラインメディアに多数寄稿。