シャイな少女から自らを曝け出す女優へ、シャルロット・ゲンズブールの変遷

#この俳優に注目#コラム#シャルロット・ゲンズブール#午前4時にパリの夜は明ける

『午前4時にパリの夜は明ける』
『午前4時にパリの夜は明ける』主演のシャルロット・ゲンズブール
(C)2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
『午前4時にパリの夜は明ける』
『The Passengers of the Night(英題)』
『午前4時にパリの夜は明ける』
『午前4時にパリの夜は明ける』
『午前4時にパリの夜は明ける』
『午前4時にパリの夜は明ける』

『午前4時にパリの夜は明ける』で途方に暮れる主婦を好演

【この俳優に注目】シャルロット・ゲンズブールには独特の美しさがある。今にも壊れそうな繊細さと、それでいて周囲に流されはしない芯の強さ。最新モードを着こなすファッション・アイコンにもなれば、着古した日常着にもスタイルがある。そして俳優として、同世代の女性が共感できる人物を自然に演じる稀有な存在だ。

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『午前4時にパリの夜は明ける』で演じるエリザベートは、50代を迎えたゲンズブールとほぼ同じ年頃で、1980年代のパリに暮らしている。エッフェル塔に近いセーヌ川沿いの高層アパートに10代の娘と息子と住む彼女は、夫から突然別れを告げられた専業主婦。途方に暮れながら職を探し、ラジオの深夜放送番組の仕事に就く。勤勉な彼女は長年愛聴していた番組のパーソナリティ、ヴァンダとの間に信頼と友情を築き、番組ゲストに呼ばれた若い女性タルラの窮状を見るに見かねて自宅に招き入れる。安定した拠り所を失った不安を抱えながら、同時に愛情深く相手に寄り添う。観客が自己投影し、こうありたいと思うキャラクターをゲンズブールは魅力的に演じている。

『午前4時にパリの夜は明ける』

シャルロット・ゲンズブールとエマニュエル・ベアールが23年ぶりに共演。
『ブッシュ・ド・ノエル』(99年)で姉妹役を演じて以来。
『午前4時にパリの夜は明ける』(C)2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

父であるセルジュ・ゲンズブールとのデュエット曲が物議を醸す

彼女と同世代で、1980年代半ばのデビュー当時から見続けてきた観客の1人として、ゲンズブールの少女から大人への変遷は感慨深い。

ゲンズブールは1971年、マルチな才能でフランスの音楽界、映画界に君臨したセルジュ・ゲンズブールとイギリス出身の女優ジェーン・バーキンの間に生まれた。いわゆるセレブカップルの両親を持ち、赤ちゃんの時からニュース映像に登場している。

そんな彼女が初めて映画に出演したのは12歳の時。1984年公開の『残火』でカトリーヌ・ドヌーヴ演じる主人公の娘役を演じた。母に勧められて同作のオーディションを受けたという。同作をカナダのモントリオールで撮影中に父に呼ばれてニューヨークに行き、父娘デュエットの「レモン・インセスト」をレコーディングし、こちらも1984年にリリースされた。

両親は1980年に別れていたが、それぞれが得意とする分野で娘の才能を開花させようと意図したのだろう。前者では多忙なシングルマザーと暮らす少女の寂しさをナチュラルに演じ、後者ではセンセーショナルな歌詞や父娘共演のミュージックビデオで物議を醸したが、インターネットもSNSもない当時、スイスの寄宿学校に在籍していたゲンズブールはこの騒動を知らずにいたという。

『なまいきシャルロット』が大ヒット

さらに翌年、主演を務めた『なまいきシャルロット』がヒットし、第11回セザール賞の有望若手女優賞を史上最年少(14歳)で受賞した。授賞式に両親と出席した彼女は名前を呼ばれて登壇すると、感激した面持ちで涙ぐみながらクロード・ミレール監督に感謝を述べるのが精一杯だった。

ゲンズブールは自分について、とてもシャイだと語るが、確かに10代だった彼女はTV番組出演時など、ほとんど聞き取れないほど小さな声でポツリポツリと話していた。だが、心を閉ざしているのかと言えば違う。語るべきものがあれば、それを伝える。ゆっくりと自分のペースと意見を守りながら、誠実に。何事にも動じない、その芯の強さには当時も今も感嘆するばかりだ。

夫との共演作、ハリウッド大作、過激な問題作など幅広く出演

父や母との共演を中心に仕事を続けた彼女が、本格的に俳優を志したのはミレール監督と再び組んだ『小さな泥棒』(88年)以降だという。様々な監督からのオファーに応えて幅広い役を演じ、母の母語である英語の作品への出演も多い。アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督、ショーン・ペンと共演した『21グラム』(03年)、ミシェル・ゴンドリー監督の『恋愛睡眠のすすめ』(06年)、ボブ・ディランの半生を異色のアプローチで描く『アイム・ノット・ゼア』(07年)、真田広之と共演した『最終目的地』(09年)から、近年は『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』(16年)のようなハリウッド大作にも出演している。

1991年に『愛を止めないで』で共演し、パートナーになって三児をもうけたイヴァン・アタルとは、監督と俳優、そして共演者として『僕の妻はシャルロット・ゲンズブール』(01年)などの作品を作り、そこではコメディのセンスも発揮している。

一方で、カンヌ国際映画祭女優賞を受賞したラース・フォン・トリアー監督の『アンチクライスト』(09年)やギャスパー・ノエ監督の『ルクス・エテルナ 永遠の光』(19年)など、大胆な作品で見せる激しさも印象的だ。それはまるで、シャイであることが全てを曝け出すエネルギーに変わる凄まじさだ。

自然体の演技でも魂をむき出しにできる俳優

ただ、自分を曝け出すというのは必ずしも激しい表現に限られたものではないこともゲンズブールは身をもって証明する。『午前4時にパリの夜は明ける』のエリザベートは控えめで、多くの壁に突き当たりながら日々を生きていく。家族との生活を第一に考えつつ、自我を殺し切りはせずに自分と向き合う様子は、過激な行動で示すまでもなく魂がむき出しになり、一人の女性の真実を見る感動を与えるのだ。

『午前4時にパリの夜は明ける』

『午前4時にパリの夜は明ける』 (C)2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

両親を超えたかった過去、ありのままの自分と向き合う今

ゲンズブールによると、『なまいきシャルロット』の脚本ではキャラクター説明に「彼女は時にかなり扱いにくく、時にかなり可愛かった」とあり、それはまさに当時の彼女が自分に感じていたことだという。若い少女の頃、彼女は両親の才能や美しさに気後れ気味だったようだ。だが、今は「私は母より美しくないし、父より書くのが下手。で、そんなことはどうでもいい」と言い切る。「VOGUE FRANCE」(2017年10月)のインタビューで両親を超えたいと思った過去を振り返り、「私には野心がたくさんあったし、そうでなければこの仕事はしていないでしょう。そして今、私はありのままの自分と向き合っています」と語った。

消え入りそうな声で話していた少女は成長し、今ではインタビューにもリラックスした表情で応じ、自らについて家族について率直に語る。30代から音楽活動を再開し、近年は自らMVを監督し、成長した子どもたちも出演している。芸術的家族の系譜は続いていくようだ。今夏には、母の日本ツアーに同行した映像を中心とした監督作のドキュメンタリー『ジェーンとシャルロット』(21年)の日本公開が予定されている。(文:冨永由紀/映画ライター)

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『午前4時にパリの夜は明ける』は4月21日より全国順次公開中。