【週末シネマ】見た目は美しく中身は真っ黒──市川海老蔵が表現する色悪の美学

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『喰女−クイメ−』
(C) 2014「喰女−クイメ−」製作委員会
『喰女−クイメ−』
(C) 2014「喰女−クイメ−」製作委員会

『喰女−クイメ−』

歌舞伎役者の市川海老蔵が企画・主演、三池崇史が監督を務める『喰女−クイメ−』は、歌舞伎をはじめとする舞台や映画、ドラマで繰り返し描かれてきた「東海道四谷怪談」をベースにしたサスペンスホラー。舞台「真四谷怪談」に主演する、実生活でも恋人同士の俳優2人を主人公に、「四谷怪談」の物語にそのまま取り憑かれ虚実曖昧な世界に引き込まれる恐怖を描く。

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海老蔵が演じるのは、柴咲コウが演じるスター女優・美雪を恋人に持つ俳優・浩介。彼は舞台で主人公の伊右衛門役に抜擢されるが、この配役は相手役の岩を演じるのが美雪だから実現したようなもの。だが稽古が進んでいくなか、浩介は共演する若手女優と浮気を重ね、しまいには結婚を迫られる。これは浪人に身をやつした伊右衛門を支え続けた挙げ句、伊右衛門が旗本の娘・梅の婿になろうとする「四谷怪談」と同じ展開だ。

本作の企画は、海老蔵自身が歌舞伎でも演じている「東海道四谷怪談」を古典に興味のない現代の観客に伝えたいという思いから始まったという。伊右衛門は歌舞伎では「色悪」に分類される。外見は美しいが、性根は非道な悪人だ。こういう男は時代を問わずどこにでもいるものだが、悪ゆえの美しさというのはなかなか表現するのが難しい。海老蔵は浩介として、また劇中劇で演じる伊右衛門として、歌舞伎で培った色悪の美学を表現しようと奮闘する。

一見、大人気のブログで見せている普段着姿そのままなのに、はじける笑顔とは正反対の真っ黒に悪い男。役者は日常を見せ過ぎると何を演じても素と比較されて損だとも言うが、それを逆手にとったアプローチが功を奏したようだ。柴咲は、愛する男に尽くしながら疎まれ、ないがしろにされる岩と気持ちをシンクロさせ、生霊のようになっていく美雪を熱演。三池監督も、傑作『オーディション』を彷彿させる冷たい恐怖を描き出す。

大きな見どころは劇中劇の「真四谷怪談」。94分という上映時間のかなりの部分を割いているが、美しく作り込まれた舞台装置、衣裳、そして俳優たちの名演で、これだけでもう1本作品を完成してもらいたいと思える出来映えだ。

それにしても、色悪というコンセプトはなかなか手強い。原典の伊右衛門は「首が飛んでも動いてみせるわ」と居直るが、果たして現代に生きる浩介はどうなのか。21世紀における色悪とは? その辺りの解釈も見て取れるのが面白い。(文:冨永由紀/映画ライター)

『喰女−クイメ−』は8月23日より全国公開中。

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