『嘆きのピエタ』キム・ギドク監督インタビュー

韓国映画界の異端児が放つ、拝金主義社会への警告

#キム・ギドク

母親という存在が息子にどんな影響を与えるのか関心を持っていた

第69回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した『嘆きのピエタ』(12年)は、韓国映画界の異端児キム・ギドク監督が放つ慟哭のサスペンスドラマだ。

捨て子として育った天涯孤独の男、冷酷無比な借金取りとして生きる彼の前に、突如、母親だと名乗る謎の女が現れたことから話は展開。“母”から注がれる無償の愛に触れ、次第に人間の心を取り戻していく男の姿と、彼を待ち受ける衝撃の真実を描き出していく。

貧しさのなかに生まれ育ち、教育は小学校程度まで。工場労働者、路上画家を経て映画監督となったキム・ギドク。『アリラン』(11年)でカンヌ国際映画祭「ある視点部門」最優秀作品賞、『サマリア』(04年)でベルリン国際映画祭銀熊賞、『うつせみ』(04年)でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞、本作でも韓国映画初となる金獅子賞を受賞し、世界3大映画祭を制覇した鬼才に話を聞いた。

──タイトルの「ピエタ」は、死んだキリストを抱きしめるマリアの彫像や絵画のことですが、このタイトルにした理由は?

監督:以前、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂にあるピエタ像(ミケランジェロ作)を実際に見て、インスピレーションを得ました。当時私は、母親という存在が、息子にどんな影響を与えるのかということに関心を持っていたのです。

──母性の象徴として使ったんですね。

監督:ええ。この物語の構想を練っていたときに、暴力団の人たちの母親を題材にしてみたらどうかと考えていました。この社会には本当に残忍で残酷な人が多いじゃないですか。日本のやくざのように、韓国にも組織暴力団があるんです。この世界には、人を傷つける人たちが沢山いて、「暴力は悪だ」と彼らに悟らせるにはどうすればいいのか……。そこで思いついたのが母親の物語だったんです。また、ピエタ像の「慈悲を施したまえ」というメッセージが、現代の拝金主義のなかに生きる我々全てに当てはまる気がして、今こそそのメッセージで映画を作るときだと感じました。

現代社会は、お金や名誉などを巡って多くの人が傷ついている
キム・ギドク監督

──アーティスティックな作品の多いギドク監督ですが、本作は珍しくエンターテインメント色が強いように感じました。なぜですか?

監督:よくそう言われますが、自分では特に意図していませんでした。今回の映画で強調したかったのは、現代社会が資本主義によって色々な問題を抱えているということなのです。それは韓国に限らず日本もそうですし、ヨーロッパも例外ではなく、資本主義体制による様々な問題がありますよね。その問題が、今や他人事ではなく自分のことになっていたり、身近なものになっていると思うのです。
 そのため、『嘆きのピエタ』は普遍性を持っていると感じられたのかもしれませんね。

──今回の映画の舞台である街、清渓川(チョンゲチョン)のロケーションが素晴らしかったです。

監督:今は周辺が開発されて高層ビルが建っているので目立たないのですが、清渓川はソウル市のど真ん中にあるんです。韓国でのIT産業の象徴であり 機械産業のメッカと言われていた場所です。いろんな機械のサンプルなども売られていて秋葉原みたいな感じですかね。でももうすぐ無くなってしまうのです。私も若い頃にここの工場地区で働いていたこともありましたし、子どもの頃の思い出も詰まっている場所なんです。韓国の歴史においては産業の発展を象徴するような街でもありますし、今回の映画で撮っておきたいと思いました。

キム・ギドク監督

──撮影期間が11日間と聞き、短さに驚きました。

監督:私は撮影に入る前、いつも撮影場所の近くの安モーテルに10日間ほど泊まり込んで色々な思索をめぐらし、どんな風にこの空間を使ったらいいのかといったことを考えます。そのときはスタッフは連れて行かず、1人で行って深く考えるのです。なので、撮影期間は短いのですが、そういった準備の時間は長くとっています。

──最後に日本のファンにメッセージをお願いします。

監督:この映画の冒頭では残忍なシーンが出てくるので、見るのが辛いかもしれませんが、最後まで見てもらえれば、メッセージを感じ取ってもらえると思います。
 現代社会は、お金や名誉などを巡って多くの人が傷ついている社会だと思います。そんな現代社会のなかで、小さいながらも、人間と人間、そして家族と家族が幸せに暮らせるといいなということを夢見て撮った映画ですので、その点を感じ取ってもらえると嬉しいです。

キム・ギドク
キム・ギドク
Kim Ki-duk

1960年12月20日生まれ。韓国の慶尚北道・奉化郡に生まれる。暮らしは貧しく、9歳でソウル近郊の一山に転居。小学校卒業後、職業訓練校や工場労働者、軍隊を経て30歳のときに単身渡仏。路上画家として暮らしていたときに『羊たちの沈黙』(90年)、『ポンヌフの恋人』(91年)で初めて映画に出会い衝撃を受け、映画の世界へと飛び込む。帰国後、脚本制作に取り組み「画家と死刑囚」で93年映像作家教育院創作大賞受賞、95年に「無断横断」で映画振興公社脚本公募大賞を受賞。その後、映画会社の専属脚本家を経て96年に『鰐(ワニ)』で監督デビュー。その後も多くの作品を監督するが、ストーリーの暴力性などから韓国映画界で物議を醸し批判にさらされる。一方、世界の映画祭では高い評価を得て、『サマリア』(04年)でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞、『うつせみ』(04年)でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞、セルフドキュメンタリー『アリラン』(11年)でカンヌ国際映画祭「ある視点部門」最優秀作品賞を受賞し、世界3大映画祭を制覇。『嘆きのピエタ』(12年)は韓国映画初となるヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞に輝き、韓国での興行成績も好調だったが、大作がスクリーンを占有し続ける韓国映画界の現状を批判したギドク監督は、自ら国内の上映を4週間で打ち切った。

キム・ギドク
嘆きのピエタ
2013年6月15日よりBunkamura ル・シネマほかにて全国順次公開
[監督]キム・ギドク
[出演]チョ・ミンス、イ・ジョンジン
[英題]PIETA
[DATA]2012年/韓国/クレストインターナショナル/104分

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