稲垣吾郎の自在な魅力が作り出す、手塚治虫原作『ばるぼら』の世界

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ばるぼら
『ばるぼら』
(C)2019『ばるぼら』製作委員会
ばるぼら
稲垣吾郎と二階堂ふみ
『ばるぼら』公式読本
『ばるぼら』メイキング写真

“異常性欲に悩む人気作家”に説得力を持たせる稲垣のスマートさ

手塚治虫が1973年に発表した『ばるぼら』は、人気作家の美倉洋介が偶然出会った酔いどれの少女“ばるぼら”に導かれて、不可思議な世界に足を踏み入れていく物語。手塚の息子で、『白痴』『ブラックキス』などを手がけた手塚眞が、稲垣吾郎二階堂ふみを主演に迎えて映画化すると聞いたとき、その絶妙な配役のセンスに唸った。想像力を掻き立てられると同時に、絶対にこちらが思い描いた以上のものになるはず。完成作はそんな期待に応える仕上がりだった。

・「新しい地図」稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾が映像作品で本領発揮

二階堂が演じるタイトルロールのミステリアスな少女は、髪色や服装なども原作漫画から抜け出してきたようだが、稲垣の美倉の外見はさほど原作には寄せていない。細身のスーツが似合う映画版の美倉は、一見スマートな人気作家、だが内面には異常性を抱えているという美倉のキャラクターに説得力をもたらす。

耽美派の人気小説家として名声を得ながら、創造の苦しみや異常性欲に悩む美倉には、芸術を追求する心と世間体を完全には捨てきれない俗っぽさが混在する。人気者の自信と迷い、幻惑されて高みへと上昇してはまた堕ちていく美倉の彷徨に嘘を感じないのは、稲垣の演技に依るところが大きい。

著名人としての稲垣吾郎というと、インテリで洗練されている、というイメージがまず浮かぶが、俳優としては極悪非情の悪役からシリアスな主人公、コミカルな二枚目半、そして平凡なお父さんまで、役どころを選ばずに幅広く、どんな設定にもスッと収まる。今回の美倉の場合、端正な存在の美しさはもちろん、創造者としての居方が自然。読書家として知られる彼がTV番組「ゴロウ・デラックス」などで作家たちと対話を重ねてきた経験も活きているはずだ。

『ばるぼら』メイキング写真

クリストファー・ドイルの映像美で魅せる作家とミューズの関係

この世のものなのか現実か幻なのかも定かではない“ばるぼら”に魅了され、同時に彼女を魅了してもいるのが美倉だ。ミューズを虜にする、才能という目に見えない魅力をどう表現するのか。稲垣はそのハードルを難なく飛び越える。芸術家とミューズの関係は、ともすると芸術家がインスピレーションを求める一方的なものに捉えがちだが、本来、両者は相思相愛であることを改めて思い出させる。

『欲望の翼』や『花様年華』などウォン・カーウァイ監督作で知られるクリストファー・ドイルの映像は、頽廃に満ちてエロティックかと思えば、無機質な冷たさも見せ、自然の風景にはアミニズムも感じさせる。その変化に合わせて、美倉とばるぼらが変わっていくのが見事だ。

手塚治虫原作の舞台主演から20年、変幻自在な俳優に成長

稲垣は2000年に舞台で手塚治虫原作の「七色インコ」に主演している。どんな役も変幻自在の舞台俳優にして泥棒という主人公を演じるのを見た当時にも感じたが、彼の佇まいは手塚作品の世界との相性がいい。日常の中で不意に現れる異世界に、戸惑いながらも溺れるように浸って同化していく主人公。現実とファンタジーが回転扉のように入れ替わりを繰り返す、おとぎ話のような空間に生身で存在しても何ら違和感がない。

20代の青年だったあの頃より、歳を重ねて自在さが増した今の彼こそが“七色インコ”。美的センスにどことなく共通する何かを感じさせる手塚眞とのコラボレーションで、オリジナルをなぞるだけではない、映画の『ばるぼら』の世界を作っている。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ばるぼら』は、2020年11月20日より公開中