アメフトの選手生命が断たれた後に演技の道へ、大役が続く大物2世俳優

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『ザ・クリエイター/創造者』
『ザ・クリエイター/創造者』で主人公を演じるジョン・デヴィッド・ワシントン
(C) 2023 20th Century Studios

『ザ・クリエイター/創造者』
『ザ・クリエイター/創造者』
『ザ・クリエイター/創造者』日本版ポスター
『ブラック・クランズマン』
テネット

『ザ・クリエイター/創造者』主演のジョン・デヴィッド・ワシントン

【この俳優に注目】今月20日から公開のSFアクション『ザ・クリエイター/創造者』で、人類の未来を託された元特殊部隊の主人公を演じるジョン・デヴィッド・ワシントン。スパイク・リー、クリストファー・ノーラン、デヴィッド・O・ラッセルといったアカデミー賞受賞監督の作品で次々と主演や重要な役を演じ、輝かしいフィルモグラフィーを構築しているが、実はプロの俳優としてのキャリアはまだ10年に満たない。

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“デンゼルの息子”であることの葛藤を経て

彼を紹介するうえで避けられない事実として最初に出てくるのは“デンゼル・ワシントンの息子”という生い立ちだ。ジョン・デヴィッドは、オスカー2冠(主演男優賞、助演男優賞受賞)でアメリカを代表する名優の父と、俳優・歌手のポーレッタ・ワシントンの第1子として1984年に誕生した。

幼少期に父の主演作『マルコムX』(1992年)などに端役で出演したことはあったが、学生時代はスポーツに打ち込み、アフリカ系男子学生中心の名門モアハウス大学卒業後はアメリカンフットボールのプロ選手として活躍していた。だが、2013年に大きな転機が訪れる。所属していたリーグ(UFL)の解散と彼自身のアキレス腱断裂という大怪我が重なり、フットボール選手生命が断たれてしまったのだ。そして彼は一度封印したかつての夢を追うことを決意する。

父の撮影現場や出演舞台の稽古を見て育ち、心の中に密かに演技への興味は芽生えていたが、そこには大きな葛藤があった。

「母は非常に才能あるアーティストで、父は史上最高の1人であり、僕の大好きな俳優。それは脅威だった」と彼は米CBSのTV番組で、一度は両親と異なるキャリアを選んだ理由を語っている。

何をしても“デンゼルの息子”としか見てもらえない状況から少しでも離れ、自分の実力を認められたい一心で得意なアメフトに活路を見出したものの、再び新たな道を探さなければならなくなった時、またしても本当にやりたいことを避けたら「一生後悔する」と思ったという。

アメフト界を描いたドラマのオーディションに出合えた幸運

その時、ドウェイン・ジョンソン主演でアメフトのプロリーグが舞台のTVシリーズ『ballers /ボーラーズ』(U-NEXTで配信中)で現役選手役の公開オーディションが行われていたという偶然は、まさにジョン・デヴィッド・ワシントンが俳優になることを運命づけられていた証しだろう。家族の友人であるエージェントから来た話だが、彼は10回以上のオーディションを経て役を得るまで、父には俳優になろうとしていることを黙っていた。

本格的に演技を学ぶ暇もなく撮影に臨むことになったが、デビュー作から自然に演じる姿には父親譲りの才能とスターになるに相応しい度胸を感じる。2015年から始まった同シリーズには2019年のファイナルシーズンまで全話出演した。

『ブラック・クランズマン』や『TENET テネット』に主演

撮影と並行で演技レッスンを受けてスキルを磨き、やがて『マルコムX』の監督であり、ジョン・デヴィッドを誕生時から知るスパイク・リーが『ブラック・クランズマン』(2018年)の主人公に彼を抜擢する。1970年代、ユダヤ系の相棒と組んで白人至上主義団体KKKに潜入捜査した実在の警察官を演じ、ゴールデン・グローブ賞や映画俳優組合(SAG)賞にノミネートされた。

続いて、パンデミックの影響で公開延期が繰り返され、映画館営業再開後の最初の大作となったクリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』(2020年)、1930年代の政治陰謀事件の実話に着想を得たデヴィッド・O・ラッセル監督の『アムステルダム』(2022年)に主演した。

『ブラック・クランズマン』のジョン・デヴィッド・ワシントン(右)
(C)2018 FOCUS FEATURES LLC, ALL RIGHTS RESERVED.
『ブラック・クランズマン』のジョン・デヴィッド・ワシントン(右)
(C)2018 FOCUS FEATURES LLC, ALL RIGHTS RESERVED.

親の七光りのその先は本人の実力

作品のジャンルも演じる役柄も幅広い。ブレイク直後にパンデミックというエンターテインメント業界にとって未曾有の危機に見舞われたが、2020年夏にはゼンデイヤと2人芝居の『マルコム&マリー』(2021年/Netflix)を極秘裏に撮影し、同作では製作も兼任した。

ハリウッドでは近年、2世俳優やミュージシャンを“ネポ(ネポティズム:縁故主義の略)・ベビー”と呼んで揶揄する風潮がある。ジョン・デヴィッドも確かにスタート地点に立てたのは親の七光りあってのことだ。だが、そこから先は実力がなければ、単なる“有名人の子ども”では切り捨てられるだけ。ジョン・デヴィッド・ワシントンのキャリアがわずか数年で大きく飛躍したのは、彼が本物だからだ。

父の面影を感じさせない、自らの個性に合う作品を選び続けているのも成功の一因ではないだろうか。太陽のようなカリスマ性を持つのがデンゼルなら、ジョン・デヴィッドには月の静けさを感じる。ミステリアスで、少しメランコリック。『TENET テネット』の名前すらない主人公のように、決して目立つ存在ではないが、大きなうねりに巻き込まれる中で潜在的な能力を発揮し、世界を変えるような大ごとさえもやってのける。

『TENET テネット』のジョン・デヴィッド・ワシントン(左)
(C)2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved
『TENET テネット』のジョン・デヴィッド・ワシントン(左)
(C)2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved

そして恋が似合う。前述の『マルコム&マリー』、坂本龍一が音楽を担当した『ベケット』(21年/Netflix)ではアリシア・ヴィカンデル、『アムステルダム』(22年)ではマーゴット・ロビー、そして『ザ・クリエイター/創造者』ではジェンマ・チャンを相手に、愛し愛される男をロマンティックに演じている。

キャリア第1章の集大成になりそうな『ザ・クリエイター/創造者』

ジョン・デヴィッドの俳優としての第1章の集大成になりそうなのが『ザ・クリエイター/創造者』だ。ディストピアとなった近未来の世界“ニューアジア”で人類存亡の危機に立ち向かう主人公ジョシュアは超進化型AIの少女アルフィーと心を通わせ、逃避行を繰り広げる。アルフィーを演じる9歳のマデリン・ユナ・ヴォイルズとのコンビは、微かに父デンゼルがダコタ・ファニングと共演した『マイ・ボディガード』(2004年)を思わせる微笑ましさと切なさがある。

昨秋は家族ぐるみで交流しているサミュエル・L・ジャクソン夫妻による舞台「The Piano Lesson」(ラターニャ・リチャードソン・ジャクソン演出、サミュエル主演)でブロードウェイ・デビューも果たした。同作はジョン・デヴィッドの弟マルコムの映画監督デビュー作として、サミュエル、ジョン・デヴィッドをはじめ舞台版とほぼ同キャストで撮影され、Netflixで配信を予定している。

始まったばかりのキャリアがこの先どう広がっていくのか、常に次の作品が楽しみな俳優だ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ザ・クリエイター/創造者』は、2023年10月20日より公開。

『ザ・クリエイター/創造者』日本版ポスター
『ザ・クリエイター/創造者』日本版ポスター

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