魔のグルーミング男、手懐けるのはお手のもの~『サバイビング・ピカソ』~

#サバイビング・ピカソ#どこまでもダメな人

どこまでもダメな人『サバイビング・ピカソ』

あり余る才能で獲物をおびきよせたあとは…

【どこまでもダメな人】若くしてアートで大成功! 作品も彼自身も、すべてがおしゃれ。いちばんイケてる芸術家として、識者たちも揃って大絶賛の時の人。毎夜のように繰り広げられるアート談義には、有名人がこぞってやってくる。華やかな私生活はみんなの羨望の的。世界中からバイヤーがやってくるけど、会ってもらえるかは彼の気分次第。気まぐれなところもアーティストらしいと、彼の価値を上げるばかり。

一方で、女癖が悪く、女性をとっかえひっかえして遊んでいるという、アーティストらしい悪評も。

彼と付き合った女性は揃って不幸に。しかも、別れてもみんな彼を慕って離れない。果ては彼に感謝している女性まで。

【どこまでもダメな人】「もうしません」と言いつつ反省しない男たち~『ハングオーバー』シリーズ~

もしも、こんなタイプのカリスマアーティストと会えることになったらどうしますか?
さらに、彼に交際を申し込まれたら?
あなたも彼の作品の大ファンだとしたら?
彼について行く? 行かない?

これ、『サバイビング・ピカソ』(1996年)で描かれた、あのパブロ・ピカソのことなんです。女泣かせのアーティストの話は古今東西、数多くころがっていますが、ピカソのひどさは群を抜いていたようです。

22歳の若き画家フランソワーズ・ジローは、うっきうきで彼と会うことを選びます。もうここで母親目線になってしまうライター(筆者)。「やめとけ! やめとけ!」と心で叫びますが当然届きません。まともな親友は「ピカソ、ヤバいんじゃね?」と引き留めますが、かまわずピカソの元へ。

そのときの彼女の考えはこんな感じ(予想)。
○目つきとか手つきがキモかったやばそうー。でもエロくてドッキドキー。
○彼のアートから学びたい。近くで創作の一部始終を見てみたい。そして私の創作の養分に…。
○私は賢くって才能もあるから彼と対等でいられる。大丈夫。
○パパに無理やり入学させられた法律の学校を辞めたい。ついでにパパからも逃げ出したいからナイスタイミング!

フランソワーズはまんまと愛人に。この時ピカソは御歳61歳。じじいではないですか(怒)。
アートアートうるさいくせに、年寄りの年次も威厳も大きな懐も全く見当たらないピカソ。
なのに魅力だけはギラギラして眩しく、あそこへ行こう何をしようと忙しい。相手に考える暇を与えません。うまいなあ。

ピカソにとって女性とは、自分の居場所を確認するための羅針盤

恋の終わり。フランソワーズはピカソの力でアート界からも追放されてしまいました。あとに残るのは、養分を吸い取られたスッカスカな中年女でした。残酷!(※1)

他人に心があることがわからない。さらに、才能がある女と付き合っては、才能をこき下ろす。自信を失くさせて支配して、自分の立ち位置が上なことに安心する。彼にとって女性は、まるで生きた羅針盤のようです。

自分だけは乗りこなせる! 大丈夫! という人をたまに見ますが、本当に危険極まりない考えですので、やめておきましょう。乗りこなせたところでご褒美はありません。脇役に納まるだけです。

こういう人を現代ではエナジーバンパイヤと呼んだりもしますね。ちなみに、ピカソは身の回りの世話をさせて子どもまで産ませておきながら、生活費は払いません。ケチな人は愛情もケチります。(普段シブチンでもいざというときに出す人なら大丈夫。額の問題ではないのです。)

夢中にさせてから全体重で寄りかかる有名人

ひとつだけ同情できる点があるとすると、芸術家ゆえの孤独な悩みが彼にもあったこと。「まともなものをつくると失望される」とつぶやくシーンがあることからも、彼の苦悩が伝わります。芸術家といえどもサービス業のようなもの。彼のようなビッグネームでもお客様のニーズに応える必要があったとは驚きです。

ほかにも彼は、女性が変わるたびに作風も変わることで有名でした。女性を自分の中に取り込んで、出力。恋愛することが彼の創作の活力になっていたことは明白です。残念なのは、女性蔑視だったこと。ともに歩める人がいたはずなのに、養分にすることでしか愛情を示せなかった。

別れても心が離れられないのは、才能とか魅力とか以前に「口の旨さと特別扱い」が原因ではないかと推察します。女性は「自分を誰よりも理解してくれている」と激しく勘違い。まわりにもマウンティングできる。ピカソにとっては芸術家が欲しい言葉なんてお見通しのはずです。簡単ですよね。

「彼有名人でー、私よりも知識が豊富でー、お金持ちでー、私の才能を伸ばそうとしてくれてー」なんて、娘さんが言い出したら超危険なので止めましょう! 肥大するエゴをうまくなだめながら、作品に昇華させていくことが芸術家の日常だとしたら、そんなヒマは皆無です。逆に全体重で寄りかかってきそうです。彼のマネージャーがいいところでは。

しかし、恋する乙女(中高年も)はその辺を軽くすっ飛ばしていくので困ったものです。

ちなみに、私は「聞いてないことを教えてやるぞ男」が嫌いなので、そういうタイプのビッグネームは寄っても来ません……。

(※1)その後のフランソワーズ・ジローですが、画家として大成していますのでご安心を。100歳を超えてなお創作に励むパワフルおばあちゃんとしてアート界に君臨しています。その他大勢のピカソの愛人たちのその後を見れば一目瞭然ですが、ダメ男を切るか切らないかでこんなに差が出るものなんですね……。深いです。

(文・イラスト:逸見チエコ/作家)

INTERVIEW