衝撃事件をもとにしたアカデミー賞有力作、事件の背景を知る日本人が裏側を語った

殺害されたデイヴ・シュルツ氏と肩を組む太田章教授
提供:太田章
殺害されたデイヴ・シュルツ氏と肩を組む太田章教授
提供:太田章

大富豪の御曹司がレスリングの金メダリストを射殺し、全米を震撼させた事件をもとにした問題作『フォックスキャッチャー』。22日(現地時間)に行われる第87回アカデミー賞で、監督賞、主演男優賞など5部門にノミネートされている話題作だが、劇中に登場する日本人レスラーのモデルとなった人物が、映画について、衝撃的な事件の裏側について語った。

[動画]『フォックスキャッチャー』予告編

まずは事件のあらましから説明しよう。事件が起きたのは1996年1月26日。世界的な化学メーカーであるデュポン社の創業者一族の御曹司ジョンが、レスリングの金メダリストだったデイヴ・シュルツを射殺したのだ。変わり者として知られた大富豪と優秀なアスリートの間には、いかなる確執があったのか?

映画に登場する日本人レスラーのモデルとなったのは、早稲田大学スポーツ科学部の太田章教授。レスリング選手として活躍し、ロサンゼルス五輪、ソウル五輪で共に90キロ級で銀メダルに輝いている。

被害者となったデイヴとの出会いは1978年。「1978年3月のワールドカップに、共に選手として出場しました。試合が終わるとデイヴは面白いやつなので、日本チームの打ち上げに来て一緒に話し、一生懸命片言で日本語を覚えようとするデイヴと僕は仲良くなりました」。

日本人レスラーの登場シーンについては、「3位決定戦でデイヴが日本人と対戦して勝利するシーンがあるのですが、(厳密には劇中の試合とは違うが)僕が82年の世界選手権でデイヴに負けた時と同じ負け方で、『あれは俺だなぁ……』と1人にんまり笑って見ていたんです」と振り返る。

映画では大富豪デュポン家の驚きの暮らしぶりが描かれているが、太田教授は事件が起こる5年前に映画の舞台となる場所を訪れている。そこはとんでもなく広い敷地で、入り口からデュポンの家までは10〜15分くらい、また入り口からデイヴの家までもしばらくかかるほど。道中には広大な庭や農場が広がり、使用人もたくさんいたという。またデイヴがいた大きな家は20〜30くらいの綺麗に改装された部屋がたくさんある築200年の建物で、その客室の1つに太田教授は滞在した。劇中のデュポン邸は決して誇張描写ではないのだ。

「一度、デイヴの家に行った時、日本から友だちが来たと僕を紹介して、ジョン・デュポン本人と握手をしたことがあります。すごく冷たく細くフニャッとした手だったことと、目も見ないで握手をされたことを覚えています。やはりこの人は人の目を見て話せない人なんだなと思いました。ちょっと嫌な思いをした記憶があります」

事件の背景に横たわるのは、レスリング選手の厳しい経済状況だ。

「アメリカの選手たちが厳しいのは、シーズンスポーツのたった春夏何ヵ月間の子ども向けレスリングコーチのアルバイトだけでは食べていけないことです。そういう状況に対して理解を示してくれる人=ジョン・デュポンの存在はレスリング協会の中ですごく大きかったと思います。大富豪が毎年5000万円というとんでもない大金をレスリング協会に寄付し、そして突然レスリングチームを作り、優秀な選手を全部自分の広大な土地にある家に招く。おかげで選手たちはお金もちゃんともらえて安定した生活を送れ、レスリングにも集中できる。良い選手に環境を与えるという意味ではジョン・デュポンの貢献は世の中にとってかなり高かったと思うんです」

映画について尋ねると、「自分の中でジョン・デュポンは悪で、デイヴを撃ち殺した敵のような意識はどこかにありました」と話してから、鑑賞後の意識の変化に言及。「お金さえあれば何でも自由になるという意識があったのだろうと思っていたのですが、やはりそのジョンにも苦しさが滲み出ていて、お金はあるけれど幸せじゃない、お母さんに自分の存在を知らせ、理解してもらいたい一心でやれもしないレスリングを年老いてからやろうと思い、大金を捧げたのだろうと思うと、ジョンが惨めでかわいそうになりました。そんな人に巡り会ってしまったデイヴたちの不運もあるかもしれませんが、なぜそういう事件を起こしてしまったかの背景が少しずつ分かってきたんです」と、大富豪の悲しい背景に理解を示した。

『フォックスキャッチャー』は新宿ピカデリーほかにて全国公開中。

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