倍賞千恵子が『PLAN 75』に捧げた情熱と献身、長いキャリアが物語るオープンな心

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倍賞千恵子
倍賞千恵子(撮影:小川拓洋)
倍賞千恵子
倍賞千恵子

主演作『PLAN 75』がカンヌ国際映画祭でカメラドール特別賞など高評価

【名優たちの軌跡】今年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、早川千絵監督が新人監督賞にあたるカメラ・ドールで特別表彰された『PLAN 75』。少子高齢化が進み、75歳以上に自らの生死を選択できる権利を認める制度が施行される近未来が舞台の物語で、家族もなく一人住まいの78歳の主人公・角谷ミチを演じるのが倍賞千恵子だ。

高齢の今も働きながら、ミチは日常のささやかな幸せを大切に、他者に迷惑をかけないように慎ましく暮らしている。日本社会で彼女に共感する人々は多いだろう。

『PLAN 75』早川千絵監督×倍賞千恵子インタビュー

『男はつらいよ』シリーズで渥美清が演じる主人公・車寅次郎の妹・さくら役として長年親しまれる倍賞は、1960年代から“庶民派女優”と呼ばれ、勤勉で気立てのいい女性像を数多く演じてきた。ミチは、そんな女性たちが歳を重ねた姿にも思える。倍賞千恵子という俳優が演じているからこそ、高齢を理由に突然解雇され、追い詰められるミチの境遇がリアルに迫ってくるのだ。

PLAN75

『PLAN 75』
(C)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

13歳で歌手デビュー、『男はつらいよ』シリーズに出演

60年以上になる倍賞のキャリアの始まりは、歌だった。幼少期から「のど自慢」で活躍し、13歳だった1954年に歌手デビューしている。その後、松竹音楽舞踊学校に進学し、1960年に首席で卒業後、SKDに入団。翌年、松竹映画にスカウトされて歌劇団を退団し、映画での活躍が始まる。1963年、改めて歌手デビューした際のヒット曲「下町の太陽」を映画化した同名映画で山田洋次監督と初めて組んだ。

山田監督作品には、昭和・平成・令和と通算50作続いた『男はつらいよ』シリーズをはじめ、60本以上に出演し、主演やヒロイン役も多い。シリーズの合間を縫って作られた『家族』(70年)や『故郷』(72年)で演じた民子というヒロイン像(同名だが、別キャラクター)にも、ミチに通じるひたむきさを感じる。

庶民派女優と呼ばれたが、イメージに囚われずに多彩な役に挑戦

庶民派と呼ばれた倍賞が演じたのは、健気で明るい女性像ばかりではない。

山田がミステリーに挑んだ松本清張原作の『霧の旗』(65年)、構成に山田が加わった加藤泰監督の問題作『みな殺しの霊歌』(68年)などで、社会の片隅で必死に生きる者の怒りや悲劇を演じている。前者は兄の冤罪をはらそうとするも叶わず復讐に燃える主人公、後者では佐藤允が演じる逃亡中の殺人犯と出会う女性役。彼女には人でなしの兄がいたという設定だ。この両作における兄妹関係を明るく転化させたのが『男はつらいよ』とも取れる。

ちなみに『みな殺しの霊歌』のラストシーンは、加藤監督の要望により、倍賞と佐藤が2人で意見を出し合って決めたものだという。

『幸福の黄色いハンカチ』(77年)、『遥かなる山の呼び声』(80年)、『駅 STATION』(81年)の3作では高倉健と共演。前2作は山田監督、『駅?』は降旗康男監督作だが、奇しくも3作とも北海道が舞台だ。倍賞本人も北海道に縁が深く、1年の1/3ほどを過ごすという。

倍賞千恵子

『男はつらいよ お帰り 寅さん』プレミア試写会に出席した倍賞千恵子(2019年12月19日)

『男はつらいよ』シリーズが続いた間、他の作品に出演する機会は限られていたが、実妹の倍賞美津子と共演した『離婚しない女』(86年)や、山田太一が脚本を手がけた中年男女の友情を描くNHKのドラマ人間模様『友だち』(87年)など、“さくら”のイメージに囚われずに様々な女性像を演じた。

『PLAN 75』では初の長編映画に挑む早川監督の支えに

1996年に渥美清が亡くなり、音楽活動中心の時期を経て、映画では2004年に山田監督の『隠し剣 鬼の爪』と宮崎駿監督の『ハウルの動く城』に出演、後者では主人公のソフィーの声を務め、主題歌「世界の約束」も歌った。

その後、映画では塩田明彦監督(『この胸いっぱいの愛を』/05年)、阪本順治監督(『座頭市 THE LAST』/10年)、中国のジャン・チンミン監督(日中合作『東京に来たばかり』/12年)など、俊英監督たちと幅広いジャンルの作品に出演し続けている。

新しい才能との出会いにオープンで、それが今回の『PLAN 75』への主演へとつながった。早川監督と2人でインタビューに応じた際、監督は初の長編映画の撮影で迷いそうになった時に倍賞の的確なアドバイスに助けられたと語っていた。監督の話を聞いた本人がしきりに恐縮していたのが印象深い。長いキャリアで培った経験を惜しみなく提供し、相手が新人であっても監督として信頼し尊重する。関わる作品への情熱と献身が伝わった。

『PLAN 75』

『PLAN 75』
(C)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

老い題材にした『Arc アーク』と『PLAN 75』で見せた境地

昨年出演した石川慶監督の『Arcアーク』(21年)では、人類史上初めて不老不死になった女性リナを演じた。リナは135歳になった頃、自ら死を選ぶ決断をして老いていく。近未来を舞台にした『Arc アーク』のリナと『PLAN 75』のミチ。両作ともに、倍賞が宙に手をかざす場面がある。その仕草1つが生命の尊さそのものなのだ。異なる境遇の2人のどちらも、彼女でなければ演じられない。

先日の取材で彼女は「みんな、いつかどこかで死ぬ。だったら、そこまでをどんなふうに生きるかということ」と語った。それは倍賞千恵子という人にも、彼女が演じてきた女性たちにも共通する美しさだ。(文:冨永由紀/ライター)

『PLAN 75』は6月17日より全国公開中。

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