とある映画によって破壊された「世界で一番美しい少年」の人生…その裏に見えた大人の欲望と生い立ちの秘密

#クリスティーナ・リンドストロム#クリスティアン・ペトリ#ビョルン・アンドレセン#ベニスに死す#ミッドサマー#ルキノ・ヴィスコンティ#世界で一番美しい少年

世界で一番美しい少年/サブ2

“世界で一番美しい少年”と呼ばれその後の人生を運命づけられてしまったひとりの人間の栄光と破滅、そして心の再生への道のりを映しだした衝撃のドキュメンタリー『世界で一番美しい少年』が1217日より公開。ムビコレでは、クリスティーナ・リンドストロム監督とクリスティアン・ペトリ監督のインタビューを掲載中だ。

・『世界で一番美しい少年』クリスティーナ・リンドストロム監督&クリスティアン・ペトリ監督 インタビュー

1人の人生を破壊した映画、そして家族の秘密の物語

“世界で一番美しい少年”と称賛され、一大センセーションを巻き起こした少年がいた。巨匠ルキノ・ヴィスコンティに見出され、映画『ベニスに死す』(71年)に出演したビョルン・アンドレセン。来日時には詰めかけたファンたちの熱狂で迎えられ、日本のカルチャーに大きな影響を及ぼした。だが彼の瞳には、憂いと怖れ、生い立ちの秘密が隠されていた。そして50年後。伝説のアイコンは、『ミッドサマー』(19年)の老人ダン役となって私たちの前に現れ、話題となる。彼の人生に何があったのか。今、ビョルンは、熱狂のあの頃に訪れた東京、パリ、ベニスへ向かう。それは、ノスタルジックにして残酷な、自らの栄光と破滅の軌跡をたどる旅――。

本作の監督を務めたのは、ドキュメンタリー映画監督だけでなく、ジャーナリストなど幅広い顔を持つリンドストロム監督とペトリ監督。今回は、2人の共同制作ということで、どちらの発言かは明言しない形でインタビューに答えてくれた。

本作について、「これはある1人の人間の人生を破壊した映画についての物語であり、そして、家族の秘密の物語でもあり、真実を探す物語でもあります」と話す監督。ペトリ監督が20年以上前にビョルンと仕事をし、その後も友情関係を築いていたことが本作を作るきっかけだったと言う。

撮影は5年間、ビョルンの軌跡をたどってストックホルム、コペンハーゲン、パリ、ブダペスト、ベニス、東京で行われた。ビョルンの母親の死と父親の身元について真実を知るため、アーカイブ映像を調べ、ビョルンと接点のあった人を探しインタビューを重ねた監督。50年という年月のために見つけるのが困難な人もいたが、奇跡的に大半の人々と連絡が取れ、進んでカメラの前で語ってくれた。

2021年は『ベニスに死す』のワールド・プレミアで、ヴィスコンティ監督がビョルンを「世界で一番美しい少年」と高らかに宣言してから50年となる年だ。しかし、ビョルンに起きた悲劇は現代でも起こり得ることだと監督は話す。「ビョルン・アンドレセンがアイコンという存在、つまりファンタジーや男性、女性、少女の夢を投影する存在になったのは、わずか15歳の時でした。私たちは観客の皆さんにこの少年、この子ども、あの人間の姿を見てほしいと思います。エンターテイメント業界にいる若い人たちは、知らないことには『イエス』と言ってしまうと思います。周囲を喜ばせるために。そして自信がないから。こういう事例はたくさん目にしますし、現代の若いセレブたちもビョルンと経験を共有できると思います」。クリスティーナ・リンドストロム監督とクリスティアン・ペトリ監督のインタビュー全文はこちらから。

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