『「アララト」誰でもない恋人たちの風景vol.3』行平あい佳インタビュー

東京の片隅で生きる二人の、愛と葛藤を映し出す純愛ストーリー

#行平あい佳#「アララト」誰でもない恋人たちの風景 vol.3#純愛

行平あい佳

演じる上で覚悟が必要な物語

『「アララト」誰でもない恋人たちの風景 vol.3』
2021年5月15日より2週間限定公開
(C)2021 キングレコード

海辺の生と死』越川道夫監督の最新作『「アララト」誰でもない恋人たちの風景 vol.3』が5月15日に公開される。

本作は、左半身に麻痺を抱える夫・スギちゃんと、彼を支える妻・サキの愛と葛藤を描く純愛ストーリー。深夜のファミレスバイトで生活を支えるサキは、画家であるスギちゃんにまた絵を描いてほしいと思っていた。しかしスギちゃんはサキに依存しなければ生きられない自分に苛立ち、二人の心は次第にすれ違っていく。

サキを演じた行平あい佳は、行き詰まった夫婦関係にフラストレーションを抱える一人の女性の悩める性を体当たりで表現。2作目の主演映画で早くも代表作ともいえる演技を披露した行平に、感情の高ぶりから生まれた泣きのシーンや撮影秘話について聞いた。

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──『アララト』という不思議な響きのあるタイトルです。これを最初に聞いた時はどう思われましたか?

行平:初めてタイトルを聞いた時から、私は旧約聖書に登場するアララト山のアララトだと思っていました。漫画での知識でノアの箱舟のことだとわかったので、脚本を読んでいない段階で、ユーカリの葉を小鳥が咥えて飛んでいくイメージがパッと思い浮かびました。これは誰かの救済の話なのかな? と想像ができたので、実際に脚本を読むとすんなり物語に入ることができました。最後まで“救済”というイメージが消えることはなかったので、私とこの『アララト』というタイトルのファーストインプレッションは凄く良かったです。

──脚本を読んだ感想を教えてください。

行平:覚悟と言ったら大げさかもしれませんが、演じる上では覚悟が必要な物語であり、役柄であると思いました。ハンディキャップを持った人にただ寄り添っている風に見えたら嫌だと思ったので、向き合うならばしっかりと向き合おうと。生半可な気持ちならば、断った方がいいとさえ思いました。

──そんな難役のオファーを快諾した理由は?
行平あい佳

行平:一番は「やってみたい!」という好奇心が勝ったからです。どうやってこの救済の物語を2時間という映画の中で表すことができるのだろうか? という興味も湧きましたし、私自身が「やってみないとわからないじゃん!」と飛び込むタイプ。難しければ難しいほどしっかりと準備をして臨まなければと、襟を正すような気持ちでした。

──シーンによってサキが少女のようにも、聖母のようにも見えることに驚かされました。どのようなイメージを持ってサキを演じられましたか?

行平:私としては「ここはこうしてやるぜ!」という意図は全くなくて、概念の話になってしまいますが“一個の頼りになる存在”であろうと思っていました。それに加えて、撮影前に越川監督からサキのイメージとして「マリア像の彫刻のような滑らかさとしなやかさがあればいい」という言葉をいただいていたので、そのイメージを頼りに演じたところもあります。サキの顔が色々な風に見えたとしたら、その彫刻のイメージを受け取っていただけたのだと思います。

──夫・スギちゃんの飄々としたところが、サキとのコントラストを生んでいるようにも見えました。演じた荻田忠利さんはどのような方でしたか?

行平:カメラが回っていても回っていなくても、スギちゃんそのままで、初対面時は持ち前の明るさにビックリしました。というのも荻田忠利さんには後天的に左半身不随になられた俳優さんという前情報があったので、波乱万丈の人生を経ている方なのかな?陰りのある方なのかな?と思い込んでいたからです。でも実際は暗さを前面に出さない明るさのある方でした。本当に強い気持ちを持った人なんだろうと勉強になりましたし、その明るい姿を見ることでサキに対しても、ベクトルは違えども、きっと強い人なのだろうと想像することができました。

──象徴的に出てくるのが、スギちゃんとサキのお風呂場のシーン。サキが想いを伝える場面では、行平さんは泣きの芝居をされていました。しかしその泣くことは脚本に書かれていなかったのでは?

行平:大正解です! 泣くことは書かれていませんでした。私としても涙を流すプランはなく、泣くのを我慢するプランで本番に臨んでいました。その理由として、スギちゃんに再び絵を描いてほしいと懇願するサキに切実さを感じたからです。二人の関係性ならば、そのことをあえて言わないストレスの省エネ方法もあるはず。にもかかわらず、サキはその言葉を口にしたわけですから。それもあって私としては泣くギリギリのところでセリフを言おうとしました。すると越川監督から「ブレーキをかけないで」との指摘が入りました。次のテイクではブレーキをかけずに演じたので、本編では泣きの芝居が使用されています。

──尊厳がズタズタになったスギちゃんがサキに対して離婚を切り出す後半のシーンも、またお風呂です。サキのなんとも言えない表情が印象的でした。

行平:スギちゃんに対してサキは「なんでそんなことを言うの!?」と怒っているのかもしれません。しかし私は本番まであえて感情を決めませんでした。スギちゃんがどうやって切り出すのか、その感情に対して自分がどういう気持ちで反応するのかを自然に委ねていたところがあります。ある意味でぶっつけ本番のような形でした。

──ラブシーンは行平さんの美しい裸体が露わになると同時に、スギちゃんとユキオとでは意味合いも変わるように感じました。変化をつけようという意識はありましたか?

行平:二つのラブシーンには変化をつけましたし、観客の方々にその変化を感じ取ってもらいたいと思って演じました。ユキオとの濡れ場ではスギちゃんとのセックスとは逆に、衝動と解放を出すことができたらもの悲しくなるだろうと。ユキオに対するサキちゃんの感情は一時の迷いではなくて、本当に助けだったと思うんです。だからこそ真剣にユキオと向き合い、恋人のように見えるようにしようと濡れ場に挑みました。スギちゃんとユキオとでは行為は同じでも似て非なるものだという意識があって、もしそこで一辺倒の芝居をしたらどちらも大したことがないと思われてしまう。それではこの作品を作る意味がなくなるぞ! と自分に言い聞かせていました。

──サキとユキオが一線を超えてしまう直前に二人で口ずさむ童謡「やぎさんゆうびん」は予定されていたものですか? 行平さんの戸惑いがやけにリアルでした。
行平あい佳

行平:(ユキオを演じた)春風亭㐂いちさんと越川監督は何を歌うか事前に相談をしていたようですが、台本に曲名は書かれておらず、私もどんな歌になるのだろうか?と気になっていたところでした。いざ撮影が始まって春風亭さんが「やぎさんゆうびん」を歌いだしたわけですが、私としてはうろ覚えの曲だったので本気で戸惑いました。泣き笑いは本物のリアクションです。でもそれによって二人が本当にイチャついているように見えますよね。越川監督はカット尻がとても長いので、アドリブで芝居を続けることが多いです。歌の場面も永遠に終わらない白ヤギさんと黒ヤギさんの攻防がありました。泣き笑いの私は途中からわけがわからなくなって、黒ヤギに何度も手紙を出してそれを黒ヤギが食べるということを繰り返していました(笑)。

──女優でもある行平さんのお母さん(寺島まゆみ)は本作を見てくれましたか?

行平:毎回映画は見てくれていて、感想も言ってくれます。でも本当に映画全体についての感想であって、私の演技については何も言いません。そして私もあえて聞きません。今回は「二度も主演ができるなんて、あなたはとても運がいい。周囲に感謝しなさい!」と言われました。母に映画を見られることに緊張はありませんが、現場にいられたら普通ではいられないと思います。女優として大先輩ですから。

行平あい佳
行平あい佳
ゆきひら・あいか

1991年8月8日、東京都出身。早稲田大学を卒業後、フリーランスの助監督として撮影現場で働き、その後CMなどの絵コンテライターに転身。女優業も開始し、城定秀夫監督作『私の奴隷になりなさい第2章 ご主人様と呼ばせてください』(18年)で初主演を飾った。その他の主な出演作に『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18年)、TBSドラマ『コウノドリ』(17年)など。往年のにっかつロマンポルノ看板女優・寺島まゆみの実娘。