『ベン・イズ・バック』ピーター・ヘッジズ監督インタビュー

米で社会問題化、オピオイド系鎮痛剤依存症が巻き起こす悲劇描く

#ピーター・ヘッジズ

若くして成功しながらも、努力と精進を忘れない息子を立派だと思う

ジュリア・ロバーツがキャリアの頂点を極めたと絶賛されている『ベン・イズ・バック』。医療による鎮痛剤の過剰投与から薬物依存となってしまった我が子を支える狂気をもはらんだ演技に圧倒される。

今、アメリカで社会問題となっているオピオイド系鎮痛剤の依存症が引き起こす悲劇を描いた本作について、ピーター・ヘッジズ監督に聞いた。

──薬物依存症の治療施設に入っていた19歳のベンを演じているのは、息子さんのルーカス・ヘッジズですね。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(16年)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた若手有望株ですが、ご自身の作品に初めて起用したのは、ジュリア・ロバーツさんの推薦だったと聞いています。

監督:今振り返ってみれば、彼が引き受けてくれたという事自体が凄くラッキーでありがたく思っています。
 正直、自分の息子と一緒に作品を作れるなんて思ってもいませんでしたし、夢のようなプロジェクトでした。彼は素晴らしい監督たちの作品に次から次へと出ていますし、20歳そこそこの息子が父に演出を施されながら一緒に働くのはあまり気持ちのいいものではなかったと思うので、そういった意味でも彼が引き受けてくれて感謝しています。もちろん彼はプロ意識が非常に高いので、現場に入ったら役者の一人として一生懸命演じてくれました。監督と脚本家である僕のキャリアにとって、一番大切といっていいぐらい意味のある重要な映画で、世の中に伝えるべき非常に重要なストーリーということを彼も脚本を読んで感じてくれました。そういった意味でも一緒にできて良かったです。
 あとはやはり自分もそうですが、息子にとってもジュリア・ロバーツは憧れの女優だったので、共演するとなって非常にやる気が出た部分もあったと思います。

『ベン・イズ・バック』撮影中のピーター・ヘッジズ監督(左)とルーカス・ヘッジズ(右)

 ジュリアが最初にルーカスを推薦したのは事実ですが、元々私の中でルーカスをキャスティングしようという考えはありませんでした。しかし、彼女の提案に躊躇しながらも、一応ルーカスに打診しました。そもそもキャスティングの段階で彼はすでに他の作品に入っていて、スケジュール的に無理と言われたんです。ですが、その作品が何かの理由でなくなってしまい、タイミング的にもラッキーでした。あとは彼自身もベンの役柄を気に入って、共感しながら演じられる部分があると言っていました。ジュリアという素晴らしい大先輩と一緒に演じたことで、自分の父親に監督される居心地の悪さがある意味緩和されたと思います。ジュリアと一緒に仕事が出来ることが居心地の悪さに勝ったという事ですね。

──今や、俳優として立派な地位を築いた息子さんと一緒にお仕事して、どのような気持ちでしたか?

監督:私には二人の息子がいます。ルーカスの兄、サイモンは演技に興味が無く全く違う道を進んでいるのですが、もちろん息子たちのことは二人とも誇りに思っています。二人に共通していることは、とにかく自分が情熱を感じていることや目指している道に対して物凄く真摯に取り組んでいて努力家です。若者であれだけ献身的に努力するという姿勢は素晴らしいと、手前味噌ながら思います。
 自分の選んだ道を極めるには、当たり前ですが、努力と精進と謙虚に学ぶ姿勢が絶対的に必要だと思うのですが、ときにパッと出のスターが成功を早い段階で掴んでしまい、謙虚さを忘れてしまうことがあります。もちろん才能というのは生まれつきかもしれませんが、経験を重ねることで熟していくものは絶対にあるので、若さでは出来ないこともあります。そういったことを考えずに、自分は何でも出来ると過信してしまう人が非常に多いと思いますが、ルーカスにはそういうところが無いので立派だと思います。常に向上心をもってより良い役者になろう、学ぼう、としている姿勢がありますね。それは彼の出演作選びにも現れていると思いますし、タイプの違う映画に出て様々なフィルムメーカーと仕事をすることでたくさん経験をし、吸収して学ぼうと非常に前向きな姿勢です。自分の息子に限らず、若い役者やアーティストは自分にとって刺激になります。
 
 あとは、名声や地位、映画のアワードはその時だけの一過性のもので、自分にとって大事だと思える作品に携わり、その作品が世に受け継がれていくという事は永久に自分の糧として残っていくと思います。
 そういうものを大事にしながら仕事をしているので彼は本当に立派だと思いますし、正直父親になって、息子から影響を受けたり刺激をもらったり励まされたりするなんてないと思っていたので感動しています。

──ジュリア・ロバーツさんと息子さんのシーンで印象的だったのはどこですか?
『ベン・イズ・バック』
(C)2018- BBP WEST BIB, LLC

監督:ホリー(ジュリア・ロバーツ)がデパートでベン(ルーカス・ヘッジズ)に洋服を見繕う試着室のシーンです。母親が冗談でポケットにドラッグが入っていないか探るのですが、あのシーンは非常に短いながら物凄く簡潔に、端的に母と子の関係を集約し一番うまく表現しているシーンだと思います。二人のダイナミックな力関係、秘密を抱えた息子を愛するあまりに純粋に信じて疑わない母親。それが、あのシーンからガラッと変わるんです。100%信じているわけではないのでポケットをチェックするのですが、新しい疑惑が沸き上がりパニックになる、いろんな感情が入り乱れた複雑なシーンです。
 二人の演技も抜群に素晴らしく、ジュリアは数秒の間でジェットコースターのように次から次へと色々な感情を通過するという難しい演技でした。まずは息子に対して怒り、やりきれなさ、無力感、苛立ち、いろんなことが難しいシーンを表情だけで見事に表現できて本当にすばらしいなと思います。

──『ベン・イズ・バック』というタイトルは、非常にシンプルですが、色々な意味にとれ、素晴らしいタイトルだと思いました。このタイトルを選んだ理由や、そこに込められた想いがあれば教えてください。

監督:脚本を書きはじめる段階から仮題でつけていました。これ以上の素晴らしいタイトルは無いと思い、結局それを変更せずにそのまま採用しました。仰る通り、様々な意味を秘めているというのが魅力です。ベンが家に帰ってきたというのがあからさまな一つですよね。もう一つには以前の悪い習慣に戻ってしまうという「バック」。そして最後は文字通り、死の淵から生き返るという意味もあります。

脚本を書くときに心がけているのは、一縷の希望が見いだせるストーリー
『ベン・イズ・バック』
(C)2018- BBP WEST BIB, LLC
──『ギルバート・グレイプ』や『アバウト・ア・ボーイ』など優れた脚本を数多く執筆されていますが、自身が脚本を書く上で最も大事にしていることは何でしょうか?

監督:自分が脚本を書きたいという基準は、書き始める前と書き終わった後で、自分が良い意味で別の人間に変化しているかなんです。知らなかったことを知ったり、成長したり、より良い人間になっていたりなど自分に変化をもたらしてくれるストーリーを書きたいと思っていて、そこからいつも作品を選んでいます。自分が書いたストーリーによって自分を変えてくれるようなストーリーを目指して書いています。
 具体的に言うと登場人物などを通して、より自分の身近にいない人や知らないタイプの人も受け入れる寛容性であるとか、思いやりや他人への気遣いの心がより豊かになるようなストーリーを大事にしています。
 脚本の執筆は時間と労力をかなり費やすわけですが、どうせ時間と労力をかけるなら豊かな体験にしたいと思いますし、脚本を書いているときには映画というより脚本に集中しています。それが映画化されないでボツになることもありますが、そこは気にしていないです。映画をヒットさせようと思って書いているわけではありません。欲を言うならば映画になった時に世の中にとって影響を与えたりする作品になればいいなと思います。
 観客が見たときに、今まで自分にはなかった新しい視点で世の中を見たり、新しいアイデアが湧き出したり、励まされたり、勇気をもらったりという何かしらのインパクトを与えられたら、それほど達成感のあることはありません。
 ポリティカルな話になってしまうのですが、アメリカは分断化社会が進んでいて特に政治的なポリシーに関して両極化し、言い争いが絶えません。とても良くない世の中だと思っているのですが、ここ数年は自分に近い人たちの心の重荷が蓄積してきて、希望の色があまり見られないという非常に嘆かわしい状況です。私はどういったストーリーの中でも一縷の希望が見いだせるストーリーを心掛けています。希望を持ち続けることで、今回は薬物依存症から抜け出ることは不可能ではないんだと示しています。自分自身も今非常に暗い世相の中で色々なところにどうにか希望の光を見つけるためもがいています。

──一件穏やかな家族の再生を描いたドラマに見え、後半からのサスペンスフルな展開に、良い意味で驚かされました。ただの家族ドラマでは無く、後半にサスペンス的なジャンルを物語に持ち込んだ狙いを教えていただけますか。

監督:決して意図的にサスペンスを持ち込もうという考えはありませんでした。純粋にストーリーの展開上の流れとして、ベンのような問題児がクリスマスイブに誰にも告げないで突然家に帰ってきたらどうなるかというところからスタートし、息子を愛するがあまりいろんなことに目を瞑り、見て見ぬ振りをしてしまう母親。そして心の奥では今の彼にとっていい選択では無いとわかっていながらも嬉しくてついつい迎えてしまいます。ただ現実は映画の後半のように、家に帰る準備はまだできていなかったんです。ベンは家族と離れ施設に入り、自立が出来るようにたくさんの時間とサポートが必要という状況の中にいました。
 最初にベンが登場するときはカリスマ性があっていろいろ謎めいていて、一見大丈夫そうに見えます。楽しいクリスマスイブが始まるというような話なんですが、その後、ベンがどのくらいの勢いでどう転落していくかは自分の中で最初から考えていました。意図的に24時間という枠で昼間帰ってきて一夜、翌日の朝までという時間軸でストーリーを描いている訳ですが、夜のとばりが落ちると同時にどんどんダークになっていき彼が追い詰められていきます。脚本を書いているときは憑依したような感じで勝手にペンが進むんですが、ラストシーンに行きついて我ながら息を飲んだんです。「えっ! こんなエンディングなの?」と自分でも驚いたんですが、書き終わってこの結末以外にありえないないし、行きつくところはここしかないと納得しました。自分の中でもある意味サプライズエンディングだったんですよね。書き始めたときに想像していたエンディングではなかったとはいえ、非常に納得しています。

ピーター・ヘッジズ
ピーター・ヘッジズ
Peter Hedges

1962年7月6日生まれ、アメリカのアイオワ州出身。小説家、劇作家、映画脚本家、そして監督として活躍。処女小説を自ら脚本化した『ギルバート・グレイプ』で注目を浴びる。『アバウト・ア・ボーイ』(02年)では脚本を手がけ、脚本も手がけた『エイプリルの七面鳥』(03年)で長編映画監督デビュー。