『12か月の未来図』オリヴィエ・アヤシュ=ヴィタル監督インタビュー

エリート校から教育困難中学に異動した教師の奮闘を描く

#オリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル

それでも1パーセントの希望を描きたい

フランス有数の進学校であるパリの名門アンリ4世高校で教鞭をとっていた国語教師のフランソワは、ひょんなきっかけでパリ郊外の教育困難中学へ異動することになった。移民家庭の多い地区で、生徒たちの大半は授業に何の興味も示さず、教師たちも匙を投げている。そんな状況にあって、生徒たちに“知る喜び”を教えようとするベテラン教師の奮闘を描いた『12か月の未来図』。ドキュメンタリー映画出身のオリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル監督に話を聞いた。

──フランスでは、フィクションでもドキュメンタリーでも、中等教育の学校を舞台にした作品はたくさん作られています。なぜこの物語を作ろうと思ったのか?

『12か月の未来図』

監督:私とプロデューサーの共通の願いでもあったんです。教育現場の裏側にしっかり入り込んで、郊外の状況を知りたいと考えていました。

──資料に「家庭環境の影響もあって」と書いてありますが。

監督:私の親が教師だったのですが、それは本作についてはそれほど重要なことではありません。私はもともとルポルタージュ作家で、タイやネパール、バングラデシュ、インドネシアなどアジアの国々を周り、そこで教育というものに興味を持ちました。子ども時代の私はいい生徒じゃなかったですが、父親としてわが子が学校に通うようになり、ようやく学校というものに興味を持つようになったんです。

──この物語は、生徒たちのみならずフランソワの教師としての成長物語でもあると思いました。フランソワ・フーコーにモデルはいますか?

『12か月の未来図』

監督:成長物語というのは、100パーセントその通りです。フランソワのモデルは1人ではありません。映画の準備期間で出会った教師たちからインスピレーションも受けたし、関連書を読んだ中にいた人物とか、いろいろミックスされています。今回、教育問題をテーマにする際、なぜかあまり話題にならないいくつかのことに光をあてたいと思いました。その1つが自信を与えてやる気を起こさせることです。

──2年間毎日、映画の舞台にもなったパリ郊外のスタンにあるバルバラ中学校に通ったそうですが。

監督:学校は非常に協力的でした。私が見てみたいと思うものはすべてオープンに見せてくれました。私自身が経験したことのほとんどが映画に反映されています。特に、教育現場の指導評議会にすごく衝撃を受けたので、ちゃんと映画に取り入れようと思いました。教室や職員室の人間関係、あらゆる出来事もです。
すべて映画に描かれている通りです。

──生徒たちは実際バルバラ中学に通う生徒たちで、中心となる少年セドゥ役のアブドゥライエ・ディアロをはじめ、みんな演技初体験ですが、役名もあって、自分ではない人物をとても自然に演じています。

監督:撮影前のリハーサルをかなりしっかりやりました。キャスティングも、どんな生徒でも構わないというわけではなく、やはり演技ができて、カメラの前で緊張しないなどポテンシャルのある子たちを選んでいます。撮影は7週間。7、8月で4週間、ハロウィーン10月末から3週間。12か月の物語なので、季節感を出したかったんです。間隔が開くことで、撮影現場で気づいたことを脚本に新たに反映させて書き直す時間も持てました。2段階に分けて撮影できたのはとてもよかったです。

──撮影は2016年ですが、その前年にはパリや近郊で同時多発テロがありました。この映画にはその描写がありませんが、敢えて避けたのですか?
『12か月の未来図』

監督:当時の現場でそういう空気をまったく感じなかったんです。テロが起きた時、子どもたちはもちろん動揺していました。中学生ですからね。テロ発生後の学校で彼らは黙祷を捧げたり、何を思ったかを作文に書いたりしていました。移民家庭の子どもたちがテロの影響を受けて過激化するような現象は全くなかったんです。だから、この映画にそうした描写はないんです。彼らが18くらいだったら、違ったかもしれません。私がこの映画で描きたかった暴力は、学校取材中に目の当たりにした教育現場の指導評議会のありようです。トラブルを起こした生徒を問答無用で猶予なしに退学にしてしまう。

──そして、そんな形で学校を追い出された子どもたちが17、18歳で非行に走り、過激化してしまう場合もあります。

監督:退学させられて、そのままドラッグディーラーになってしまう子たちもいます。学校に通っている間は問題ないが、ドロップアウトすると途端に悪の道に誘い込まれてしまう。

──この映画でも、道を踏み外しそうになる子は出てきます。

オリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル監督

監督:私が取材中、評議会で退学にさせられた子を街に探しにいきましたが、見つけられませんでした。99パーセントはこうなります。 それでも1パーセントの希望を描きたいという気持ちがあります。

──コメディ・フランセーズの名優、ドゥニ・ポダリデスが演じるフランソワは素晴らしかったです。彼を選んだ理由は?

監督:見るからに教師らしいでしょ(笑)。彼自身、かつてアンリ4世高校に通ってエリート街道を歩いていたインテリなんです。引き受けてくれるか心配でしたが、脚本を送ったら、気に入ってもらえました。撮影中も「これは僕が演じてきたなかで最も美しい役の1つだ」とまで言ってくれました。

フランスのエリート校にもモンスターペアレンツはいます(笑)
──冒頭のアンリ4世の授業はびっくりするほど厳しいです。

『12か月の未来図』

監督:あんな先生ばっかりじゃないですよ(笑)。由緒あるアンリ4世は、郊外の中学に比べると閉鎖的でした。授業などもあまり見せてくれないので、実際に通っている生徒たちから話を聞いて作ったシーンです。ポダリデスにとっては勝手知ったる母校でもあり、生徒に答案を返す場面ではアドリブも連発しています。水を得た魚のようでしたよ(笑)。

──フランソワと生徒たちのやりとりを見ていて、両者とも人間関係の築き方に長けていると感心しました。日本の学校では、教師も生徒も、互いに無関心なように思えます。一方で、学校の指導や教育に猛烈にクレームをつける親がいます。いわゆるモンスターペアレンツの存在はフランスにはもあるのでしょうか?

監督:アンリ4世高校にはいますよ(笑)。もちろん教師に対して敬意は払っていますが、自分たちの望むように事が運ばないとクレームをつけるとか。一方、バルバラの生徒たちの親は学歴がない人も多く、「先生は偉い人、お任せしよう」という雰囲気がありますね。

──“LES GRANDS ESPRITS(偉大な精神たち)”というオリジナルのタイトルに込めた意味を教えてください。

監督:フランスには、誰かと誰かが偶然同じ意見だとわかった時に、ちょっと皮肉を込めて「偉大な精神(エスプリ)同士が出会った(Les grands esprits se rencontrent)」という表現があります。エスプリと偉大という言葉はこの作品の意図することを高みにあげてくれるものだと思っています。これは出会いの物語です。
 物語はセドゥとフランソワが中心で、ポスターも本国版はこの2人だけのデザインなのですが、日本のポスターはいいですね。クラスのみんなが1人の先生に出会ったという感じが伝わる。出会いは1つ2つだけではないです。

(text:冨永由紀)

オリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル
オリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル
Olivier Ayashe-Vidal

1969年生まれ、フランス・パリ出身。広告代理店のクリエイターを経て、92年にフォトジャーナリストに転身。ユネスコのミッションに参加し、世界中を取材した。2002年、初の短編映画『Undercover(未)』でモントリオール映画祭最優秀賞候補になる。『最強のふたり』のオマール・シーが主演した短編『Coming-out(未)』(05年)、俳優のガド・エルマレと弟のアリエ・エルマレが本人役で主演し、中国で撮影した短編『Welcome to China(未)』(12年)を経て、本作『12か月の未来図』で長編映画監督デビュー。