『整形水』チョ・ギョンフン監督インタビュー

美容大国・韓国で賛否両論!“美”をテーマにしたサイコホラーアニメ

#アニメ#アニメーション#チョ・ギョンフン#ホラー#整形水#美容#韓国

整形水

「気分が悪くなった」の意見も 健康な状態の時にぜひ楽しんで!

『整形水』
2021年9月23日より全国公開
(C)2020 SS Animent Inc. & Studio Animal &SBA. All rights reserved.

小さい頃から外見に強いコンプレックスを持ち、人気タレントのメイクを担当しているイェジは、ひょんなことから、顔を浸せば、自らの手で自由自在に思い通りの容姿へと変えることができてしまう奇跡の水“整形水”を手に入れる。美しくなりたいという欲望に駆られ、イェジは“整形水”を試すことを決意するが、それからしばらくして、周囲で不審な出来事が起こり始める——。

アニメーション映画『整形水』の原作は、「LINEマンガ」でも配信されているオムニバス作品「奇々怪々」。グローバルでの累計閲覧数は31億回を超える人気作だ。誹謗(ひぼう)中傷、外見至上主義——現代社会の闇をエンターテインメントへと昇華させた本作は、世界中の映画祭から評価され、昨年ロックダウン中の韓国でも劇場公開となり話題を呼んだ。今回は、デビュー作にして、観客にトラウマ級のインパクトを残す作品を作りあげたチョ・ギョンフン監督に話を聞いた。

美を望むことは罪なのか? 見た目至上主義の絶望と悲しみをあぶり出す

──美容大国である韓国で、この作品はどのように受け止められたのでしょうか?

監督:作り手としては、このような作品が公開されるにあたり、心配もあり、期待もあったんですが、本当に反応はさまざまでしたね。例えば、「これはもう名作だ」「立派な素晴らしい作品だ」と褒めてくださる方もいれば、「人生最悪の映画だ」「見ていて気分が悪くなった」という風に言った方もいましたし、あるいは「すごく怖かった」という人もいた。ほかにも「これはちょっと弱いんじゃないか」「インパクトがないんじゃないか」「もう少し強烈でもいいんじゃないか」などなど、本当にさまざまな評価があったんですが、全体的な評価としては、物語に没頭したし、感情移入して見られる楽しい映画だったと言ってくださる方が多かったですね。

──市井の女性を主人公とした原作コミックとは違い、このアニメ版では主人公をタレントにしたことで、よりテーマが鮮明になったと思うのですが、なぜ芸能界を舞台としようと思ったのですか?

監督:芸能界を舞台にした物語にしようというのは、シナリオ作家とプロデューサーが提案してくれたことでした。作品のモチーフが「人の目」というところにあったわけですから、人の目に最大限にさらされる世界はどこだろうと考えた時に、芸能界がいいだろうと思ったわけです。

──企画から完成まで6年かかったそうですが、やはり韓国でこのようなホラーテイストのアニメを作ることの難しさというのもあったのでしょうか?

監督ホラーに限らず、韓国ではどういうジャンルの作品であっても、大人向けのアニメーションを作るというのは本当に大変なことなんです。中には7年から10年かけて完成するという例もよくあるくらいですから。なので、この映画を作ることも本当に簡単なことではなかったんですが、ただ6年間と言っても、フルで6年間かかったという意味ではなく、休んでいた時期もありました。
というのも元々は、制作会社が原作者と契約を結んで企画を立ち上げて、中国市場を念頭に置いていた作品だったんです。そしてその過程で、わたしたちの会社が参加することになりました。だからわたしが参加してからはだいたい3年半ぐらいかかったわけですが、途中、諸事情から中国からの制作費が出なくなってしまい、休んでいた時期があったので、実際私が関わったのは2年半ぐらいになります。

──差し支えなければ、中国から資金が出なくなった理由というのをお聞きしてもよろしいですか?

監督:これについては慎重にお話をしなくてはいけません(笑)。最初は中国側も全面的に出資すると言っていただいていたんです。規模もとても大きなプロジェクトだったんですが、その矢先に韓国と中国の間で政治的な問題が起きてしまい。中国側が手を引くことになったんです。これによって作品も方向転換を余儀なくされることとなりました。

──とはいえ、それほどまでの困難を乗り越えたからこそ、ここまで力強い作品になったということもあるのでは?

監督:そうですね。ただ実際、この作品が公開される前までは自己肯定感はほとんどなく、気分はどん底でした。本当につらい状況の連続の中、最後までこの作品を作れたのは、やはりそれなりの理由があったと思うんです。私はもちろん監督なので、この『整形水』は数百回ぐらい見ているわけです。そしてまだ修正の途中だったある夜、1人で作品を見ながら、ここを直そうかな、どうしようかなと考えていた時に、ぼんやりと何も考えずにこの作品に見入っている自分に気づいたんです。本来ならそこで何らかのディレクションをすべきだったんですが、気づいたらもう本当に他のことは一切考えずに、この作品を観ることだけに没頭していたんです。ということは、この作品はつまらない作品ではないのかもしれないと思えるようになったんです。その時からちょっとだけ自信を持つことができました。

──チョ・ギョンフン監督はかつて日本のアニメ『うちの3姉妹』に携わったことがあり、東映アニメーションの森下孝三相談役からさまざまな助言を受けたことが大きな糧になっているとのことですが、どういったやりとりがあったのでしょうか?
チョ・ギョンフン

チョ・ギョンフン監督

監督:私が初めて森下さん(現・相談役)にお会いした頃は会長でいらっしゃったと思うんですが。ちょうどその頃、東映のプロデューサーの方から作品のご依頼を受けまして。それが『うちの3姉妹』という作品でした。紆余(うよ)曲折あって、私たちがその作品を手がけることになったんですが、実は最初、まわりから反対されていたんです。日本の関係者からもわたしたちの会社が参加することに反対する声はありましたし、韓国側からも、この仕事はできないんじゃないかという声もありました。
しかし、そうした中、森下さんが「彼らは本当にアニメ作りが上手いから」と言ってくださったんです。本当にその一言に救われた気がしました。森下さんは私が手がけた『メディカルアイランド(原題)』という作品を見てくださっていたんです。これが作れるのであれば、今回の『うちの3姉妹』を、(チョ・ギョンフン監督率いるアニメ制作会社)スタジオアニマル以上に上手く作れるところはないんじゃないかと推薦してくださったんです。大勢が反対する中、その一言で私たちが参加できることができたんです。
森下さんは、本当にアニメに対しての愛情がありますし、私たちのことも応援してくれました。この経験を生かして、これからもアニメ市場で大きな成果をあげてほしい。そして観客が楽しむことができる作品をこれからも作ってほしい、というようなことをお話してくださいました。われわれ日本人も努力をして、日本のアニメがここまで来たんだから、君たちもできるよと言ってくださって。本当に大きな勇気を与えてくださいました。私にとってはメンターと言える方ですし、今でも尊敬しております。

──そういった裏話があったんですね。では最後に日本の観客にメッセージをお願いします。

監督:『整形水』はこれまでの日本のアニメーションとは多少違う印象があると思います。スタイルも違いますし、味わいも違うところがあると思うんですが、ある意味、アニメーションを見るというよりも、実写のホラー映画を見るような気持ちで見ていただけるといいかなと思っています。そしてこの映画を見るためにはかなりのエネルギーが必要です。たくさんのエネルギーが消費されることが予想されますので、コンディションを整えた上で、健康な状態の時にぜひ楽しんでください。

(text:壬生智裕)

チョ・ギョンフン
チョ・ギョンフン
Cho Kyung-hun

1975年生まれ。延世大学卒業。短編アニメーション『便秘(原題)』(96年)、『空腹(原題)』(2000年)、『復讐不可能2(原題)』(01年)を監督後、アニメ制作会社スタジオアニマルを設立し、監督およびプロデューサーとして様々な作品の制作に携わる。スタジオアニマルで制作した代表作に、『メディカルアイランド(原題)』(03年)、『ゴーストメッセンジャー(原題)』(10年)、『ハングオン!(原題)』(14年)などがある。『整形水』は長編商業映画デビュー作となる。