『クーリエ:最高機密の運び屋』ベネディクト・カンバーバッチ インタビュー

米ソ冷戦時代のキューバ危機、核戦争を未然に防いだ一人の英国人セールスマンの実話

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ベネディクト・カンバーバッチ

数奇な運命をたどる平凡な男を演じることに強く惹かれた

『クーリエ:最高機密の運び屋』
2021年9月23日より全国公開
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ベネディクト・カンバーバッチ主演、1962年の「キューバ危機」の裏で核戦争を未然に防ぐため、スパイとして暗躍した一人のイギリス人セールスマンの実話を描く映画『クーリエ:最高機密の運び屋』が9月23日より公開される。

グレヴィル・ウィンはイギリスに妻子と暮らすごく普通のセールスマン。東欧諸国に出張の多い彼はある日、商務庁の職員を名乗る男女2人からランチに招かれ、モスクワに飛びオレグ・ペンコフスキーという男と接触してほしいと依頼される。2人の正体はCIAとMI6のエージェント、彼らの目的はペンコフスキーがソ連から密かに持ち出した軍事機密を西側へ届ける“運び屋”としてグレヴィルをスカウトすることだった。危険な任務に恐れをなし、一度は協力を拒否するが、世界平和のために祖国を裏切ったペンコフスキーに説得され、やむなくモスクワ往復を引き受ける。
1962年10月、キューバにソ連が核ミサイル基地を建設していることが発覚。アメリカは海上封鎖で対抗し、両国は一触即発、世界は核戦争寸前の危機に陥った。全人類を震撼させたこの「キュ ーバ危機」に際し、戦争回避に決定的な役割を果たしたのが、国に背いた軍人と名もなきセールスマンが西側にもたらした機密情報の数々だった。ペンコフスキーと任務を超えた友情と信頼で結ばれ、過酷な運命へと巻き込まれていくグレヴィルを演じた、カンバーバッチのインタビューをお届け。

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迫りくる核戦争! 繰り広げられる諜報戦! 平凡なセールスマンに任された極秘任務の正体とは?

──本作に携わることになった経緯を教えてください。

カンバーバッチ:まず本作のタイトルはもともと作戦のコード名である「アイアンバーク」だった。話をくれたのはドミニク・クック監督。彼の『ホロウ・クラウン』でリチャード三世を演じて、すっかり意気投合して友達になったんだ。また一緒にやれる作品を探していた。
キューバ危機という事件があったのは知っていた。だがオレグ・ペンコフスキーとグレヴィル・ウィンのことは何ひとつ知らなかった。僕はグレヴィルという役に強く惹かれた。数奇な運命をたどり変化していく――ただの平凡な男を演じることにね。彼は短期間で大きな変容を遂げる。完全な素人がプロのスパイになり、友人を助けようとして投獄される。彼とオレグの友情も重要な要素だ。ケネディ大統領の元へ機密情報を届けようと、多くの人や組織が暗躍し、多くのドラマが生まれた。しかしその中心にはこの2人の男がいた。彼らは互いを気にかけながらともにミッションに挑んだ。今にも起こりそうな核戦争の危機を乗り越え、平和的解決をもたらす任務だ。自分たちの家族、そして世界を守るため――信条・宗教・政治・国民性の違いを超えて2人は団結した。人間性の部分で通じるところがあり、個人的な友情も芽生えていく。トムの脚本はそれらを完璧にとらえていてとても感銘を受けた。そしてドミニクのビジョンにも賛同した。時間が限られていたので僕も製作総指揮に加わり、僕の制作会社で引き受けることにした。アダム・アクランドとリア・クラークが僕の制作会社から合流して、本格的に製作が始まったんだ。

──グレヴィルという役に強く惹かれたとのことですが、具体的に彼のどんなところに魅力を感じたのでしょうか?

ベネディクト・カンバーバッチ

カンバーバッチ:ユーモアのセンスや根気や予想外の強さ、そしてセールスマンである彼が、自分自身のもう1つのバージョンを売り込みに行くというアイデアに惹かれたんだ。彼は類まれな旅に出た。ほとんど字が読めない失読症を抱えた、ごく普通のビジネスマンから、冷戦時代とキューバミサイル危機の時期に、最も重要な機密情報を西側諸国が入手するためのパイプ役になったんだ。それに、役者にとってスパイの役は興味深いごちそうだよ。本性を隠して他人になりすます場面が必ずあって、しかもその転換が素早く突然だからね。

──グレヴィルとペンコフスキーは強い友情関係を築き、ペンコフスキーが危機に陥ったとわかると、グレヴィルはとても勇敢な行動に出ますね。

カンバーバッチ:ペンコフスキーはグレヴィルに好感を抱き、彼を信頼する。そんなペンコフスキーの誠実さに応えるため、グレヴィルは彼の逃亡に手を貸そうとするんだ。そこから、ロシアのグラグ(収容所)で、このごく普通の男の忍耐が心身ともに限界まで試されるという悲劇が始まるんだう。彼があれだけのことに耐え抜いたのは驚くべきことだよ。特に、スパイとして訓練を受けた訳でもなく、要請された仕事をこなすための経験も積極的な意思もなかったことを考えるとね。彼の動機は祖国への忠誠心だけだった。
ウィンが刑務所で受けた扱いに関する記述を読んでゾッとしたよ。彼らはあらゆることをやった。最悪の形のはく奪から体罰や精神的拷問。シャワーをお湯にしたり水にしたり。そういう直接的な形で人間を壊しにくるのが恐ろしかった。

──本作は実話を基にしていますが、特別な役作りはしましたか?予備知識はどれくらいありましたか?

カンバーバッチ:予備知識はなかったんだ。役作りに関してはトムとドミニクの徹底したリサーチを活用させてもらった。だが可能な限り文献も読んだよ。当時の暮らしを知れる文献を中心にね。当時のソ連とイギリスの違いや気温を知ることで、グレヴィルの肉体的・精神的な変化を理解したかった。ただのセールスマンだった男が元はどんな世界にいてどんな人生を歩んでいたのか、本当の意味で理解したかった。彼がたどった数奇な運命の大部分は脚本に描かれていたけどね。グレヴィルの自伝にも目を通した。批判されるのも理解できる内容だ。グレヴィルにしてみたら、自分がしたこととはいえ不当な扱いを受けた。痛ましい真実に嘘を混ぜて自分を美化しているんだと思う。彼の主観を差し引いて読めば参考になる資料だ。自伝にはリサーチ以上に興味深い発見があった。彼の画一的な外見だ。いつも同じ髪形・口ひげ・ネクタイで見た目が変わらない。画像検索するとすべて同じ服装なんだ。これはとても悲しいことだ。スパイになる前の、ビールを飲みすぎてふっくらしていた頃もいつも同じ。見せしめの裁判中もそう。ソ連の収容所に2年半入ったあとに釈放された時でさえ同じ服装をしていた。痩せこけて変わり果てた姿は本当に心が痛むよ。

唯一残っているニュース映像も見た。ソ連のスパイと引き換えに釈放された彼はPTSDに苦しむ動物のように、後ろに立つ人物に怯えていた。かすかなウェールズ訛りと歯切れの良いRPアクセント(イギリス英語の標準発音Received Pronunciationのこと。上流階級者が話すアクセント)がある甲高い声は映画向きではなかったが、ウェールズ訛りは取り入れたいと思った。彼は過去から逃げようとしていた。それでいて訛りは抜けていなかった。調べてみたらネクタイはノッティンガム大学のエンジニアクラブのものだった。だが彼は大学にもクラブにも、ノッティンガムにすら行ったことがない。異様なまでの上昇志向の現れだ。幼い頃に母親から言われ続けたことが染みついているんだ。「もっと頑張って、もっと上を目指せ」「生まれついた階級より高い階級にのし上がれ」とね。実際に上昇婚もしたし、常に上を目指し安定した収入を得た。彼を語る上で欠かせない要素だから、ゴルフ場で商談をする初登場シーンから前面に出した。彼は満面の笑みで簡単なパットをわざと外すんだ。そうして相手を気分良くさせてから商品の売り込みを始める。スパイ技術こそなかったが、スパイに必要な高い“心の知能指数”をすでに持っていた。彼がその能力を開花させていく過程を、作中では注意深く描いている。グレヴィルは素人からスパイになり最後にはペンコフスキーを助けるため勇敢な行動に出る。ドミニクと常に相談しながら徐々に変化していくその時々のグレヴィルを演じた。リサーチ以外ではアクセントの訓練をした。これまで触れてこなかったがペンコフスキー役のメラーブ(・ニニッゼ)には助けられた。すぐに打ち解けていい雰囲気で撮影できたし、昔と今のロシアについて教えてくれた。彼はロシアではなくジョージア出身だが、旧ソ連やロシアに対する理解は僕よりはるかに深い。彼が推薦してくれた書籍はグレヴィルを理解する上でとても有益だった。

人は誰でも困難を乗り越えることができる。この映画は希望のメッセージ

──本作では1962年当時の、世界中の人々がパニックに陥った様を、とてもリアルに描いていますね。

カンバーバッチ:ドミニクがその脅威を説明してくれたことで、僕らも実感できた。世界中が固唾をのんでいた。単なる二国間の争いではなく、すべての国々が影響を受ける事態だった。キューバに向かっているミサイル艦、戦闘態勢を整えている米兵たち、スイッチや暗号のまわりをウロウロする人々……暗号担当者に短気な人間がほんの数人いれば、極端な意見がほんのいくつか出れば、そして連絡を遮断し対話を打ち切ってしまえば――ほんの少しのことで大惨劇が起きるには十分だった。
この4年間、韓国やトランプ政権や中国、そして米露間の核条約のこと。そうしたことがこの作品の企画開発や撮影と並行して起きていた。だから本作には、差し迫った怖さがあったんだ。

クーリエ:最高機密の運び屋

──最後に、読者へメッセージをお願いします。

カンバーバッチ:グレヴィルは予期せず英雄になった。特別な能力のない彼が途方もないことを任され、プレッシャーの中でやり遂げた。ソ連で投獄されたが、つらく残忍な経験を耐え抜いた。だからこの映画は希望のメッセージだ。人は誰でも困難を乗り越えることができる。どんなに無力で孤立していると感じても。権利を奪われ、戸惑い、手に負えないと感じても、できることは必ずある。グレヴィルが並外れたことを成し遂げたようにね。

ベネディクト・カンバーバッチ
ベネディクト・カンバーバッチ
Benedict Cumberbatch

1976年7月19日生まれ、ロンドン・ハマースミス出身。俳優だった両親の間に生まれ、パブリック・スクール在学時から演技を始める。マンチェスター大学やロンドン音楽演劇アカデミーで学んだ後、数々の舞台で経験を積む。TVムービー『ホーキング』(04年)で注目された後、『つぐない』(07年)、『ブーリン家の姉妹』 (08年)などに出演。TVシリーズ『SHERLOCK(シャーロック)』(10-17年)で名探偵ホームズを演じて大人気を博す。14年のエミー賞では主演男優賞を受賞。初主演作『僕が星になるまえに』(10年)の後、『裏切りのサーカス』『戦火の馬』『ミスティック・アイズ』(11年)、『パレーズ・エンド』(12年)、 『スター・トレック イントゥ・ダークネス』『それでも夜は明ける』『8月の家族たち』『フィフス・エステート/世界から狙われた男』(13年)などに出演。実在の天才数学者を演じた『イミテーション・ゲーム/ エニグマと天才数学者の秘密』(14年)ではアカデミー賞主演男優賞に初ノミネート。『ブラック・スキ ャンダル』(15年)出演後、マーベル・スタジオ製作『ドクター・ストレンジ』(16年)でタイトルロールを演じ、『マイティ・ソー バトルロイヤル』(17年)、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(18年)、 『アベンジャーズ/エンドゲーム』(19年)にも出演した。その他の主な作品に、ドミニク・クックが監督したTVシリーズ『ホロウ・クラウン/嘆きの王冠(シーズン 2)』(16年)、『エジソンズ・ゲーム』(17年)、『チャイルド・イン・タイム』(17年)、『パトリック・メルローズ』(18年)、『ブレグジットEU離脱』(19年)、『1917 命をかけた伝令』(19年)など。