『千夜、一夜』尾野真千子インタビュー

地味で、映画らしい映画だったから出演したいと思った

#千夜、一夜#尾野真千子

尾野真千子

テストなしでいきなり本番は…恐怖です(笑)

北の離島にある港町で、突然姿を消したままの夫を30年もの間待ち続けている登美子。愛する人の思い出にすがるようにずっと待つ日々を送る彼女のもとに、2年前に夫が失踪したという女性・奈美が現れる。彼女は自分の中で折り合いをつけるために夫が「いなくなった理由」を探していた。

千夜、一夜

『千夜、一夜』
2022年10月7日より全国公開
(C)2022映画『千夜、一夜』製作委員会

田中裕子が主人公・登美子を演じる『千夜、一夜』で、愛する人を待ち続ける登美子が出会う、もう1人の待つ女・奈美を演じるのは尾野真千子だ。

「なぜ」という問いを繰り返して苦しみながらも前に進もうとする奈美について、俳優という仕事について、これからについて、一言一言を丁寧に紡ぎながら誠実に語ってくれた。

[動画]『千夜、一夜』尾野真千子インタビュー/前編

──何の前ぶれもなく失踪してしまった愛する人を待ち続ける女性たちの物語ですが、出演したいと思った1番の決め手はなんでしょうか?

尾野:映画に出られると思ったから。
最近あまり見ないぐらいの地味さというか。みんな、派手なものが好きになってきているこの世の中で、ちゃんと考えさせられるし……(少し考えてから)映画らしい映画というんでしょうか。そういう作品に久々に出会った気がして、それが1番決め手な気がします。共演者が田中裕子さんということも決まっていたので、そこもすごく魅力的でした。

──久保田直監督はドキュメンタリー出身の方ですが、一緒にお仕事した感想を教えてください。

尾野:楽しかったです。ちゃんと私のやりたいこと、どうしたいかというのも聞いてくれるし、監督が私にやってほしいことも伝えてくれるので、やりがいはすごくありましたね。

──劇映画だけを作っている監督との違いなどは感じられましたか?

尾野:本番前のテストがなかったり。そのまま「やっていいのかな?」と思う時もあったりして……。監督も人それぞれで、楽しいですね。

──テストもなしでいきなり本番というのは、演じる側としては……

尾野:恐怖です。正直いうと、やめてほしいぐらい(笑)。ただ、私が監督で撮っている映画ではないから、というか、ある程度、監督の中に居たいという気持ちが大きいので。

──監督の中に?

尾野:監督がこういう映画にしたいと思っている中に居たいので。“尾野真千子”という自分が全面に出ることはしたくないというか、何かまた違ってくると思うんですよね。今回もテストや、ちゃんと段取りで決めてやることもありましたし、テストはしないでいい時もあるんです。でも、少しの指示と少しの気持ちを聞きたいという気持ちも持っています。それでも今回は気持ちいい撮り方が多かったです。

──監督の中に居たいというのを聞いて、得心しました。実は『千夜、一夜』の前に見た尾野さんの出演作が『サバカン SABAKAN』で、そこでは本当に180度違う、元気なお母さんを演じていらした。それ以外の作品もそうですが、尾野さんはいつもそれほど外見を変えないですよね。

尾野:はい。

──それなのに毎回、演じているキャラクターその人でしかなくなっている。その秘訣が“監督の中に居たい”ということなのかなと思いました。

尾野:ありがとうございます。たぶん、自分だけでやっていると、ただ1人の考えじゃないですか。そして“尾野真千子”になってしまう気がしていて。だけど、監督の中に居ることで変わるというか。例えば衣装も自分でほとんど決めないんです。「衣装さん、どれを着せたいですか」という姿勢です。

尾野真千子

あるシーンについて相談をしていて、「あの人がこういう服を着ているから」「背景こんな感じになると思うから」、「これがいいと思うんだよ」とアイディアを出してもらうと、自分では思いつかなかったものが出てくるんです。メイクや髪型についても、どういうのがいいですか?と一度は聞かれるんですよね。だけど「いや、私はなんでもいいよ」と。それで「(髪は)一束にまとめたい。この時にこういう仕草するから、ちょっと顔を見せたいんだよね」とか、別のシーンでは「全部顔に覆いかぶさっていても、すごい感情が見える気がするから、髪の毛をおろしていてもいいと思う」と言われると、「そうなんだ。じゃあおろしとく?」と相談をしたり。現場ごとにみんな一所懸命その役を考えて作ってくれるんですよね。私1人が考えると、たぶん1つになってしまう。尾野真千子の目で見てる気がするんです。だけど、みんなの力が入ることによって、例えば『サバカン』では元気なお母さんにしか見えなかった、と言っていただける。お芝居だけでは何も変えられないなって思うから、スタッフの人たちのおかげだと私は思ってます。

──演じるという形で、映画を作るということに参加しているという意識なんでしょうか。

尾野:そうね。みんなで作ることに参加してる。1人じゃ、何もできない。この監督の組の中に自分がいるということを大切にしています。

田中裕子さんとの共演、あそこまで見せられるとはすごいなって。盗みたいところの1つだった

──『千夜、一夜』の話に戻りますが、尾野さんが演じた田村奈美という女性についてどう思われましたか。

尾野:一番現実的なのかなっていう感じはしますかね。私だったらどうするかわからないですけど、年齢的なことやいろんなことを考えて、次に1歩進めるというのは一番現実的なのかな。待つだけが愛ではないということかも思いました。

──その点は共感するというか、彼女の気持ち、決断はわかる?

尾野:うん。彼女の気持ち“も”わかりますね。ただ私の身に実際起きたらどうするかはわからない。ただそういう考え方もあるな、と思いました。

──夫の失踪という事実との向き合い方も、登美子とはまた異なるものになります。

尾野:やっぱりね、文字だけ読むと、ひどいなと思うんですよ。薄情だなって。だけど、いざ演じてみると、そうだよね、そっちの方が幸せだよねって思っちゃう。待ち続けて好きだったかもしれないけど、その先がある、とやっぱ思っちゃったし。やってみると納得しちゃって。その考え方にはそれも一つだね、と思いました。

──田中さんとの共演はいかがでしたか? 静かにやりとりしているような場面でも、何かすごく激しいものが起きているのが伝わってきました。

尾野:心の中はざわついてましたからね、私も(笑)。緊張はすごくありましたよ。ご一緒させていただけるのはありがたいことでしたし。でもそういう気持ちは個人の話で、お芝居になったらその気持ちは捨てなきゃいけないし。ただ、あんなに“居る”だけで、そこに居るだけのお芝居であそこまで見せられるは……すごいなって思いました。盗みたいところの1つだった。この人の口からどんな言葉がが出てくるんだろう?って、ずっと構えちゃうんですよね。何を話してくれて、何を教えてくれるんだろうって、いつもドキドキしてました。現場ではいつも世間話をいっぱいしてね。気を紛らわしてくれたり、優しい方でした。

──尾野さんは撮影現場でのオン・オフの切り替えができる方とお聞きしていますが、お2人ともカメラが止まると普通に話せる感じでしたか?

尾野:私、邪魔してたかもしれません(笑)。何度か(本番の)直前まで喋っていて、ただ邪魔しちゃっただけかもしれません。裕子さんがどういうスタイルでやられる方なのか、そんな詳しいわけではないのですけど、「今日晩御飯、何食べに行きます?」とか関係ない話を結構していたので、もし邪魔していたらごめんなさい、謝らなきゃいけないなと思います。

──お2人とも関西のご出身なので、その辺りでも呼吸が合うのかなと思ったりしました。

尾野:そうですね(笑)。いや、わかんないです。でも、ご飯を食べに行ったり、プライベートの時間になると、私が関西弁を喋るものですから、たまに一緒に関西弁をお話してくれたりとか、そういう時間はありました。心地よかったです。

──緊張感もありつつ、信頼関係も築けてお芝居ができた?

尾野:わからない(笑)。私にはすごくいい時間でした。信頼関係というのはわからないです、お互いのことなので。だけど、私にはすごい心地のいい時間で。女優として「なんか盗んでやろう。なんか足跡残してやろう」とか、いろんなこと思うんですけど、全部空振りで(笑)。目に見えて得たものは少なかったかもしれないですけど、すごくいろんなことを感じさせてもらった時間というか。気持ちがすごく動いたんですよね。あの動き方ってなかなかないと思ったから、あの時間はすごく貴重な心の動きだった。

──登美子の生き方についてはどう思いますか?

尾野:なんて言っていいのかわからないけど、私は美しいなって思いました。登美子さんは私の母くらいの世代ですが、その時代の人は待ったじゃないですか。いろんなことがあって、待つ人が多かったと思うんですよね。それを思い出させるような。待つことの美しさを感じたんですよね。いいか悪いかはかわからないですけど、そういう美しさをすごく感じて。ただ、登美子のようにずっと待っているのは、現実的に考えたら嫌だなとは思いました。辛いなって。

──奈美はそんな登美子に、かなりきつい本音もぶつけます。

尾野:ね。言っちゃいけないことを言いましたよね。でも、奈美は腹が立ったんでしょうね。かっこいいじゃないですか、“ずっと待ち続けてる”という言葉って。それに腹が立った。そんな気がして、あの時は感情が爆発しました。

──先ほど、今回に関しては「映画に出られる」と思ったと話されましたが、出演作を決める時は何を大切にされていますか?

尾野:その時の自分の感情と台本の感情が一致しているか、というのは結構見ます。「そういう気分じゃない」という時があるんです。例えば、この年齢で自分や周囲で、悲しい残虐な事件など、私の心がとてもダメージを受けた時、「人殺しはしたくない」とか「虐待はしたくないんだよな」、とか、「恋愛? 今はやめとこう」とか。その時によって感情が色々動くので、自分の心が今どういう状態か、どういうことが1番向いているのかで、台本を読んで、この本がいいと思ったら、という感じでしょうか。今は主役はやりたくない、とかね。色々あるんですよ。その時、その時で。だから作品を見ると楽しいですよね。「あの時こんなこと言ってたよね」とか、よく話します(笑)。

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──昨年の『茜色に焼かれる』の劇場公開の舞台挨拶で、パンデミック初期のとても辛かった日々を話されて、その言葉がすごく胸に響きました。1年経ってもまだ完全に安心できる状況ではありませんが、今どういう風な気持ちでいらっしゃるか、そしてこれからどう生きていきたいかをお聞きしたいです。

尾野:そうですね。気持ちは変わってはないし、より仕事に向き合う気持ちが深くなっています。あの当時言った通り、死ぬ気で1つ1つ作品をやっていたし、今もそういう気持ちでやってるんですよね。今日死んでも悔いはない。それはたぶん、これからもきっと変わらないであろうし。きっと、まだ邪魔もされるし、大変だと思いますけど、それでも結構多くの人が「日本って平和だよね」と言うんです。こんな大変なのに、その言葉を何人から聞いたかな。私はすごく痛い目にあってるんですけど、と思いましたけど(笑)、でも、みんなが言うんです。それを聞いて、辛いことたくさんあるこの世の中で、それなりにみんなそれぞれ幸せをちゃんと噛みしめてるんだな、と思って。それは素敵なことだなと思って。だから、もう心配するのはやめて、今の自分を生きることにしました。1日1日を大切に、楽しく過ごすことにしました。

──私もそういうふうに生きたいと思います。

尾野:ね、楽しく生きましょう。

(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
(ヘアメイク:黒田啓蔵[Iris])

尾野真千子
尾野真千子
おの・まちこ

1981年11月4日生まれ、奈良県出身。『萌の朱雀』(97年)で映画主演デビューし、第10回シンガポール国際映画祭にて最優秀女優賞を受賞。第60回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作『殯の森』(07年)、『クライマーズ・ハイ』(08年)などに出演し、第66回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞作『そして父になる』(13年)で第37回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。テレビドラマ『Mother』(10年)、NHK連続テレビ小説『カーネーション』(11年)、『最高の離婚』(13年)などに出演。近年の出演映画は『影踏み』(19年)、『ヤクザと家族 The Family』(21年)、『明日の食卓』(21年)、『こちらあみ子』(22年)『ハケンアニメ!』(22年)、『サバカン SABAKAN』(22年)など。『ミニオンズフィーバー』(22年)では声の出演。主演作『茜色に焼かれる』(21年)で各映画賞の主演女優賞を多数受賞した。