アカデミー賞大本命、自由と労働を求めて漂流する高齢者を描いた『ノマドランド』

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ノマドランド
『ノマドランド』
(C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.
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オスカー女優のフランシス・マクドーマンド主演

【週末シネマ】2021年4月25日(現地時間)発表の第93回アカデミー賞で、作品賞など6部門の候補となり、各賞の大本命と目される『ノマドランド』。

ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション「ノマド:漂流する高齢労働者たち」を原作に、中国出身の女性監督クロエ・ジャオが、車中生活しながら季節労働の現場を渡り歩く高齢者たちを描く本作は、昨年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞を皮切りに、コロナ禍の映画賞シーズンをリードし続けている。

・家も職もなくした60代女性描く『ノマドランド』が作品賞と監督賞受賞 第78回ゴールデングローブ賞

物語は2011年、大手石膏会社がネバダ州の町にあった採掘加工工場を閉鎖した直後から始まる。企業の破綻で町そのものが抹消されるという極端な事態にまず驚かされた。主人公は、勤め先と社宅を失った60代の未亡人・ファーン。『ファーゴ』『スリー・ビルボード』でオスカー主演女優賞に2度輝いたフランシス・マクドーマンドが演じる。

冬はアマゾン配送センターへ、夏は国立公園へ。季節労働を求めて移動

凍てつく冬に、ファーンはわずかな思い出の品を積んだRV車で住み慣れた地を離れ、現代のノマド(放浪者)としてスタートを切った。

クリスマスから新年にかけての時期はAmazonの配送センター、気候のいい夏季は国立公園で、他にも働く場があればそこへ向かう。老いが迫る身での車中生活を案じる相手に、ファーンは「私はホームレスじゃない。家がない(ハウスレス)だけ」と言う。その言葉をやせ我慢の強がりとせず、ファーン自らが選んだ自由として捉えているのが、フィクションである映画『ノマドランド』だ。

ファーンの職場には、彼女よりも年上で、もう何年もノマド生活を続けている仕事仲間たちがいる。年金だけでは生活できず、働くと言っても低賃金の労働に甘んじるほかない境遇を嘆きながら、同時に彼らは常識に縛られない、ささやかな自由を手にしている。高齢の先輩ノマド女性のリンダ・メイやスワンキー、彼らのメンター的な存在であるボブ・ウェルズも原作に登場する実在の人物で、それぞれ本人役を演じている。

本人役の素人とマクドーマンドら演技派俳優が生み出す独特な世界

プロの俳優ではない人々が本人を演じるスタイルは、ジャオ監督の前作『ザ・ライダー』から続いてのもの。大怪我で夢を断たれた若きカウボーイの実話を本人と家族や関係者出演で劇映画化した同作を見て、『ノマドランド』の製作者でもあるマクドーマンドは、ジャオ監督にコンタクトしたという。

主要キャストの中でプロの俳優はマクドーマンドと、ファーンと知り合うノマドのデイヴを演じたデヴィッド・ストラザーン、ファーンの姉妹・ドリー役のメリッサ・スミスだけだ。彼らが演じる架空の人物と実在の人物たちが混ざり合うと、独特の世界が生まれる。演技のプロではない人間に、赤の他人でもなく自分そのものとも言い切れない人物を演じさせることが、なんともいえないリアリティをもたらす。自身の思い出の品やエピソードを提供したマクドーマンドも、ファーンであると同時にフランシスでもあるように存在する。

ジャオ監督によれば、マクドーマンドがリンダ・メイを演じる構想もあったというが、フィクションとして脚色し、主人公を別立てにしたことは賢明な選択だろう。

ノマド・ビギナーのファーンは自ら発信するよりも、関わる人々から多くを受け取っていくキャラクターであり、佇まいだけで内面を想像させるマクドーマンドの演技は“次元が違う”という表現がふさわしい。

過酷な労働環境はマイルドな描写、しかし、老境の生き方を問う物語

原作は過酷な労働環境の実態に迫っているが、映画での描写はマイルドだ。Amazonをはじめ国立公園など各所は撮影場所を提供したのだから、当然と言えば当然。さらにジャオは、『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』など今年のオスカーに絡む映画を量産するAmazon Studioで新作の予定がある。

そんな事情とは関係なく、ジャオはケン・ローチ的なアプローチとは別の角度から、社会の片隅に生きる人々を描こうとしている。焦点を充てるのは、家族のために安定を求めて負のスパイラルにはまる若い世代とは違う、1人になった老境で自由を選んだ人々であり、それはやがて、愛する者を亡くした者がどう生きていくかの物語にもなっていく。

平穏に一所に留まることが幸せではない人がいる。他人の家の寝心地の良いベッドより、自分の車の粗末な寝床に戻りたくなる人がいる。彼らに家屋はないが、家はある。幸せいっぱいではなく、不幸でもない。

画面に広がる大きな空の表情が美しい。荒涼とした風景、四季を映す光、風の音などが登場人物たちと溶け合い、彼らを表現している。

先のことはわからない。たとえ覚悟を決めていても、人は間違うし後悔する。それが生きているということでもある。だから、行けるところまで行ってみる。それはどんな生き方にも共通するものではないだろうか。

『ノマドランド』は第93回アカデミー賞で、作品賞、監督賞と脚色賞(共にクロエ・ジャオ)、主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)、撮影賞(ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ)、編集賞(クロエ・ジャオ)にノミネートされている。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ノマドランド』は2021年3月26日より公開

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