老けた姿で攻めている! トム・クルーズらしさに満ちた破天荒なブラックコメディ
(C) 2026 WBEI and Legendary
トム・クルーズ×アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督『DIGGER/ディガー』
【この俳優に注目】トム・クルーズの最新作が、いわゆるアクション大作ではないことに驚いた人は多いだろう。『レヴェナント 蘇えりし者』(2016年)のアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督と組んだ『DIGGER/ディガー』は、世界を脅かす災害を招いた石油王が、自らを人類の救世主と思い込んで奔走するところから始まるブラックコメディだ。64歳になったクルーズは、薄い白髪にぽっちゃり体型という、見慣れた姿とはかけ離れた人物に変貌している。
・トム・クルーズの超人ぶりが際立つ『ミッション:インポッシブル』シリーズを振り返る
キャラクター設定から、ダニエル・デイ・ルイスが狂気の石油王を演じた『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)めいたものを予感していたが、そんなところに収まるはずもない怪作だ。そして不思議なことに、こんなにも“らしくない”のに、これ以上ないくらいトム・クルーズ“らしさ”に満ちていると感じた。

トム・クルーズ×イニャリトゥ監督が来日し、プレスカンファレンスを開催。最新作への思いや撮影秘話を語った。(10月5日)
バイクを走らせてイニャリトゥ監督に会いにいったトム
イニャリトゥは『レヴェナント~』の後に本作の着想を得て、2019年、クルーズが『トップガン マーヴェリック』(2022年)を撮っていた頃から話し合いを始めたという。監督が会いたがっていると知ったクルーズは、夜中にサンディエゴからロサンゼルスまでバイクを走らせて会いに行き、夜明け前には出演を決めていたと語っている。イニャリトゥの長編デビュー作『アモーレス・ペロス』(2000年)以来のファンだった彼にとって、これは願ってもいない企画だった。
老けを演出する特殊メイクには当初6時間かかったそうだが、クルーズは撮影日程から逆算し、1時間未満にまで短縮させたという。映画作りにおける彼の職人気質がよくわかるエピソードだ。
演技にもついても同様だ。もはや若くてハンサムな青年として勝負する時期は過ぎたことを承知している彼にとって、加齢は恐るべきものではなく、キャリアを積み重ねることで得た素材になっている。劇中の老いは実際の彼より誇張されているが、過剰さには走らないリアルな仕上がりだ。
派手なアクションは見せないが、体幹の強さなど身体能力が高くなければできない表現が、さりげなく画面に現れる。見せつけるための身体ではなく、役を成立させるための身体。60代になっても鍛え続けているからこそ、それも可能だ。
無茶な物語を全うできるのはトムしかいない
クルーズは「ディガー・ロックウェルのブーツを履くのに40年かかった」と演じた役を表現したが、これまでのキャリアの集大成を期待させる言葉だ。権力と強欲、責任と無責任についての物語は、現代社会への痛烈な風刺として鋭く突きつけられるが、その展開はとにかく奇想天外。詳しく紹介はしないが、観客を巻き込みながら、この無茶な物語を全うできるのはトム・クルーズをおいて他にはいないだろう。100%とまでは言わないが、彼ならではのパワーで、常識で捉える無理を無理でなくしている。
その説得力は、今に始まったことではない。クルーズはイメージを覆すことを恐れない俳優だ。ポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』(1999年)やスタンリー・キューブリック監督の『アイズ・ワイド・シャット』(1999年)がまず挙げられる。あるいはコメディに振り切った『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』(2008年)やロック・ミュージカル映画『ロック・オブ・エイジズ』(2012年)などもあり、どれも「あのトム・クルーズがここまでやってのける大熱演!」で楽しませた。今回も大熱演であることは変わらない。だが、本作で強く感じたのはスターとしてよりも、俳優としてのトム・クルーズの底力だった。

『DIGGER/ディガー』
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過去に演じたタガが外れた人物のなかでも最も暴走した役
クルーズは、欲深くてタガが外れたような人物をときどき演じたくなるのかもしれない。『マグノリア』の過激な恋愛指南のカリスマ、『トロピック・サンダー~』の強欲な映画会社重役、『ロック・オブ・エイジズ』のロックスター、そして『バリー・シール/アメリカをはめた男』(2017年)では、CIAに協力しながら麻薬密輸で巨万の富を築いた実在のパイロットを演じた。ディガー・ロックウェルは、その系譜の最新にして最も暴走した1人と言えそうだ。
『DIGGER/ディガー』でもう一つ印象的なのは、アンサンブルだ。リズ・アーメッド、ジョン・グッドマン、ザンドラ・ヒュラーといった名優たちは、ただクルーズを引き立てているのではない。クルーズが彼らからも名演を引き出していて、その相乗効果が作品の熱量を高めている。『ミッション:インポッシブル』シリーズをはじめ、彼は自身が演じるキャラクターの周囲に常に魅力的な人材を揃える。俳優として、製作者として、チームワークを重んじる。彼にとって、スターであることは、映画を作るために最大限に利用できる武器とさえ思える。
1960年代前半生まれのクルーズは、映画を映画館で見て育った最後の世代だ。映画館で育った世代のスターだからこそ、巨大なスクリーンに映される物語を多くの観客と共有するという経験の醍醐味を、配信サービスやスマートフォンで見るショート動画が全盛の時代である今、渾身のパワーで伝えようとする。
映画を愛する大スターの気概と覚悟が伝わる大作
アメリカでは評価が割れ、興行も苦戦が伝えられている。トム・クルーズといえば、公開すれば確実に観客動員が見込める数少ないスターのはずで、普通に考えれば失うものだらけの立場だ。それなのに、これだけ暴走する映画をそのまま受け入れ、自ら体現する姿に、迷いは感じられない。失うものはないと言わんばかりの気概、とにかく作るという姿勢、進み出したら引き返さない覚悟。ものすごく攻めている。これはトム・クルーズでなければできないことだと思う。
冒頭で「らしくない」と書いた。外見も、作品のジャンルも、確かにそうだ。けれども、自らのあらゆる面を素材として映画のために使い切る姿勢は、むしろ最もトム・クルーズらしい。メタ的な仕掛けも多く、演じる本人とさりげなく重なるような人物像も面白い。
アメリカ以外の国からは好評も多く寄せられている。イニャリトゥ監督の意図の伝え方は不器用ではあるが、虚構と現実の渦に観客をも引き込む物語を信じたトム・クルーズの慧眼と勇気には脱帽するのみ。興行成績は、大ヒットを連発してきた世界最高峰の映画スターとしては振るわないにしても、これほど破天荒な大作にこれだけの観客を集めることができるのも、トム・クルーズという名の映画愛を象徴するスターが成せる技だ。その本領を確かめるのは劇場以外にふさわしい場はない。これから本格始動する賞レースでの評価も、気になるところだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『DIGGER/ディガー』は2026年10月9日より全国公開中。
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