罪深いのは誰なのか? 重苦しい『空白』に微かな光をもたらす世武裕子の音楽

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(C)2021『空白』製作委員会
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「空白」 古田新太 松坂桃李

事故死した少女の父が関係者を追い詰めるモンスターに!

【映画を聴く】スーパーの化粧品売り場で万引きをしようとしていた中学生の少女を、店主が現場で取り押さえ、事務所へ連れて行く。ところが少女は、隙を見て店から逃げ出す。店主に追いかけられ、苦し紛れに道路を横切ろうとしたところを乗用車にはねられ、トラックに轢かれ、少女は即死。少女の父は粗暴で怒りっぽく、たったひとりの家族である娘ともまともにコミュニケーションが取れていなかったが、あまりに無惨な娘の亡骸を見て、彼女の無実を証明することを決意。スーパーの店主ら事件の関係者たちを、精神的に極限まで追い込んでいくモンスターとなる。

【映画を聴く】音楽仕事人・世武裕子の的確な仕事ぶりは必聴!

監督は『ヒメアノ~ル』『犬猿』『愛しのアイリーン』など、数々の衝撃作、問題作を世に送り出してきた吉田恵輔。制作プロダクションのスターサンズも、『新聞記者』『MOTHER マザー』『パンケーキを毒見する』『宮本から君へ』など同時代性の高い作品ラインナップで熱心な映画ファンから注目を集めている。父親の添田充を演じるのは、本作が7年ぶりの主演映画となる古田新太。添田に追い込まれるスーパー店主の青柳直人を演じるのは松坂桃李。寺島しのぶ、田畑智子、片岡礼子、趣里、藤原季節、伊東蒼ら、脇を固める俳優陣の適材適所ぶりも印象深い。

最小限の音楽が最大限の効果をもたらす

当コラム【映画を聴く】では、基本的に音楽が印象的な作品を中心に取り上げているのだが、本作はほとんど劇中に音楽が使われていない。『ヒメアノ~ル』や『犬猿』がそうだったように、吉田監督の作品はそもそも音楽が少ないことが特徴だったりするが、本作に至ってはスーパーの店内BGMなどを除けば、音楽が鳴っていると判別できるのはオープニングとエンディング、そして添田が青柳のあとをつける冒頭から50分ぐらいのシーン、添田らがタクシーから海岸線を眺めるエンディング近くのシーンの4ヵ所ぐらいだ。しかしそれらの楽曲は、いずれも物語と強く結びいており、最小限の編成とサウンドで最大限の効果を作品にもたらしている。

音楽を担当する世武裕子は、数々の映画音楽を手がけながらシンガー・ソングライター、くるりやMr.Childrenといったバンドのサポート、CM音楽、ドラマ音楽などマルチに活動する才媛。映画音楽家としては吉田光希監督の2011年作『家族X』を皮切りに、『生きてるだけで、愛。』『羊と鋼の森』『リバーズ・エッジ』『君の膵臓を食べたい』『星の子』『Arc アーク』などを担当している。

とにかく音楽家としての引き出しの多い人なので、世武裕子の映画音楽へのアプローチは作品ごとにまるで違うが、本作では自身のピアノをベースに、曲によってヴィオラ、チェロなど少数の弦楽器が重なる程度のアコースティックかつシンプルな楽曲が中心となっている。オープニングとエンディングでは世武本人のハミングに近い歌声もフィーチャーされており、シンガー・ソングライターとしての彼女のファンにも十分に楽しめる仕上がり。本人名義のソロ作品は現在のところ2016年の『L/GB』が最新となっているが、そろそろ新作にも期待したいところだ。

エンディングで流れる「Beautiful」が与える微かな光

そのタイトルの通り、本作の登場人物はそれぞれの心の中に“空白”を抱えている。娘を失った父の添田、父から継いだスーパーを無気力に続けるだけの青柳、ボランティア活動にのめり込む草加部(寺島しのぶ)、怒りっぽい添田に不満を持ちながらも見捨てることができない野木(藤原季節)、学校にも家庭にも居場所がなく、万引きに走るしかなかった娘の花音(伊東蒼)。

一方で、被害者の遺族であるはずの添田はいつしか加害者になり、加害者だったはずのドライバーとその母親は添田の赦しが得られず被害者に。重苦しいトーンが続く作品だが、終盤には微かな希望の兆しが見えてくる。エンディングで流れる世武裕子の「Beautiful」という曲は、「空っぽの世界に、光はあるか。」という本作のキャッチコピーに共鳴するかのように、映画を見る者の心を浄化する。

結局、一番罪深いのは誰なのだろうか。花音を追いかけた青柳? 実際の事故を起こしたドライバー? 娘の心を理解しようとしなかった添田? それとも恣意的に発言を切り取り、印象を操作したマスコミ? ーー視点を変えればそれぞれの違った物語が立ち上がってくるような、極めて懐の深い映画だと思う。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)

『空白』は2021年9月23日より公開。