テクノポップ全盛前夜、駆け出しの女性電子音楽家に見る「変革の火種」

#アルマ・ホドロフスキー#ショック・ドゥ・フューチャー#フランス#マーク・コリン#レビュー#映画を聴く#音楽

『ショック・ドゥ・フューチャー』
(C) 2019 Nebo Productions - The Perfect Kiss Films - Sogni Vera Films
『ショック・ドゥ・フューチャー』
(C) 2019 Nebo Productions - The Perfect Kiss Films - Sogni Vera Films

1978年パリ、若き女性音楽家を描く『ショック・ドゥ・フューチャー』

【映画を聴く】午前9時9分。時計付きラジカセからアラーム代わりに鳴り始めたシャンソン曲「Chanson Nostalgique」をガチャっと止め、「ダサい音楽」とクッションを放り投げる20代の女性。タバコに火をつけて一服したのち、ラジカセのカセットを入れ替え、フレンチ・ディスコの有名曲「Supernature」に合わせてストレッチを始める。

場面が別の部屋に切り替わると、そこには壁一面を占拠するほど大きなアナログ・シンセサイザーとモニタースピーカーが。バックに流れているのはフランス人シンセサイザー奏者、ジャン・ミッシェル・ジャールの幻想的な音楽で、部屋にはパティ・スミス「Horses」やテリー・ライリー「A Rainbow in Curved Air」、ブライアン・イーノ「Before and After Science」など、音楽ファンを自認する人なら思わず反応せずにはいられないレコードたちが大切そうに置かれている。

・『ショック・ドゥ・フューチャー』マーク・コリン監督インタビュー

冒頭から5分ほどのシークエンスを見るだけで、この女性が1970年代後半に登場したシンセサイザーを使い、「これまでになかった音楽」を創造するため日夜奮闘している電子音楽家であることが分かってくる。映画『ショック・ドゥ・フューチャー』の舞台は1978年のパリ。主人公・アナのとある一日を描いた、マーク・コリンの初監督作品である。アナを演じるアルマ・ホドロフスキーは、女優・モデル・バンドのヴォーカリストとしてマルチに活躍する1991年生まれ。『エル・トポ』(1969年)や『リアリティのダンス』(2013年)で知られるアレハンドロ・ホドロフスキー監督を祖父に持つことでも知られている。

初期電子楽器の名作、ローランド「CR-78」

実際のアナは、まだ音楽で生活できているわけではない。CM音楽の制作というチャンスを初めて得たものの、何日かけても形にならず、悶々とした日々を送っている。その部屋とシンセサイザーも、実は友人のものだったりする。CMの制作担当者に半日の猶予をもらい、いよいよ本腰を入れて制作に取りかかるアナだが、まったくアイデアは浮かばない。そんなタイミングで機材のメンテナンスに訪れた楽器屋が、アナに「CR-78」というローランドの新製品の音を聴かせたことから、状況は緩やかに変わっていく。

CR-78は、日本の楽器メーカーであるローランドが開発した、世界初の本格的リズムマシン。単なる生身のドラマーの代用品ではない、機械にしか出せない音色やリズム感で世界中の音楽家に支持され、フィル・コリンズが1981年のアルバム「In the Air Tonight(夜の囁き)」のタイトル曲で使用したことで広く知られるようになる、初期電子楽器の逸品である。アナは楽器屋に頼み込み、しばらくCR-78を借り受けることにする。

CR-78の刻むリズムに触発され、作業に没頭するアナのもとに、また別の客人が訪れる。彼はアナが懇意にしているレコード・コレクター。彼に薦められたスロッピング・グリッスル、アクサク・マブール、ザ・フューチャー(ヒューマン・リーグの前身)といった先鋭的なグループのレコードを聴くことで、アナの創作意欲はますます加速する。一方で、スーサイドという2人組のレコードは「ロックっぽいから好みじゃない」と突っぱねる場面が妙にリアルだ。

ショック・ドゥ・フューチャー

マーク・コリン監督の音楽マニアぶりが作品にリアリティを与える

この『ショック・ドゥ・フューチャー』の78分の尺には、こういった音楽的ディテイルがびっしりと敷き詰められている。クラフトワーク、ディーヴォ、ゲイリー・ニューマンといったアーティストがシンセサイザーをサウンド面の支柱に据え、独創的なアルバムを次々と発表した1978年。日本ではイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が結成されるなど、80年代の幕開けと前後して世界的なニューウェイヴ、テクノポップのムーヴメントが沸き起こっていく。

旧態依然としたロックのカウンターとなる「これまでになかった音楽」を創造するためにもがく、ひとりの名もなき電子音楽家の1978年のとある一日を、CR-78の衝撃を中心として78分で描く。特別ドラマティックな展開もないし、明確なメッセージが込められているわけでもない。しかしポピュラー音楽の世界に大きな変革が起きる前夜、誰の目にも留まることのなかったアナの中にも確かな熱量を持った「変革の種火」が備わっていたことを本作は淡々としたトーンで伝える。そしてマーク・コリン監督の音楽マニアぶりがふんだんに反映されたディテイルの積み重ねが、作品のリアリティの担保につながっていることは間違いない。

ショック・ドゥ・フューチャー

「女性先駆者たちに捧ぐ」に込められた監督の思い

近年高まるジェンダー問題への目配せもこの映画の特長である。ところどころに用意された、女性蔑視をあからさまに感じさせるセリフ。性差における偏見が当たり前のように横行したこの時代の音楽業界でストレスを感じながら活動するアナの姿は、テルミン奏者のクララ・ロックモア、シンセサイザー奏者のウェンディ・カルロス、サウンド・エンジニアのダフネ・オーラム、作中にも楽曲が使われているローリー・シュピーゲルといった実在の先駆者たちの経験を少なからず反映したものだろう。「電子音楽の創生と普及を担った女性先駆者たちに捧ぐ」というテロップとともに彼女たちの名前が並ぶエンドロールには、コリン監督が本作で本当に訴えたかったことが滲み出ている。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)

『ショック・ドゥ・フューチャー』は、2021年8月27日より全国順次公開

INTERVIEW