『マロナの幻想的な物語り』のん インタビュー

刺激は、すごい欲してます

#アニメ#のん#マロナの幻想的な物語り

のん

想像力を刺激されて、人によって違う見え方になる作品

ハート型の鼻を持ち、生まれてすぐに母や8匹のきょうだいと引き離された小型犬マロナの一生を、マロナの視点から描く長編アニメ『マロナの幻想的な物語り』。曲芸師のマノーレ、エンジニアのイシュトヴァン、そして幼い少女ソランジュと様々な飼い主と暮らす犬の目線から人間の本質を見せる。

ルーマニア・フランス・ベルギー合作の本作日本語版でマロナの声を担当するのは、女優・創作あーちすと、のん。豊かな感性でマロナの魅力、演じることにとどまらない表現活動について語ってくれた。

──オリジナル版をご覧になったときの感想を聞かせてください。

のん:まず映像表現が独特だったので、それにびっくり、驚きがありました。アート性が強くって、人物やシーン、場所も全部、代わる代わる絵のタッチが変わっていくので、それを一つの世界の中に閉じ込めているのが、すごく面白いなって思いました。

──吹き替え版を引き受けようと思えた、決め手は何だったんでしょうか。

のん:映像が面白かったのが決め手でした。こういう、挑戦している作品に参加できるのは、すごくうれしいなと思ってました。
抽象的な風景や人間が出てくるので、想像力を刺激されて。見る人によって違う見え方になる映像というのは、すごいと思いました。

──今までも『この世界の片隅で』などで、声の出演は経験されていますが、今回は、オリジナルがあっての吹き替えです。両者に違いはありますか?

のん:そうですね、結構違うと思います。役に臨む姿勢とか、構築していくものは同じだと思うんですけど。表現として外に出すときに、身体表現を見せられないので、声に全部込めなきゃいけない。表情で見えていた部分、体がこわばって表現したりしていた部分も含めて声に乗せなきゃいけないのが、なかなか難しくて。まだ勉強中というところはあると思うんですけど。面白いです。

──オリジナル版のマロナの声には、少しぶっきらぼうなイメージがあります。でも、のんさんのマロナはもっと愛らしい印象を受けました。

のん:私は結構、オリジナルのほうにインスパイアされて。犬だし、人に尽くすけど、ちょっと皮肉な感じ。ちょっと達観してるマロナの鋭いところにすごく影響されたので、そこを結構くみ取ろうと思ったんですけど。音響監督の方のイメージとしては、マロナは人間のことを犬目線で客観的に見ているけど、すごく素直に受け取っている、と。皮肉な感じじゃなくて、素直な気持ちで感情表現するという演出をいただいて、そう演じました。

──なるほど。素直という感じは確かに伝わってきました。この物語では、マロナによる犬の哲学、犬から見た人間の姿がとても興味深かったですが、のんさんはどう思われましたか?

のん:すごく面白かったです。第三者にしても、人間の目線じゃなくて犬の目線だと、こんなに見え方が違うんだなって思いました。人の生き方とか、感性とかを犬から捉えると……犬の気持ちというのも創った方の想像の中でつくられたものかもしれないですけど。でも実際に、「そうかもしれない」と思って見てみると、すごく新鮮でした。もっとシンプルな幸せを感じ取っていきたいと思いました。マロナのように。

──印象的だったのは、「犬は変わらないことが好きで、人間は新しいものが好きだ」というところです。

のん:衝撃的ですよね。

──「私、犬かもしれない」という気がしました。のんさんは、どうですか。

のん:私は、あれを見たときに、「あ、私、結構マノーレ側かもな」と思って、ぐさっときました。

──やっぱり、新しいことを望んでいくタイプなんですね。

のん:そうですね。新しいものを発見していきたいなと思って活動してるので。マロナの感じてる不安も含めて、夢を追い求めるじゃないですか、人間たちは。そういう危なっかしい部分も含めて、綱渡りみたいに、自分の思い描く場所に向かって走ってってるけど、犬から見ると、こんなに危うい感じなんだな、と思いました。そう考えると確かに、人の夢に、より左右される犬の人生に思える。そういうマロナの気持ちにも、心が痛くなりました。

──マロナがいろいろな人たちと出会って、過ごして生きていく物語です。彼女が出会う一人一人の人間もしっかり描かれていますが、登場する人間たちについては、どう思われましたか。

のん:最初に飼い主になるマノーレがすてきな人。マロナと不穏な空気になっていくのが、すごくつらかったです。愛情があるのに、うまくいかない2人の、1人と1匹の関係性が。「ああ。でも、どうしたらいいんだ」という、どっちも選択できないマノーレの気持ちも分かるし。マロナの引き際も心が痛くて、ぎゅっとなりました。
2人目の飼い主になるイシュトヴァンの家族も、マノーレのときもですが、その描き方が面白くて。これは職業柄なのか、物語進んでいくと、「あ、イシュトヴァンはこういう描き方なんだ」「奥さん、真っ黒だ」とか、そういう映像、視覚的にも面白かったです。嫌なやつとか、すてきな人とか、一目で想像させられる。現実の実体の人間の形じゃないからこそ、「こういう人かな、ああいう人かな」と自分の頭の中にある資料を探っていける。いろいろ見ていて、自分の中で脳が活性化する感じが、すごく面白かったです。

──人間の本質が、こういう描き方だからこそ、形になって出ているのが面白いです。

のん:見る人によって、どう見えるのかというのが、全く違う気がするので。それを、いろんな人から聞くのが面白そうだなって思ってます。

──ところで、先ほどマロナのようにシンプルな幸せを感じ取っていきたい」と仰いましたが、のんさんが考える「幸せ」とは何でしょうか?

のん:私の幸せは、一生こういうお仕事、表現することを続けていくということだな、と思います。なので、マロナとちょっと違うかもしれないです。でも最近は、それこそ『この世界の片隅に』ですずさんを演じてからは、日々、ご飯を作って食べる幸せを実感するようになりました。
それまでは「一番好きな食べ物がポテチ」と言ってて(笑)。普段自分の作った食べ物をおいしいと思ってなかったんですけど。おうちで頑張ってご飯作ってみて、「え、めちゃくちゃおいしいじゃん!」と感動するのが、「あ、これって幸せだなあ」と感じるようになってきて。その下積みがあったから、マロナのミルクの気持ちも共感できるようになってたかなとは思います。

──そういえば、お話を聞いていて急に思いましたが、すずさんとマロナは、そういう意味では、ちょっと共通する部分もあるのかもですね。

のん:そうなのかもしれないですよね。もしかしたら、ほんとは人も犬も一緒なんだけど、人間の世界のほうが複雑に生きてるから、普通の暮らしの中に見つける幸せっていうのが埋もれてっちゃうっていうか、それはすごく感じました。
私は、たまたま、すずさんのおかげで、「ご飯おいしい」という気持ちが膨れ上がってたんですけど。きっとマノーレもイシュトヴァンも、みんな、本当は日々の暮らしの中で、あるのかなと思いました。それが、いろんな要素の中で一番じゃなくなってるっていうか。だからマロナを見てると、「そうかも」って思えてくるような気持ちもありました。

──ただ、のんさんは物をつくり、表現する人として、刺激は必要なものですよね、きっと。

のん:刺激は、すごい欲してます。日々の中でも結構。休めると思って時間ができても、おうちにいると、ずーっと眠ってるんですけど。それも2日くらい経つと、「あ、こうしちゃいられない」みたいな気分にはなります。
マロナを見ててめちゃくちゃ比較してしまいました、自分と。でも、立ち返ることはできるというか。マロナを見てると、日々の中の幸せを見つめなおすことができる気はしました。

──特に印象に残った好きなセリフや場面はありましたか。

のん:好きって言っていいのか分からないんですけど。後半に女の子、ソランジュが飼い主になって、ソランジュちゃんが、高校生かな、17歳くらいになって、お母さんにきつく言われて、マロナを散歩しにいくときに。マロナが、「お嬢ちゃんには分からないかもしれないけど、犬は飼い主に散歩に連れてってもらえないと、排せつもちゃんとできないのよ」というせりふが、すっごい残ってます。当たり前のことなんだけど、改めてマロナの目線から、そういうせりふを聞くと、すごく衝撃がありました。

──あれは動物を飼うことについて、鋭いところを突かれた気がします。

のん:ほんとに、そうですよね。かなり強烈でした。
分かってたつもりなんだけど。何か、びっくりしました。動物を飼いたいと思うことはたまにあるんですけど、マロナを見て、ちゃんと、しっかり考えなきゃなとは思いました。

──今年は久々に実写映画にも出演されましたが、俳優の仕事にとどまらないで活躍されています。のんさんは「創作あーちすと」という肩書きもお持ちです。その定義を、ちょっとお聞きしたいです。

のん:つくるということが、自分がすごく好きで。絵を描いたり、音楽をつくったり、自分の中にあるメッセージを伝える、伝えたいという気持ちが大きくなったというのがあります。「のん」になってから、より自発的に、主体性を持って活動したいと思ってたので、自分がこういう気持ちを持っていると提示したいというか。受け身な自分だけでは満足できてなかった、みたいなところがありますね。

──俳優はある意味、与えられたものを表現していくということですが、それだけではない。

のん:そうですね。その楽しさを実感しちゃったっていう感じです。

──伝えたいものというのは、その都度、変わるんでしょうか。それとも「これが伝えたい」という、何か大きな一つのものがあるんでしょうか?

のん:それは、そのときによって。世間の状況や、例えばコロナ禍もそうだし、自分にあった出来事とか、それによって変わったりはします。でも根本的には、もう自由に、楽しいことに突っ走っていきたいという気持ちがいつもあるので。

──今後はどういうふうに進んでいきたいと考えていますか?

のん:どんどん自分の、自分だけの表現を追い求めて、新しいものを発見していきたいという気持ちで、これからも活動していこうと、ずっと思ってます。そして何よりも、それをたくさんの人に楽しんでもらいたい。どういうものが面白いんだろう、どういうものが楽しいんだろう、ということに敏感に、「一生初心」で活動していきたいなって思います。
今、このコロナ禍で俳優のお仕事も、映画とか音楽とかも、全部どうなっていくかまだ分からない状況なので、どういうふうに表現をしていくかというのは、とても悩んでます。でも、この状況の中でも何かできることがあるんじゃないかって模索して、形にしていきたいなと思ってます。

(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)

のん
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のん

1993年7月13日生まれ。兵庫県出身。女優、創作あーちすと。映画やドラマ、舞台で活躍し、長編アニメーション『この世界の片隅に』(16年)で主人公・すずの声を演じ、第38回ヨコハマ映画祭・審査員特別賞や第31回高崎映画祭・ホリゾント賞、2016年度全国映連賞・女優賞などを受賞。主演映画『私をくいとめて』(20年)で第30回日本映画批評家大賞主演女優賞を受賞し、近年の主な映画出演作は『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(19年)、星屑の町』(20年)、『8日で死んだ怪獣の12日の物語』(20年)など。『おちをつけなんせ』(19年)で監督・脚本・撮影・主演を兼任。22年は脚本・監督・主演を兼ねた『Ribbon』(22年)が劇場公開された。17年に自ら代表を務める新レーベル「KAIWA(RE)CORD」を発足し、翌年1stアルバム「スーパーヒーローズ」をはじめ多くの楽曲をリリース。20年5月よりオンラインライブ「のんおうちで観るライブ」を開催。アートの展覧会を開催し、22年3月には2度目の個展となる「のんRibbon展不気味で、可愛いもの。」を開催。